教団本部
白亜の宮殿が王の住む場所なら、神竜教の本部は一体どのような場所なのだろう。
王宮を超える豪華絢爛な宮殿が建っているのか、あるいは竜神の時代から続く起源魔法による驚きの仕掛けが施されているのか。
癒着と腐敗を繰り返す神竜教の幹部が居を構える場所ともなれば、それはそれは立派になっていることだろう。
「これが神竜教の本部か」
そんなオレの期待を裏切り、訪れた彼らの本拠地は特筆すべき場所のない、平凡な場所だった。
「はい。女神教ほどではありませんが、一応は清貧を演出していますね」
「演出って」
しかしロンの言う通りかもしれない。
神竜教の本部は広大な敷地面積を誇る。
であるにも関わらず、ここには塀も門もない。
まるで本部が一つの街であるかのようだ。
竜神へ祈りを捧げる教会もあれば、信者の居住らしき家屋もある。
普通に商店も並んでおり、回復薬を求める冒険者で賑わっていた。
世界的な規模感の本部とは到底思えない、誰もが好感を抱きやすい素朴さを感じる。
しかし国王のそばにいたあの神官長やシースのことを考えると、オレにとってこの雰囲気は違和感しか感じない。
演出と言われても納得する。
「なんか、平和そうだな」
「ええ、平和ですよ。昼間はね」
「昼間?」
少し引っかかりを覚えるロンの言葉に、聞き返そうとした時だった。
「ようこそいらっしゃいました。光の賢者よ」
仰々しい司祭の列を引き連れて、先頭に立つ一際派手な格好の美男子が声をかけてきた。
他でもないこの神竜教のトップにして教皇であるシース・メルガザルだ。
「これはこれはシース殿。ようやく重い腰を上げられましたか? 中和剤一つ見せるために随分と手を打たれたようですが?」
「さて、賢者殿は何をおっしゃっているのでしょうか? 勘ぐりもすぎれば自身の信用を落としますよ?」
白々しい。国王に根回ししてアメリさんとオレを遠ざけ時間を稼いだのだろう。
まあ中和剤を見せることにここまで抵抗するのなら、オレの読みは当たっていたのだろうけどね。
「ああ、もう信用は地に落ちてましたね、これは失敬」
「「あはははは!」」」
ドッと周囲から笑いが漏れる。シースの言葉に反応したのは彼の取り巻きだけじゃない。
普通に商売や生活をしていた信者も彼らに追従して大笑いしている。
(これはどういうことだ、ロン)
そのあまりの異様さに、ここに詳しいロンに小声で尋ねた。
(チっこれがこの国の実態なんですよ。誰もが神竜教に酔心し教皇の言葉を疑わない。でもまさかここまで酷くなっているなんて……)
(心酔? これがか?)
(そうですけど? どうかしましたか?)
(ふむ……)
──様子がおかしい。
出店の横で玉蹴りをしていた少年も、井戸端会議に花を咲かせていた女性達も、皆がこちらを嘲笑している。
彼を信じていたとしても、果たしてここまで皆が一斉に同じ反応をするものだろうか。
「おやおや、気を悪くされましたか?」
「ああ、いえ。この程度なんの問題もありません」
「くくく、強がりは言わなくても結構ですよ」
「いえいえ。魔王討伐の旅の途中、助けられなかった遺族の方々の怨嗟に比べればこんなもの僅かにも響きません」
「……ふん」
オレを誰だと思っている。魔王討伐に直接関与しなくても、その旅路の中で耐え難い苦痛を何度も味わってきたのだ。
魔王軍に殺された仲間は数知れない。だが、オレ達は常に生き残ってきた。
当然、殺された人間の恋人や家族のやり場の無い怒りが、生き残りに向けられることはよくあることだった。
昨日まで笑い合い、希望を託され乾杯しあった人間に、簡単に死なれ、挙句に生き残っても恨まれる。
「この程度で参るような神経など持ち合わせていないのが英雄と呼ばれる存在ですよ」
「カルエル殿は魔王討伐に参加できなかったのでしょう? 英雄とは、ご自身を過大評価されすぎでは?」
心から嘲るような笑顔を浮かべて、シースはそうオレに言ってきた。
「……」
──なるほど。どうやら下調べは十全のようだ。
「ふふふ。賢者殿は一体仲間の勇者たちが命を賭して戦っている間に何をしてたんでしょうね」
シースはいやらしく笑いながらオレをなじった。
「そうですね、神竜教にも関わりの深い事をしていたとでも言っておきましょうか」
「──ほう? ちなみにそれは」
嫌味に一切動じず、笑顔で返したオレにシースが一瞬、忌々しそうな表情を浮かべた。
「今はあまり多くは言えませんが、今回の瘴気中和剤の開発もその内の一つですかね」
「ふん。それが人々を苦しめているなんて、賢者など名ばかりですね」
「さてね。今回の疑いもさっさとあなた方の中和剤を見せてくれればわかりますよ」
「……いいでしょう。では早速ご案内します」
これ以上の牽制は無駄と判断したのか。ようやくシースはオレ達を中和剤の場所まで案内するという。
「ああ、少々お待ちを」
「はい?」
そう言ってオレは右手に魔力を集結させる。
「一体何を──」
シースの言葉が終わる前にオレはとある魔法を発動させた。
「起源魔法:エリーピオ」
「⁉︎」
光の陣が広場を包む。
足元に広がる魔法の光に慄く司祭達を無視して構わずオレは術を行使すると、光の陣の中三人の人間が現れた。
「いきなりお呼びだてしてすみません、アメリさん」
「は? あ、あの私は今王城で陛下と……」
「ええ、実はシース殿がこれから中和剤を見せてくれるので、アメリさんも同席願おうとお呼びしたのですよ」
「え⁉︎ で、でもどうやって……」
「転移の応用です」
「なっ」
オレの説明にアメリさんと騎士だけでなく、シース達も驚愕の表情を浮かべた。
「あ、あなたは遠方の人を転移させることもできるのですか⁉︎」
「ええ。ここから王宮程度でしたら問題ありません。流石に町と町のように離れていては無理ですけどね」
「き、規格外な」
「賢者ですので」
そうアメリさんと話しながら、ドヤ顔で教団の面々に笑顔を向ける。
それはそれは険しい顔で、幹部達はオレに熱視線を送ってくださった。
(会長の読み通りですね)
(ああ)
シースの一番の目的は時間稼ぎではなく、アメリさんとオレを引き離すことだろう。
オレと一緒に中和剤のサンプルを見られれば、困ることがあるのかもしれない。
「どうされましたか皆さん? まるで謀が頓挫したような顔をされて」
今度はオレが嫌味を笑顔で言う番だった。
オレの言葉に神竜教の面々が引き攣った笑顔を浮かべて返事をする。
「な、何のことですかなカルエル殿?」
「おや、オレの杞憂でしたかな? これは失礼しました。シース教皇にも謝罪を」
「っ!」
シースのこめかみがピクピクと動く。
笑顔を絶やさず、オレの言葉に反応を見せないように耐えているのが窺えるが、その顔の裏ではドス黒い怒りが動いていることだろう。
「それでは検分といきましょうか」
アメリさんとお連れの騎士を連れて、奥に見える宮殿へオレは悠々と道を歩いて行った。




