国王の激昂
白い床に敷かれた紅の絨毯が、この国の主の元への道となっている。
絨毯の先には、背もたれの高い椅子に座っている男がいた。
この国の王であるシン・パラティッシだ。
彼の履く白くぶかっとしたズボンは、見栄えよりも機動性を重視してのものだろう。
引き締まった体を曝け出すように、裸の上半身に羽織られた黒いチョッキ。
胸元には宝石やら金やらで作られた見るからに高そうなネックレスを着けていた。
民族衣装のようにラフなその格好は、王というよりまるで戦士のようだ。
眼光鋭く、猛禽類を彷彿とさせ肌の浅黒さもあって精悍さが際立つ。
見た目は若々しく、歳の頃は今年で26のオレと恐らくそう変わらないだろう。
だがオレとは対照的に中々に男前な国王である。
椅子の上で右足を自分の左膝に乗せ、片足だけあぐらをかくように座っていた。
一見行儀が悪くも見えるが、不思議と様になっている。
他の国の王族とは雰囲気が全く違う。
あぐらをかいた右膝の上で、シン国王は頬杖をついてこちらを訝しげに眺めている。
(それにしても面白い内装だな)
大きな広間にも関わらず、入ったきた扉のある場所以外の三方に存在するはずの壁がない。
広間の先からはこの国の住民たちの住処が見えた。
よく見れば中から見える外の景色が僅かに揺らいでいる。
壁の代わりにこの広間と外を隔てていたのは流れ落ちる水のカーテンだ。
陽光が流れる水にキラキラと反射していて美しい。
何かの魔術か室温も快適で、街の子供が遊ぶ声も、商人たちがけたたましく訪れる客を捕まえようと売り込む声も聞こえない。
さすがはこの国の王が控える場所。
砂の国にふさわしい風情が演出されていた。
水資源不足だと聞いていたが、これも国王の威厳を保つために必要な経費ということだろうか。
そんなことを考えながら床に敷かれた深紅の絨毯の上を、騎士に先導され歩いていく。
絨毯の敷かれた道に並び立つように、この国の重鎮であろう人々が左右に整列していた。
その中には見知った顔であるアメリ女史もいるではないか。
どうやら先に国王への謁見を済ませていたようだ。
「陛下。メノン商会代表、カルエル・メノン様がお越しです」
「ほう?」
騎士が跪き、国王とその側に立つ巨躯な老人に報告する。
「初めまして。パラティッシのシン陛下。カルエル・メノンと申します」
胸に手を当て、頭を下げる。
世界共通の礼の形式だ。
たとえ儀礼の違う国においても、とりあえずこれさえ行えば失礼にはあたらない優れた礼法である。
「貴様、我の国に何しにきた? 貴様の中和剤のせいで我の国民にも被害が出ておるぞ、忌々しい」
おっと、いきなりだな。
その件についてオレが犯人ではないと証明するためにこの国に訪れたというのに。
だがここは神竜教本拠地が存在するパラティッシ。
彼らの敵対勢力であるメノン商会の、それも代表であるオレに好意的であるはずもないか。
「シン陛下。我々はその汚名を晴らすためにこの国に訪れたのです」
「下らん。シース教皇ほどのお方が嘘を吐くはずが無い。いくら賢者といえど我は惑わされんぞ」
「これはこれは、手厳しい」
温厚に、丁寧に。感情を荒立てることなくオレは陛下に説明を続ける。
「神竜教が作った中和剤の確認が取れればすぐにでもお暇させていただきます。どうかご容赦を」
「ほう? 転移水晶でも持ってきたか。この国とインスタシアを結ぶ水晶はそこのアメリ長官とシース教皇しか持たぬ約束だが? もし勝手に作成したのであれば重罪だぞ」
国王の言う通り、国と国をつなぐような転移水晶は互いの国が許可を出して初めて制作可能だ。
それなりの実力者にとって転移水晶の制作自体は容易である。
しかし簡単に国から国へと渡れる水晶を量産されれば安全保障の問題になりかねない。
基本は友好国同士が互いの国家魔術師やら宮廷魔術師やらで制作したものを、登録制で市販する。
無論、今回の裁判を通してインスタシアとパラティッシは互いに連絡を取り合ったのだろう。
「シース教皇も貴様に転移水晶を使わせはしまい?」
「ええ、おっしゃるとおりでございます」
とりあえず、彼の言葉を肯定しておく。
「ああ、そうか。アメリ殿の水晶を使ったのか」
途端に責めるような口調と睨むような視線がアメリ女史に向けられた。
国王に凄まれ、アメリ殿も流石に怯えたのか、僅かに冷や汗を流している。
彼女にとっては完全にオレからの流れ矢だ。仕方ないので、さっさと助け舟をだすことにした。
「いえ、アメリ殿は水晶を使ってません」
「ではどのようにしてこの国に来た? まさか本当に勝手に製造したのか? 例え光の賢者といえど法を犯すのであれば…」
「私が転移術を使っただけです」
「は?」
オレの返答に国王も、隣の巨躯の老人も、絨毯の傍に参列していた魔術師たちもポカンと口を開けた。
「ですから、オレが転移術で皆をこの地に連れてきたのです。無論、シース教皇たち神竜教の方々も含めてね」
「あ、ありえぬ! そんな魔力、いくら賢者様といえどっ⁉︎」
オレの説明を聞いて、絨毯の傍に整列していた白髭の爺さんが声を荒げた。
おそらく彼がこの国の魔術師長なのだろう。
消費魔力の桁違いさを知ってるからこそ出た発言だからな。
まあ、覚醒する前のオレでも彼と同じことを思うはずだから、その問いに答えておくとしよう。
「だから賢者なのですよ」
当然のごとく言い放つオレに、魔術師だけでなく国王までもが目を見開く。
「嘘はございませんよ。ねえ、アメリ殿」
「はい、シン国王陛下。私もインスタシアからこの地までカルエル殿にお連れいただきました」
「……ふん」
アメリさんの発言となれば流石の国王もいちゃもんはつけれないようだ。
「だがそれほどの大魔術、日に何度もは使えぬだろう?」
「問題ございません」
「チッ、ここまでの規格外とは」
おいおい、つぶやきがしっかり聞こえているぞ国王陛下殿。
「いつまでこの地に居座るおつもりかな?」
「シースのやつがポーションを見せてくれればすぐにでも」
オレの軽口に国王が眉を顰めた。しかし次に口を開いたのは彼ではなく、またしても傍に整列している者だった。
「賢者よ。随分と教皇に対して無礼であるな?」
「これこれは、神竜教の神官長かな?」
「いかにも。教皇への非礼、カルエル殿は賢者と周りにおだてられ少し浮ついていらっしゃるのかな?」
「あははは! これは異なことを。たかだか神官長のくせに国王の会話に割って入る無礼を働きながら何をおっしゃる。もしやこれが神竜教の礼儀か?」
「貴様……」
そりゃあ、この謁見の間にも神竜教の関係者がいることはわかっていたさ。
だが、まさかここまでとは。
一国の王が客人と会話している時に割って入る神官など聞いたことがない。
神竜教は思いのほか、この国での地位を高めているようだ。それはもしかしたら国王よりも──。
「神官長。今は我が賢者殿と話しているのだ。控えてくれぬか?」
「ええ、構いませんとも」
神官長は国王に咎められても頭を下げることすらしない。
シン陛下が国王になってからパラティッシに紛争は起きていないので名君かとも思っていたが、どうやら国を平定させているのは彼の力だけでは無いのかもしれないな。
「……」
シン陛下はじっとオレを見据えている。
彼の頭の中では一体どんな思考が張り巡らせされていることやら。
こちらとしてはさっさとシースとの決着をつけたいのだが。
オレと国王の視線がぶつかり合い沈黙が続く中、ふと国王の視線がオレの後へと逸れた。
そこにいる人物に国王の目が見開かれる。
「貴様、なぜ帰ってきた⁉︎」
国王が語りかけたのはもちろん、オレではない。
後に控え、先ほどからすまし顔で立っているロンだ。
国王が感情をあらわにするなんて……国王の右腕かのように傍仕えしていた巨躯の老人までもが驚愕の表情に顔を染めているではないか。
「貴様にこの地を踏む許可を誰が与えた⁉︎ 即刻に立ち去れ!」
シン国王が椅子から立ちがり、怒りをあらわにして叫んだ。
当の本人は顔色ひとつ変えずに罵りを聞いている。
ロンが故郷を追放されたとは聞いていたが……お前一体この国で何をしでかしたんだ。
オレのことなど最早眼中にないかのように国王も巨躯の老人も、怒りを含んだ視線を真っ直ぐロンにぶつけていた。
 




