予兆
全員がロンを見つめている。
驚く者、侮る者、そして目の前の国王と老人のように怒りをあらわにする者。
みんな顕著に感情を表しており、その反応は様々だ。
「彼はこのメノン商会の……」
「彼? いや、そんなことはどうでもいい。すぐにその者をこの国から連れ出されよ!」
オレが最後まで言い切る前に国王がロンを追い出せと要請した。
まるで忌み嫌うように、一秒でもこの国にいさせてはなるものかと焦るように。
「申し訳ございません、国王陛下。彼は私の右腕ですので一緒に行動させてもらいます」
「賢者殿の右腕だと?」
今のロンの扱いを聞いて反応したのは巨躯の老人の方だ。その怒りに満ちた表情が冷静さを取り戻した。
「ええ、大事な私の相棒です」
オレの言葉を聞き、落ち着きを取り戻したのは国王も一緒だった。二人は一瞬目配せ合うと、むすっとした顔でオレに質問した。
「その者は我が国を追放された者。賢者殿は中和剤の件といい、教皇のことといい、随分と我が国と相性が悪いようだな」
「恐縮です」
嫌味を言われたが、ムキになってもしょうがないので適当に相槌して誤魔化しておく。
無論、その魂胆は彼にはバレているようで、嫌味を躱したオレを見て眉を上げた。
「賢者殿、その者がこの国を追放されたのは知っていたのか?」
おっと今度は巨躯の老人が会話を割って話しかけてきた。
だが今回は国王も咎めることはないらしい。
老人の問いに早く答えろとその瞳が語っている。
「故郷を追放されたのは知っていましたが、この国であることを知ったのはついさっきです」
パラティッシに転移する時、ロンが珍しく浮かない顔をしていたので聞いたら話してくれた。
最初にロンを拾った時に聞いた話では、貴族に冤罪をかけらたって言ってたな。
そういえばその貴族とやらはこの場所にいるのだろうか。
「賢者よ。いかに今は貴様の右腕といえど、それをここに滞在させれば余計な諍いを生みかねない」
(おいロン、お前どんだけ恨まれてんだよ)
思わずロンに視線を向ける。
しかし彼はまるで自分事ではないような顔で、ただぼうっと話を聞いていた。
この野郎。
「ご安心を陛下。今は私もリビアにて裁判中の身。この地に長くいるつもりはありません。神竜教の中和剤を証拠として確保次第、早急に──」
「我らが偉大なるシース様の生み出した中和剤を愚弄するか‼︎」
おっと神官長が怒り出したぞ。
証拠を確保という文言が気に入らなかったのだろうか。
顔を真っ赤にしてこちらに向かってこようとするのを側付きの神官に止められていた。
「神官長、控えてくれと言ったであろう。今は我が話しているのだが?」
その無法に、流石の国王も苛立ちを込めて神官長に釘を刺す。
「国王よ、彼は神竜教を愚弄したのですぞ? 今、この私の目の前で‼︎」
だが神官長は怯まず国王に言い返した。
「神官長……」
国王が頭を抱えてため息をこぼす。
彼があまり強く出ないということは、内情は色々と複雑なようだ。
と、その時だった。
「お久ぶりですねシン王子、いえ陛下。無事に国王になられたようで」
ロンが頭を下げ淡々と告げた。
「あの時、この地にはもう訪れないと言っていたはずだが?」
「私は今はメノン商会の幹部ですから。会長の、ひいては商会の一大事とあれば個人の事情は後回しです」
「ふん、今度は光の賢者に取り入ったか」
「有能ですので、重宝されているだけです」
おくびもなく、ロンははっきりと言う。
彼の言う通り取り入ったという表現は間違っている。
エレノアとオレで商会を立ち上げようとした時、実務を取り仕切ってくれて大いに助かったからロンは今の地位にいるんだ。
いくらオレが勇者パーティーで事務処理を担当していたとはいえ、商会の立ち上げは勝手が全く違う。
多少、実務にも自信のあったオレを叱り、瞬く間に帳簿の間違いを修正し、出店、開発、販売に関して法に触れる部分がないかどうかを網羅した。
ロンを失ったのはパラティッシにとって痛手ではないかと思うほどに有能だ。
でも、彼がうまくこの国内で立ち回れなかったのはなんとなくわかる。
仕事のこととなると、妥協を許さず上司であるオレにも容赦がないのだ。
上下が明確にある組織で彼の手腕が発揮されるのは難しいだろう。
頭の回転も良く優秀であるが故に、ロンは上とも平気でぶつかる。
そう、取り入るという表現に含まれるような上の顔色を伺う世渡りのうまさが彼にない。
対貴族、対顧客への対応はうまくても、何故か自分が属する組織での人間関係が苦手なのがロンだ。
そもそも普段からオレのことちょっと馬鹿にしているしな。自分で言ってて悲しくなってきたので、ロンのことはもういいだろう。
「陛下」
取り敢えず、ここにきた目的から盛大に逸れそうだったので本題に戻すこととする。
「我々がここにきた目的はあくまで裁判のために神竜教が開発したとされる中和剤の確認です。証拠として中和剤を抑えることができれば、すぐにでも転移でインスタシアへと帰ります。世界中の重鎮たちも裁判の結果を待ち望んでいることですしね」
「つまり一時的な滞在だと──」
その時、オレの言葉に反応してまた神竜教が騒ぎ始めた。
「貴様⁉︎ どこまで我が神竜教を貶めれば気が済む⁉︎」
あまりの傲慢さに全員が顔を顰めた。
国王との会話を台無しにしていることに気づかないのは当の本人だけだ。
「神官長、少し控えて──」
「ならぬ! この男にはもはや我慢ならない!」
国王の制止を無視して怒りをあらわにする神官長。
その姿には呆れを覚える。
国王を蔑ろにし、好き放題する姿にだけではない。
この場で怒りを我慢しているのは、彼だけではないのだ。
「賢者よ! 貴様がいかに我が教団に──」
「──黙れと言われただろう、神官長」
「「「っ‼︎」」」
ほんの少し殺気を込めて言葉を送る。それだけでこの場の全員が硬直した。
神官長の怒りに満ちた表情が瞬時に怯えに変化する。
空調の整えられたこの場所で、大量の汗を浮かべながら彼は言葉を失った。
「あっ、あっ…」
そのまま神官長は放心した顔で床に尻餅をついてしまった。
彼には申し訳なく思う。
今のは完全に八つ当たりなのだ。
この国に来てから、いや、ヤツと会ってからオレも常に怒りを感じていた。
無論、そんなことは一瞬も表に出さないようにしてはいたが……彼女にしたこと、そして今回オレの商会にしたこと。
ずっと平静でいられるほどオレも我慢強くはない。
「おっと、すまないな。神官長。大丈夫か?」
顔に笑顔を貼り付け、腰を抜かす彼に手を差し伸べる。
仮にもオレは覚醒者、この場の誰よりも強い。
近衛や騎士が向かって来ようといくらでも制圧できる。
威圧でこの場の全員を黙らせるくらい訳はないのだが、少しばかり圧が強すぎたようだ。
特に戦闘力そのものは一般人とそこまで大差ない彼に向けるべき殺気ではなかった。
「ふん、腐っても賢者の名は伊達ではないか」
国王が感心したように呟く。
いや、腐ってるというのはどういう意味なのだろうか。
会ってまもないはずなのにその低評価に驚きを隠せない。
「普段からこの覇気を出していれば無駄に侮られないで済むんですけどねえ」
呆れたようにロンが背後でぼやいたが、そんなことは知っている。
だがこればかりは性分というもの。
大王のように常時覇気を撒き散らすなど、到底オレには無理なことだ。
あと、厳密にいうと覇気というかよりは怒気に近い。
だがうまいこと周りが勝手に解釈してくれたので黙っておくことにしよう。
「今回は陛下への御目通り。私の部下と過去に確執がおありのようですが、こちらへの滞在は一時のもの。どうかご容赦を願いたい」
「ふむ……」
オレの言葉に国王は一瞬、考え込むとすぐに言葉を返した。
「よかろう。その者の滞在は此度に限り不問とする。しかし賢者殿、条件がある」
「条件?」
国王は睨むようにオレに話す。
「その者を恨む者も多い。賢者殿のそばを離れさせるな。我の言っている意味はわかるな?」
「御意」
ロンを自由にさせるなと釘を刺されてしまった。
フラフラと国内を自由に闊歩させれば要らぬ争いを生みかねないということだろう。
こちらとしてもこれ以上のトラブルはごめん被るのでそのつもりだ。
「ならば滞在を許す。話は以上だ」
「ではこれにて失礼します」
頭を下げて扉へと向かうオレたち。
その後ろ姿を国王たちは厳しい目で、じっと見据えていた。




