ソレハキタレリ
王都の中心地。
王城を中心に貴族達の屋敷が並び、王族御用達の由緒正しい老舗商店も立ち並ぶ貴族街。
剣聖ナナリーにあてがわれた屋敷はその中にある。
広い庭には魔結晶で常に清潔に保たれた池と噴水があり、メイドなどの数人の使用人と共に暮らすには十分すぎる部屋の数がある大きさ。
勇者達への国王の敬意が見て取れる。
そんな感想を抱きながら、オレはメイドに淹れてもらった紅茶を飲む。
ユーリの病室から出た後、ナナリーの怪我の状態を診させてもらった。
何とかなりそうな目星はついたが、万が一のことを考えてその時は迂闊に大丈夫だとは言えなかった。
そのため自分の商会から道具を取り寄せ調整し、数日後にナナリーの屋敷に訪問した。
出迎えたメイドに案内され、席についてしばらくすると彼女は現れた。
いらっしゃいと短く言うだけで、メイドが持ってきた紅茶を互いに飲み、無言の状態が続く。
「……」
ナナリーはぎこちなく、こちらを伺っては目をそらすということを先程から繰り返している。
そう意識されると、オレ自身も妙に気まずくなりなんて切り出そうか言葉に迷ってしまう。
だが、いつまでもこんなことしている場合じゃない。
強引に話題を切り出す。
「さて、今日来た用件だが」
「へっ?!え、ええ、そうね。どんな用件かしら?」
そんなにビックリしなくてもいいじゃあないかと思う。
昔から剣の腕は大人顔負けなのに、妙に臆病な部分がある。
そのギャップに愛おしさを抱き、惚れていたのが懐かしくて思わず苦笑してしまう。
「わ、笑わなくたっていいじゃない」
「はは、すまない」
「……もう、それで用件って?」
色々気にしてる私がバカみたいじゃない、と。
ナナリーは呆れたように呟いて、話を本題に戻す。
「ああ、君の顔と腕のことだ」
オレが持ってきたのは現在開発中の特殊な魔装義手。
装着した本人の魔力を纏い、肉体情報を再現するため欠損する前の腕と見かけ上は変わらない。
まだ試作だが、調整を重ねれば問題なく剣も振れるようになるはず。
ましてや、相手は剣聖と謳われる存在。
成功モデルとしては十分すぎるほどだ。
「これがその試作品だ」
そう言って、一見おもちゃにも見えるマリオネットの腕のような義手を見せる。
「これ、あなたが作ったの?」
「もちろん。自信作さ」
予定している効果が出るまでかなりの時間がかかるが、まあ大丈夫だろ。
「あと、これを顔に付けるといい」
そう言って液体の入った小瓶を渡す。
「水で薄め、寝てる間に顔に塗るんだ。一回塗って終わりじゃないよ。毎日繰り返し使うと、2週間程で効果が現れるはずだ」
「あ、ありがとう……」
なんだか感極まった顔で礼を言うナナリー。
まあ、女性としても剣士として辛かったんだろうな。
「世界を救った報酬とでも思うといい。安いものさ」
そう言って笑ってみせる。
やはり自分の作品で人が感動するのは、とても気持ちのいいものだ。
「うん、うん……」
まるで大切なものを抱くように受け取るナナリー。
「ただ、義手については毎日調整が必要になる」
だから毎日通って診察しないといけないことを説明する。
「な、なら、ここに泊まればいいじゃない」
部屋の数が多くて持て余しているのだとナナリーは言う。
確かにその方が効率的かもしれない。
ましてや共にいれば、日常生活での義手の状態をチェックできる。
それは願っても無いことだ。
「そうでしょ!だからしばらくうちに居なさいよカル」
そう言って明るくはしゃぐナナリー。
「わかった。じゃあしばらくお世話になるよ」
後になって思えば、この時のオレは道具作りに没頭して周りの目を気にしない悪癖が出てしまっている。
元恋人の家に宿泊するなど、どういう風に見られるのか。
もし時間を巻き戻せるなら本当にやり直したいと。
未来のオレが苦悩することなど当時は知る由もなかった。
※
連日の魔装義手の調整は順調に進んだ。
ナナリーには一日中ほぼ付きっ切りになってしまったが、日常生活での動作確認や不満点、改善方法など非常にいいサンプルとなってくれた。
「ナナリー、改めて剣を振ってみた感想はどうだい?」
「そうね。なんて言うか、感じてから実際に動き出すまで微妙にラグがあるわ。でも日常生活は問題ないわよ?ただ、一瞬が命取りになる剣においてこれは気になるわね」
もともと気が強くて言いたいことはハキハキ言う子だ。
そんなナナリーの忌憚のない意見は本当に参考になる。
「なるほど。なら神経伝達の精度に気をつけて調整してみるよ。もう痛みはないかい?」
「ええ、昨日カルが直してくれてからは痛みはないわ。でも、これ本当に自分の腕みたい。今言ったラグ以外には違和感が全くないもの」
そういって嬉しそうに手を見つめるナナリー。
そう言われると自信が満ちて、ついつい誇らしい気持ちになる。
苦労した甲斐があるというものだ。
「ふっふっふ。我がメノン商会が全力をあげて取り組んでるビッグプロジェクトなんだ。喜んでもらえて嬉しいよ」
「っ!こんな私のためにそこまでやってくれるなんて……ううっ」
「おいおい、こんなんで泣くんじゃあない。まだ完成じゃないんだ。さぁ、悪いが調整したらまた装着して確認してもらうよ」
「うふふ。そうね、じゃあお願いするわ。──カール」
……随分と懐かしい呼び名だ。
小さい頃、まだお互いに家族も無事で無邪気に遊んでいた時代。
ナナリーはオレのことをそんな愛称で呼んでくれていた。
だからオレもつい対抗してナナリーに自分だけのあだ名をつけて呼んでた時期があったな。
──ああ本当に。苦しいほどのノスタルジー。
「任せてくれ、ナーナ」
ついオレも、背が伸びるにつれて使わなくなったあだ名で彼女を呼んだ。
「……うふふふふふ」
「っくくくく」
お互いに見合わせてくつくつと笑ってしまう。
そんなオレたちの様子を、執事とメイドさん達がキラキラした目で扉の陰から覗いていたのだが、懐かしさに浸っていたオレたちはまったく気付かなかった。
※
「ナナリー様、一体いつカルエル様とひっつくんですか?女からの夜這いもありだと思いますよ?」
夜、部屋に紅茶を淹れてきたメイドが不意にそんなことを聞いてきた。
「ッブフゥ!!な、何言っんのよレイっ!!」
あまりにも唐突に、とんでもないことを言われて、思わず飲んだものを吹いてしまった。
「まぁ!はしたないですよ。ナナリー様」
「あ、あんたが変なこと言うからでしょっ!!」
常にクールな表情で毒を吐くとこに定評のあるメイドのレイ。
彼女は私が片腕をなくした後、不慣れな生活をサポートしてくれていた本当に気心を許せる人だ。
肉体的にも精神的に辛くて、流石に気が滅入る時でもずっと私の側で支えてくれた友人のような大切なメイド。
もちろん嫌いではないんだけど、私のことをからかうことが多いこの子はたまにストレートな表現で私を慌てさせてくる。
「そりゃあ、あんないじらしい姿をみせつけられたらねぇ」
「べ、別にそんなことしてないわよ」
「……風呂上がりに鏡の前でバッチリ髪の毛整えて。でも着替えずバスローブ着たまま!あたかも!偶然を装って!カルエル様の休んでる広間に行ってたのに?」
「うっ!」
「体力お化けで疲れ知らずにも関わらず、ちょっと義手つけて剣振っただけで、さも目眩でふらついたかのようにカルエル様に寄りかかってたくせに??」
「ううっ!!」
「寝てるカルエル様の部屋の前を、高級ランジェリーショップでわたしと一緒にチョイスした悩殺下着を履いたままうろついてたくせに???」
「うううっ!!!」
「部屋で一人、カルエル様を思って自分をなぐ「も、もうやめてぇ!!」」
どこまで見てるんだこのメイドは!
あまりにも恥ずかしい指摘の数々に、真っ赤になった顔を枕で隠す。
「まあ、そこまで露骨にアピールして全く気付かないカルエル様もどうかと思いますが」
そう、カルと昔を懐かしんで笑い合ったあの日。
私は自分の中で再燃していた恋心を抑えきれなくなった。
一度は自分の不義理で失ってしまったもの。
でも、勘違いでなければカルも自分のことをまだ異性として意識してくれているような気がする。
どの面下げてって後悔なら散々した。
うじうじするなら当たって砕けろ!
その精神で私ははここ連日、カルにアプローチをかけていた。
「でもやっぱり、カルは私のこと……」
──なんとも思ってない。
口に出して言いたくはなかった。
「うーん、どうですかねえ。少なくとも、私的にはカルエル様もやっぱり男性なのだなと思いましたけどね」
「え!どういうこと?」
どんなにアプローチをかけても困ったように笑うだけだったカルに、自信を失っていたのだけど。
もしやこんな私のこと意識してくれたのだろうか。
レイの言葉に、胸が少しあったかくなる。
「またそんな嬉しそうな顔して。ストレートにその感じ出せば案外ころっといくと思うんですけどねえ」
「む、無理よ!だって私は……」
ひどい裏切りを彼にしたのだから。
ずっと側で支えてくれた恋人を裏切って他の男と寝て、挙句にそれを見られて。
自分はカルに、そういうことは魔王を倒してからって言ってたくせに。
「ほんと最低ね、私」
こんな女に、カルは昔のように変わらず優しい。
アランと王女も交えて会ったあの日、カルは気にしてないと言ってくれた。
もう許すと。
だから結局、私が私を許せていないだけなのだろう。
「ナナリー様」
レイがいつものふざけた雰囲気ではなく、はっきりとした口調で私を呼ぶ。
「失敗、過ちはどうあがいても無かったことには出来ません。あなたは今、どうしたいのですか。ずっと後悔するだけでいいのですか?」
レイのまるで刺すかのような、鋭い声。
そう感じるのは、痛いほど自分がソレを自覚しているからなのか。
「だって……」
私はカルに気持ちを伝えるのが怖い。
あんなことしたくせにって、罵倒されるだろうか。
あの優しい目が、途端に侮蔑するような目に変わるだろうか。
やっと昔のように戻れた今の関係が、取り返しがつかないくらい壊れたりしないだろうか。
怖くて、怖くて、心が震える。
だから、私は卑怯な手段に出た。
カルから好意を示してくれるように。
カルから私に手を出してくれるように。
本当に、自分が嫌になる。
やっぱりカルは、こんな私のこと……
「カルエル様は、そのようなお人なのですか?」
「違うっ!!」
カルはそんなんじゃないっ!
人を侮蔑したり、蔑んだりなんて決してしない!!
昔からケンカをしても、いつも最後にはしょうがないなって笑って許してくれる。
どれだけ苦しくても、前を見ることを忘れない。
人が傷付いたら、誰よりも心配するし、自分のこと以上に怒る。
「あなたが一番、わかってるじゃないですか。なら想いを伝えることが怖いなんて、カルエル様に失礼ではありませんか」
「レイ……」
「それにもしカルエル様がナナリー様に思うところがあるのなら、あんな雰囲気にはならないと思いますよ」
……ほんと、私はこんなにも素晴らしい人が身近にいて、環境に恵まれていたようだ。
「わかったわよ、レイ。私は明日、カルに告白するわ」
心は決まった。
でも、これなら魔王に挑んだ時の方がよっぽどマシだ。
「ねえ、レイ。ありがとう」
「しょうがないご主人ですよ。ほらほら、あの薬のおかげでお顔もお綺麗になったのですから。自信持って下さい」
「……うん」
まさにこんな私にはもったいない友人だ。
その夜、レイは私の相談に遅くまでとことん付き合ってくれた。
※
ナナリーの屋敷に滞在して早1ヶ月になる。
義手は昨日の調整で完璧に彼女の腕に馴染んだみたいだ。
嬉しそうにはしゃいで、まったく見えないスピードの剣さばきを披露する彼女の姿が微笑ましい。
顔の傷も、完全とは言えないが美貌の顔と称するには十分なほどに癒えている。
あと数ヶ月もすれば薄っすら残った火傷跡も全く目立たなくなるだろう。
結果は概ね完璧だった。
オレとしても新製品の良いデータが取れたし、何よりナナリーの元気な姿が見れて安心した。
これで心置きなくインスタシアに戻れる。
──なんてのんきに思った矢先、ソレは来た。
「カルエル様、雷光が届いております」
ナナリーの側にほとんどずっといた、確かレイという名のメイドがオレに連絡をくれた。
雷光とは世界各国で使われている通話魔具だ。
正式には雷光水晶。
持っていれば登録している相手とどれだけ距離が離れていても、会話が可能だ。
連絡してきたのは、インスタシア共和国のメノン商会本社からだった。
相手は商会立ち上げメンバーとして活躍してくれている、信頼厚いオレの部下ロンからのものだった。
「会長!何度も連絡したんですよ!何故出なかったんですか?!」
「へ?す、すまない。ちょっと忙しくて」
実はここ数日、屋敷にいる間に頻繁に雷光が届いていると連絡があった。
だが、ナナリーの義手の調整に付きっ切りだったオレはすぐに出れず、また折り返し連絡も忘れてしまっていたのだ。
「忙しくてじゃないですよ!」
「ほんとスマン!それで、そんなに急いでどうしたんだ?もしかして何かトラブルか?」
副会長が残ってるしロンもいる以上、何が起きても大丈夫だと思うのだが。
その安心感からの慢心もあり、ついつい返事を後回しにしたのもある。
「トラブルというか。会長、副会長が昨日そちらに向けて飛び立ちました」
それを聞いた瞬間、身も心も怖気だった。
義手や傷薬の成功だとか、ナナリーとのちょっとしたノスタルジーによる心の侘び寂びだとかは全て吹き飛んだ。
「……まじで?」
「マジです。ちなみに会長、帰宅予定日1週間過ぎてますよ」
やってしまった。
これは、マズイ。
本当にマズイ。
アレが飛び立ったことは、問題じゃあない。
そう、そこは問題じゃあない。
目的地はわかってる、ここだ。
そう、ここが問題なんだ。
今、自分のいるこの場所が問題なんだ。
連絡もせず、帰りもせず、この場所にいることが問題なんだっ!
「カル!」
「はいっ!」
咄嗟に名前を呼ばれてびっくりするあまり、大きな声でキッチリ返事をしてしまった。
「どうしたのよ?そんな親に怒られた子供みたいな返事して」
声をかけたのはナナリーだった。
ああ、ナナリーでよかった。
とんでもなく勝手だが、心から謎の安堵感が込み上げてくる。
「ナナリー……」
思わず、安堵と親しみを込め呼びかける。
「っ!!あ、あのねカル。大事な話があるの」
大事な話?何というタイミング!
「ちょうどいい、オレも大事な話がある」
「へっ!?え、ええと、だ、だめ!私から言わせて!!」
何やらナナリーはお急ぎのご様子。
ちなみにオレもお急ぎです。
でも仕方ない、彼女の話を聞こう。
「わかった。それで?」
「あ、あのね、カル。私、本当はこんなこと言うのはダメなのかもしれないんだけど、えっとね、その……」
Oh!ハリー!ハリー!ナナリー!
早くしないとオレにサムシングがハプニングだよ!!
焦っておかしな言葉遣いになる男、オレ。
「私、カルとずっと……!」
ナナリーが何やら言おうした瞬間、それは起きた。
────ドッゴォォォォ!!!!
鳴り響く爆音。
激しく揺れる大地。
激しく震えるオレの足。
おっかしいなぁ。屋敷の中にいるはずなのに、振り向いたら綺麗なお空が見えるんだ。
「な、何?!えっ?!まさか魔王?!」
ナナリーが焦って、突拍子も無い事を口走ってる。
ちゃっかり剣を抜いて、屋敷の使用人の安否確認までしている。流石は剣聖。
いやあ、幼馴染として鼻が高い。
そして幼馴染が人として立派になった事を現実逃避に使ってる男、オレ。
『どういうことか、聞こうじゃないかマスター』
声の方に目を向ける。
その背中からは大きな竜の翼が広がっている。
肌の色は褐色で、眩い白銀の髪は腰まで届いている。
慎ましやかな胸なのに、露出の多い独特の服装。
金色の瞳は真っ直ぐオレを見据え、元来の美貌も相まって氷のような恐ろしい美しさを醸し出している。
ソレは最強と呼ばれる生ける伝説。
そんな存在が、全っ然話を聞く感じではないご様子でこちらに怒りの眼を向けていた。
次でラストの予定です。
※2021 3/23追記:すまん、これは嘘だった。