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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
浮気された賢者と神竜教団

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本物の証人


「裁判長、それにここにお集まりの皆さん。ご存知の通り、我が神竜教にはこの世界の至る所に敬虔な信者がいます」


それはまるで舞台役者のような振る舞いだった。

シースのそれは不思議とこの法廷に似合っており、様になっている。

元々の顔がいいからなのか、そういう性格をしているからなのかは分からない。

気障ったらしいが、その声は聞いている者にすんなりと入ってくる。

これ、オレがやったらダダ滑りして場の空気が凍りつくだろうな。

そして聞いている者たち皆が苦渋の表情と化すことだろう。

あ、なんかムカついてきた。


「今回、メノン商会の──いや、光の賢者様が開発された瘴気中和剤によって、私どもの敬虔な信徒も数多く助かることが出来ました」

「じゃあ、なんで敵意剥き出しなんでしょうねえ」

「カルエル殿、お静かに」

「すいません、裁判長」


おっと、ムカついたあまりつい心の声が漏れ出てしまった。

ちょうどシースの喋りが一区切りついたタイミングで法廷が思いのほか静かだったため、小声でも響いてしまったのだ。

これは気をつけなければ、アメリ裁判長のオレへの心証が駄々下がりになってしまう。


「はあ、会長の馬鹿」

「おいこら、お前はどっち側だロン」


先の宣誓後、自分用に用意された席に座ったオレは、同じく隣に座していたロンとそんなくだらないやりとりを小声でする。

もちろんシース側にも、同じように一人だけ男性が座っていた。

神竜教の関係者なのだろうか?

気になるのは今日、この場所に入廷する際のこと。

一瞬だが、その男の顔を見たロンの表情が強張ったのをオレは見た。

今は平然としているが、果たしてどんな関係なのだろうか。

──もしかすると母国での知り合いなのかもしれない。


「ククク、いえ構いませんよ裁判長。我々も最初は感謝していたのです、最初はね」


最初は、ねえ。

相変わらず芝居がかったセリフである。


「ですがしばらくして、我が信者からの相談が相次いだのです」

「相談?」

「はい、裁判長。それが今回の告発内容である瘴気中和剤の副作用でございます」


そういうことか。

確かに神竜教は世界有数の大宗教組織。

信徒は多く、証言を集めるのに苦労はしないだろう。


「ここで私は実際、被害に遭われた方の証言を求めます」

「わかりました」

「それではアンリさん、こちらへ」


そう言ったシースに案内されてやってきたのは中年の女性だった。

街中のどこにでもいそうな、典型的な主婦と言った装い。

だが、その顔はひどく憔悴して疲れ切っている。

あの顔、どうやら役者ではなさそうだ。

本当に被害にあった人物なのだろう。


「それでは証人。証言をどうぞ」

「はい」


今はシース側の陳述時間。

当然、証人もシース側の証言に有利な者が連れて来られる。

神竜教の用意した証人、その内容が嘘ではないとすると……


「会長、あの女性はまずいですね」

「ああ、まずいな。多分、本物だ」

「ちっ…」


これが嘘をつく用意された証人であるならばよかったが。

本物となると、こちらには圧倒的に不利である。

シースの裏工作、新聞による報道で副作用が発生したのは事実であることが知らされている。

そして、それが我々の中和剤がもたらしたことはもう確定事項のように扱われているのだ。

その状況下で本物の被害者の証言。

あの顔を見れば、相当のことが起きたのだと想像ができる。


「わ、私の夫は鍛冶屋を営んでいましたが、瘴気によって苦しんでいました」


その涙を堪えるかのような、震える声が静かな法廷に浸透する。


「そこでメノン商会の中和剤を服用したのですが──」


我が商会が作成した瘴気中和剤を服用し、元気になったアンリさんの旦那。

槌を握れるまでに回復した旦那さんは早速鍛冶屋の仕事を再開したらしい。

魔王が倒され、世界が祝福一色に染まる中。

彼女たちもその幸せを享受していたという。


──だが。


「でも、ようやく瘴気が治って働き始めた瞬間に、あの事件が起きました」

「あの事件?」

「はい。ある日、夫が仕事中に倒れて苦しみ出したんです」 

「その症状が魔力暴走だったのですね」

「そう診断されました」

「失礼ですが、その診断は神竜教の司祭に?」

「いえ、国のお医者様に見ていただきました」

「そうですか」


魔力暴走。

体内を循環する魔力が急激に膨れ上り、肉体を破裂させる致死率の高い恐るべき病気。

この症例が発生するのは大体がマナポーションなどの薬による副作用がほとんどだ。

故に世界連盟ではポーション作成には厳密な法を課しており、おいそれと製作することはできない。

薬品市場がほぼ神竜教の独占状態なのは、そういった副作用による深刻なリスクを新参者が取りたがらないからでもあった。

ただ、別にリスクを取り法を守れば製作自体はできるのだ。

そう、今回のメノン商会のようにね。


「中和剤が原因か。ロン、お前は大丈夫か?」

「はい。俺は問題ありません」


実はロンも瘴気に侵されて生死の境を彷徨うほどに苦しんでいた。

そこでオレは持っていた中和剤を投薬し、治療したのが最初の出会いだ。

瘴気に侵されたもの全てが魔王の怪物に変貌するわけじゃない。

多くの一般市民はその負荷に耐えきれず命を落とす。


「言いにくいことですが、俺はカルエル会長に直接治療してもらいました。反証の証人としてはちょっと材料にはならないですね」

「まあ、そうだろうな」

「ちなみに、アラン様や会長、副会長みたいな人外も参考にはなりませんからね?」

「おいこら、人外って言うな」

「おっと、これは失礼」


ロンの言う通り、残念ながらオレの親しい人たちは証人にはなりえない。

そもそもオレたちは魔力暴走を起こさないのだ。

基本的に魔力を常時消費しているのが英雄と呼ばれる存在であり、常人とは魔力の質も量も桁違い。

魔力暴走というのは、少ない魔力の人間に過剰な魔力が発生してしか起こらない症状。

過去には『市民病』と揶揄されたこともある病気のため、オレの周囲にはなかなか当てはまらない。

それに例えオレやエレノア、アランといった者たちが魔力暴走を起こしても体は無事だ。

一定以上鍛え上げた者は魔力暴走程度では肉体が損傷しない。

何らかの理由で抑えきれないほどに魔力が高まり、仮に暴走したとしてもその場で爆発を引き起こすだけ。

いつかの、我が妻のように。


「夫は、夫は…ううっ……」


──だがもし、それが一般の人間であれば。


「証人、大丈夫ですか?」

「ぐすっ、はい」

「それで、その後はどうなったのですか?」

「幸いにも夫は一命を取り留めました。ですが、腕が…もう……」

「……そうですか」

「その後は夫の治療のため、鍛冶屋を売りました。ですが、それでもお金はすぐに足りなくなってしまいました」


オレとロンの読み通り、彼女の語る内容は聞くものの心をえぐる凄惨なものだった。

彼女の言葉は真実なのだろう。

これは決して演技ではない。


「お金が底を尽き、鍛治が人生だった主人は自暴自棄に。働こうにも戦火で職もなく、もう後が無い私は──」

「証人、それ以上は結構です。お辛いでしょう」

「ううう、すみません」

「それで、ご主人の症状は瘴気中和剤を服用したのが原因だと?」

「はい。お医者様にもそう言われました」

「そうですか、ありがとうございます」


泣き崩れた女性を、シースが支えるように退廷させる。

これには我が商会の従業員も流石に同情を禁じえないような表情をしているだろう。

見なくてもこの場の雰囲気というのがヒシヒシと伝わってくる。


「裁判長、残酷なことですが、彼女はあくまで一例です」

「一例ですか?」

「はい。こちらを彼女の証言を裏付ける証拠として提出させていただきます」


シースがアメリさんに渡したのは一本の巻物。

その中に書かれていたのは──


「記載されているのは、今回の症状に苦しんだものたちの署名と、彼らの体験談です」


出るわ出るわ、副作用による魔力暴走の被害者たち。

その内容をシースが読み上げる。

記載された被害者の数は千人近くまで達していた。


「もちろん、ここに書かれた者たちはごく一部です。世界には未だ声を我々も知らない被害者が大勢苦しんでいることでしょう!」


思わず耳を塞ぎたくなるな。

裁判長の瞳からも被害者への同情が見て取れる。

これではメノン商会の、オレのイメージも底をついて最悪だろう。


「か、会長」

「ああ」


チラリと後ろ傍聴席を見やれば、不安に揺れる我がメノン商会の従業員たちの瞳がオレを注視していた。

神竜教の関係者はまるで怨敵を見るかの如き苛烈な視線を送ってくる。

無論、彼らだけではない。


「────」


覇王とも名高いアレキサンドロス大王が、静かな瞳でオレに語りかける。

『まさか、この程度で終わらんだろうな?』と。

そう言っているのが言葉を交わさずとも伝わってきた。


ユーリも各国の王も、皆がオレの発言を待っているのが如実に伝わる。


「それでは被告のカルエル・メノン。原告の訴えについて反証はありますか?」


促されたオレは、黙って立ち上がる。


「っ──」


ただそれだけの動作なのに、アメリさんが息を呑んだのがわかった。


「会長、殺気を抑えてください」

「あ、すまん」


どうやらオレは自分でも意図せぬうちに殺気立っていたようだ。

これ以上ないくらいに場が静まりかえっている。


「さてさて、何から話したものでしょうかね」


先ほど宣誓した場所に、もう一度立ったオレはそう言葉を切り出す。

そんなオレを、原告席に座ったシースが愉悦の混じった表情で眺めていた。


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