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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
浮気された賢者とかつての仲間達

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賢者の誤算


「遅かったな、マスター」

「ああ、すまないね」

「スッキリしたか?」

「おかげさまで」


国王に用意された客室。

天蓋付きのベットの上に座っている彼女の姿は、レースに隠れていて見えない。

中からはエレノアが声だけでオレを労ってくれた。


「心配、かけちゃったかな?」

「……ふん」


拗ねるような声が聞こえてきた。

どうやら不安がらせてしまったようで申し訳ない気持ちになる。

けど、彼女の告白をきっかけにはっきり分かったことがある。

エレノアの存在はオレの現在の心の大多数を占めていることだ。

我ながら、惚れやすく単純だなと少し笑えてしまう。

それでも、早く彼女の顔を見たい。

できればそっと、彼女を抱きしめたい。


ナナリーの元を去った後、オレは浴場で湯浴みを済まし、彼女の元へと急いで戻ってきたのだ。


「ただいま」


豪勢で大きなベッドに乗り、レースを上げて彼女の顔を見た。

ついさっきも見たばかりなのに、不思議ともう一度見れたことに安心してしまう。


「──エリィ」


まるであどけない女の子のように、ペタンとベットの上に座っている彼女にオレは這い寄った。

彼女は、それはそれは綺麗な笑顔でオレを迎えてくれた。


「……?」


それはとても幸せなことであるはずなのに、オレの背筋がヒヤリとした。

疑問に思うか思わないか、ほんの刹那のタイミングで視界が真っ暗になる。

何故かとんでもない激痛を伴って。


「いだっ! あだだだだだだ!!?」


ミシミシ、とオレのこめかみから聞こえてはいけない音がする。

彼女のアイアンクローがオレの目を塞ぎ、今にも頭蓋を握りつぶそうとしたのだ。


「なあ、我が夫よ。私は話して来いと言ったのだぞ?」

「だ、だから話してきたのにこの仕打ちは!?」

「なら何故あの女と口づけを交わしていた?」

「あっ……」


どうやらあの場面を見られていたらしい。

なんらかの遠視の魔法を発動させていたのかもしれない。

しかし言い訳をさせてもらえるのであれば、あれは向こうが不意打ちでしてきたことであってオレに非はないはず!


「い、いやあれは不意を打たれて…」

「オマエならあんな動作簡単に避けれただろう! ワザとあの女の口付けを受けたな!?」

「ち、違うよ、エリィ! ちょっと色々考えことをしていて」

「あの女のことか!?」

「いや、君の…」

「こ、この浮気者め!!」

「あだだだだだ!?」


彼女にオレの言葉は届かない。

これは緊急事態である。

金色の瞳は濡れて、理性はおそらく失いかけている。

このままでは、オレの頭蓋は握りつぶされたトマトのようになるだろう。

そう、侮ってはいけないのだ。

この世界で一番美しく、可憐で、苛烈なクセに意外にも乙女な部分がある我が妻は、世界を滅ぼせる最強の滅竜皇女である。

力の次元が彼女とそれ以外では違うのです。


「いでででで! し、死ぬぅ!?」

「浮気するくらいならこの手で終わらせてやるぞ我が夫よ!!」


DVの域を簡単に飛び越してきたエレノアに、本当に生命の危機を迎える男、オレ。

頭痛ってレベルではない痛みがオレから理性を奪っていく。

己を苛むこの苦痛からの緊急回避のため、もはや無我夢中だったオレは意図せず彼女の弱点を突く行動に出た。


「うひゃあ!?」


途端に、エレノアが甲高い悲鳴をあげた。


「こ、こら! ちょっと、ふふ、あははははは!」


オレは彼女の身体を引き離そうと、無意識に脇腹に手を添えたのだ。

こっちも必死なのだ、当然指先には力がこもる。

必死で彼女の体を押し出そうと体を掴んだのだが、どうやらそれが彼女には効いたらしい。

頭を握りつぶそうとしていた手が離れ、激痛から解放された。


──そのはずだった。


「いだっ?! ちょ、エリィ!?」


今度はきつく閉じられた彼女の脇に手を挟まれる。

普通ならなんてことはないはずなのに、彼女の力が強すぎて手が潰されてしまいそうだ。

このままでは、大事な手が東方で有名なお菓子のせんべいのように平らになってしまうだろう。

そうなってはたまらないと、引き抜こうと必死でもがく。


「ぬ、抜けない!?」

「ひゃあ?! う、動かすな、うふははあははは!?」


オレの手を脇に挟んだまま、身体を丸める彼女。

その姿勢を取られると、腕を固定されているオレがどうなってしまうかは想像にかたくないだろう。


「ぎゃああああああ?!」

「あはははははは!!」


普通の夫婦同士であれば、ただのじゃれあいで済んだのかもしれない。

だがしかし、今宵の相手は最強たる滅竜皇女。

ほんの戯れが命取りのお相手である。


「腕がぁぁぁぁ!?」


のたうち回る彼女に振り回されてそこら中に身体を打ち付けられた。

当然、支点となっている彼女の脇に差し込まれて抜け出せないオレの腕は、ボキボキと無残な音を立て続けていた。

あまりの激痛になんとか手を引き抜こうともがくが、エレノアがキツく締め付けてきて一向に引き抜けない。

そしてそれは逆効果のようで、もがけばもがくほど彼女の締め付けがキツくなる。


「あひゃははは!? う、動かすなマスター!?」

「だ、だったら離してくれ!」

「む、無理いひひはははは!」

「ちょっ! エリィ?!」

「あははははは!!」

「うぎゃあああああ?!!」


まさに阿鼻叫喚の地獄とはこのことである。

オレは必死に身体に回復魔法をかけてはすぐに骨折してまた治すという苦行を、エレノアが疲れてようやく力を緩めた朝になるまで繰り返す羽目になるのだった。


「あだだだ!? し、締め付けがキツいって!! もっと緩めて!!」

「な、なら離して、あは、あははは!!」

「いや順番逆だから!? 緩めてもらわないと離せないから!?」

「あひゃははは!!」

「あだだだ! あ、暴れるなエリィ! オレの腕はそっちには曲がらないから!? ってぎゃあああ!!?」


そんなことを叫びながら、オレは一晩中彼女に振り回され続けた。

文字通りとはこのことだろう。

残念ながら、オレたちの間には甘ったるい雰囲気はない。

片や爆笑、片や鬼泣きといった無惨な醜態を晒し続ける羽目になったのであった。



『締め付けが──!!』


「ちょ、ちょっと盛り上がっていらっしゃるようですね」

「仲間がうるさくしてすまないね、ミシェル。すごい音がするけど、カルのやつ意外と激しいんだな」

「ま、アラン様。はしたないですよ」

「この城が揺れるくらいって……大丈夫か、あいつ?」

「アラン様ったら! でも、さすがはあのエレノア様というところでしょうか……」


そんな会話が繰り交わされているとも知らず、オレたち夫婦の営み(?)は続いていた。

そして翌朝、ルームサービスに訪れた王宮メイドたちは知ることになる。

オレ達のエクストリーム夫婦愛を。

部屋の調度品どころか、部屋そのものを荒らしてしまったオレはリオン国王に朝イチで頭を下げる羽目になったのであった。


リオン国王は申し訳なさそうに謝罪するオレと、いまだにムスッとしているエレノアに冷や汗を流しながらも快く許してくれた。

余談ではあるが、その日を契機に滅竜皇女の伝説に『夜の営みが凄い』と加えられた。

それを知ったエレノアが、噂の出どころであるリオン王国を激情に駆られて滅ぼそうとするのをまたもやボロボロになりながら止める羽目になるのは、まだしばらく先のことであった。



「やれやれ、ひどい目にあった」

「誰のせいだ、誰の!!」

「わ、悪かったよエリィ。だから機嫌を直してくれないか?」

「ふん!」

「さてさて、どうしたものか」


王国を出立するその日。

結局一睡も出来ずに身支度をする羽目になったが、これ以上この件について触れようものならまさに彼女の逆鱗に触れかねない。

なんとか事情を説明し、機嫌をうまく取りながらインスタシアまでの帰宅路を検討する。


「さて、来る時は馬獣車できたけど帰りは海路の方が早いかな」

「なんだ、私が連れて飛べばいいだろう」

「いや、君とのフライトは刺激的すぎてね」

「そうか?」


彼女の空を駆けるスピードは音速に近い。

だから数日かかる道のりを数時間で来れるのだろうけど、普通の人間にはそんな速度で数時間も飛んでいれば体に大ダメージである。

穏やかに帰るため、オレは海路で帰るか陸路で帰るか、悩んでいたのだ。


「エリィ、肉と魚だったらどっちが食べたい?」

「ほう、なるほど食事で帰路を選ぶのか。でも私はいいよ。飛んで帰るから」

「そうなのかい? 時間はそれなりにあるからゆっくりしていけばいいじゃないか」

「そうだけど……いいのか? あまり遅いと今度はロンの奴に文句を言われるぞ」

「まあ、そうかもしれないけどね。でも、久しぶりに君と二人でゆっくり帰るのも悪くないかなと思ってさ」

「なっ!? そ、そういうことだったのか。じゃ、じゃあ私もオマエについていく」

「ああ、一緒に帰ろう」

「……うん!」


嬉しそうに微笑むエレノアと手を繋いでオレは彼女と一緒に王国を出た。

国王たちが盛大に見送ろうとしたが、やんわり断って一般の行商人や旅人と同じよう出国することにしたのだ。


アランもユーリも、そしてナナリーも最後に見送りに来てくれたので簡単に挨拶して別れを告げた。

ナナリーは気まずそうにしてたけど、オレとしてもどう声をかけていいか悩んでいた。

でもユーリが気を使って会話を取り持ってくれたので、なんとか挨拶程度は済ませることができた。


「ナナリー、じゃあな。もし、義手や薬に何か不具合があったら教えてくれ。すぐに駆けつけるよ」

「カル……う、うえええええん!」

「な、泣くなよナナリー。ははは、弱ったな」


しかし最後は結局泣き出してしまった。

オレにはどうしようもなくて、苦笑するしかない。


「ナナリーのことは任せなさいな」

「ああ、すまないねユーリ」

「……本当は僕がしっかりするべきなんだろうけど、悪いなユーリ、それにカルも。元は僕が原因だ」

「まあ、あれはナナリーが自分で選択したことでもあるんだ、アランがそこまで気に病む必要もないさ」

「本当にすまなかった、カル」

「いいさ。王女と幸せにな!」

「──ああ」

「じゃあ、みんなさようなら。インスタシアにはメノン商会の本店もあるからよかったら遊びに来てくれ!」

「ああ、またなカル!」

「うふふ、じゃあねカル」

「ううう、カル……さようなら」

「──じゃあな!」



「マスター、遠洋で海王クジラが跳ねているぞ!」

「うわ、生で初めて見た! ここからでも見えるって、相当大きいな、あれ」

「なんだ見たことなかったのか、穏便でいいやつだぞ。怒らせると天変地異を起こすがな」

「ははは、さすがは海の主、恐ろしいな」

「うふふふ、まあそうなったら私が守ってやるから安心しろマスター」

「よろしく頼むよ、皇女様」

「む、その呼び方は好きではない」

「じゃあ、頼むよエリィ」

「うむ、よろしい」

「お、そろそろインスタシアに着くようだね」

「あれは……ロンが港で待っているみたいだぞ」

「しまった、雷光で帰宅時間を伝えなきゃよかったかな? てか、まだ早朝の五時だぞ。それなのにいるなんて嫌な予感しかしないが……」

「まあ私とオマエが居なくてロンも大変だったんだろう。確かこの港でアポイントを組んだと言っていたな」

「ここで早速何かあるのか? まあ仕方ない、溜まった仕事はすぐに処理しなくちゃな」

「私も手伝うぞ」

「助かるよ、エリィ」

「うふふ、任せろ、マスター」


オレには今、幸せにしたい人がいる。

共に歩んでいきたい人がいる。

今、この瞬間にオレは確かに幸せを感じている。

ならばこれが、掛け替えのない時間というやつなのだろう。

もし、仮に万が一、たとえこの先でエレノアと道が違うことになっても、それでも今こう感じていることに意味があるのだ。

その時は辛いかもしれないが、オレはもう執着しないように自分を戒めよう。

そして、その時は彼女の幸せを願って送り出し、その関係を受け入れよう。

たとえ隣に居れなくなったとしても、こんなにも愛した人なのだから。


「え……?」


なんてことを、エレノアにちらっと話したら泣かれた。

めちゃくちゃ泣かれた。

オレがエレノアをもう愛していない思ってしまったようだ。

大慌てで全ての予定をキャンセルして、彼女の誤解を解き、慰めることに時間を費やすことになった。


「ちょっと会長、この後大事な商談なんですよ!?」

「馬鹿野郎!! エレノアの方が大事に決まってんだろう!!」

「いや、それはあんたのせいであって商談には関係ない…」

「ロン、後は頼んだ!!」

「ちょ、えええ!!?」


やっぱり、この執着を手放すのは難しいかもしれない。

オレは彼女との魂約の代償のこともあり、彼女を泣き止ませるためにも、なんでも願いを一つ聞くと必死で宥めた。


「ぐすっ。じゃあプリンが食べたい、今すぐ」

「イエス、マム!」


すぐさまオレは彼女の大好物である、有名パティシエのダン・アナベル氏の限定スイーツ『プリン』を買い求めてかつてない速度で空を駆けるハメになったのだ。

港から彼の店のある首都まではまだ遠い。陸路で赴けば一日はかかってしまう。

現在の時刻は朝の五時。

アナベル氏の店の開店時間は九時からなので、空を飛べばなんとか間に合う時間だ。

ちなみに転移術は食材の持ち運びには適しても、料理の持ち運びには適さない。

時間の流れの影響か、味が劣化してしまうのだ。

だからこそ、オレはマッハの速度で体をボロボロにしながら空を飛ぶ。


「何やってんだよカルエルさん!?」


かつてないほど全力を出し、勢いよく飛ばしすぎたオレは、開店時間の二時間前には店の入り口横に居座っていた。

それはそれは、もう息も絶え絶えの状態で。

ゾンビのようにプリンをねだるオレに、彼は同情して開店前にこっそり買わせてくれたのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ここで第1話に繋がるのですね…… 泣くな、ナナリー。カルは大切な幼馴染でいてくれる。それで十分じゃないか。 エレノアはめちゃくちゃ泣くといいよ。カルが慰めてくれるのだから。 女の子二人がが…
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