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【二章完結】浮気された賢者  作者: 底一
浮気された賢者とかつての仲間達
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かつての仲間達

ざまぁ成分は弱めです。


 赤色煉瓦造りの家が並ぶ街並み。


 インスタシア共和国には、数ヶ月前ついに終戦した魔王軍による世界戦争の余波など微塵も感じさせない、平和な空気が流れている。

 人魔共存のこの街は、亜人、魔族、人間、魔物と種族を問わず約1200万の人々が暮らしていた。

 人が多く常に賑わっているこの街も、早朝ともなれば小鳥が鳴き、等間隔に並んだ街路樹からは木漏れ日が商店を照らし、閑静な朝の空気を醸し出している。

 休日はその人気から長蛇の列ができるアナベルスイーツ店の店主は、仕込みのため早起きしたこの朝の一瞬が好きだった。

 普段は大いに活気を見せている商店街も、この瞬間だけは自分だけの空間になったような気分にさせてくれるからだ。


 ──さあ、今日も頑張ろう。


 上機嫌で店先の掃除を始めようとした時、彼はふとその異変に気付いた。

 店のすぐ脇に、見覚えのある男が座っていたのだ。

 この街の超有名人、かつて勇者パーティにも所属していたという噂の男。

 年は24歳と、まだ若い。

 しかし、その実力は個人でありながら魔王軍を殲滅し、また彼が実現したある商品の大量生産によって戦争勝利へ貢献したことにより、世界中で勇者一行に並び時の人となった人物である。

 そんな男が、とてもくたびれたような顔で超人気パティシエことダン・アナベルに懇願するように声を掛けた。


「プリンを、プリンを売ってください……」


 まるで砂漠で遭難した時にオアシスの水を求めるような表情で、プリンを求める男。

 その顔に見覚えがあるため、余計に驚きが増す。


「な、何やってんだよカルエルさん!」


 カルエル・メノン

 メノン商会の会長にして、街の最有力者の一人で、世界に3名しかいない賢者、光の賢者(・・・・)その人であった。



 数ヶ月前に勇者が魔王を討ち果たした。

 その朗報は今や世界中に伝わり、各地で歓喜の声が巻き起こっている。 

 涙を流し祈る者、肩を組み合って酒を交わす者、皆が喜び勇者の偉業を讃えていた。

 恐怖による抑圧と閉塞感からの解放──それほどまでに皆は、世界は魔王を恐れていたのだ。


 魔王ヨルムンガンド。


 瘴気により発生した魔物に本来備わらないはずの知性が宿り、世界に災厄を巻き起こした。 

 本能のままに生命を奪うことを目的として進撃を始めるヨルムンガンド。

 魔王の放つ瘴気に当てられた者は人魔問わず狂い、その人格を歪めた。

 種族による戦争は過去幾度もあったが、魔王軍とそれ以外という、まさに星に住まう生命の存続を賭けた生存戦争が巻き起こったのだ。

 星の自浄作用すら跳ね除けるほどの力を持ったヨルムンガンドは、狂わせた者を配下に加え、世界有数の超大国の一つを滅ぼしたことによって、その存在を世界に知らしめた。


 そうして世界が魔王に絶望した時、勇者は現れた。


 魔王の放つ瘴気を無力化し、軍団魔法を個人で操る超常の存在。

 元は滅ぼされた帝国の市民だった彼は、死に際に星の祝福を受け勇者としての覚醒を果たした。

 星が生命維持のために取った行動は、生命に星の力を授け、魔王を滅ぼすための進化を促すこと。

 重大なバグを駆逐するためには管理者ではどうにもならなかった。

 そのための、原生生物の強制進化。

 覚醒勇者アランは己が瘴気を永続無効できる最大4人までのパーティと共に、魔王へ挑んだのであった。


 王国リオン

 帝国に隣接していたこの国は、ヨルムンガンドの発生に伴い帝国が滅びた後、魔王軍との最前線となった。

 各国の軍がこの国に集結し、最前線で魔王軍の侵攻を食い止めていた。

 もしここが敗れれば、世界中に散らばる魔王軍を止める手立てはない。

 世界の命運をかけた総力戦がこの国と帝国の国境で行われていた。

 そんな国の主君ハザマ・リオンは心からの感謝と共に勇者たちを労った。

 彼らのお陰で、王国は破壊されず無事に終戦を迎えることが出来たのだ。

 王宮で開かれたのは、厳選されたわずかな貴族達と共に行われた祝勝会。

 本来なら盛大にパレードを行うことこそ、王族として勇者に報いる方法だと考えるリオン国王だが、盛大なパレードは勇者達の負担になることも理解していた彼は細やかなパーティーにて彼らを祝った。



 思えばアレが運命の分岐点だったのかもしれないと勇者アランは思う。

 現在、祝勝会には勇者と剣聖の2名が参加している。

 だが本来、勇者の一行は4人で構成されていた。

 勇者アランと剣聖ナナリー、そしてここにいない聖女ユーリ・エレイシアと魔術師カルエル・メノンだ。

 二人は現在、連絡の取れない状態になっていた。

 聖女ユーリは魔王の断末魔、極大死滅魔法をレジストした反動で力を使い果たし、未だに目覚めない。

 このまま目覚めることなく、衰弱死していく可能性が高いというのが神官達の見立てだった。

 そして魔術師のカルエルは最後の魔王討伐にそもそも参加していない。

 他の三人と比べ魔術師の力が不足していたことも理由だが、一番大きな理由はただ一つ。

 勇者である自分が、魔術師の恋人である剣聖を寝取った挙句、情事の場面を目撃されたことだ。


 結果として三人で魔王と戦った勇者達は癒えぬ傷を負ってしまう。

 剣聖と呼ばれたナナリーは顔の右半分に癒えぬ火傷を負い、右の利き腕は肘から先がなかった。

 勇者自身も魔王殲滅に力を使い果たし、魔王が放った瘴気を無効化できず余命の短い状態になってしまった。

 だがもしあの場に魔術師のカルエルが居たら、もしかしたらナナリーは右腕を失わず、ユーリもここに居たかもし れない。

 不義理の代償としては重すぎる結果となったと、そんなことを思いながら勇者は琥珀色のワインを口に含む。

 しかしすぐに考えても仕方のないことだと、その思いを振り払った。


 ──と、その時。周りの貴族達にどよめきが広がった。


 戸惑う声の他に、好意的な声も混じっており、勇者もナナリーも何事かと目を向ける。

 そこに居たのはリオン国王に謁見しにきた元勇者パーティの一員、魔術師カルエル・メノンだった。



 魔王と勇者たちの戦いは壮絶を極めた。

 魔王の拠点になっていた亡国エリュシオン帝国は、激戦の末その存在を地図から消した。

 だが世界が魔王と交戦状態に陥る前、元々この世界には「七賢者」と呼ばれる者達が最強の存在として君臨し世界の均衡を保っていた。

 彼等は種族特性としての膨大な寿命を元に研鑽を重ね、遂には賢者として種族覚醒を果たしていたのだ。

 種族覚醒者──生物として超えられない壁を突破し、遥か高みへと昇華したその存在は無限にも近い魔力を持ち、個人で軍を殲滅できる力を得る。

 そんな彼らが滅んだ帝国に赴き、魔王の対処に当たる。

 七賢者による魔王殲滅。

 当時話題になり始めていた、瘴気を無効化し敵を滅ぼす勇者と呼ばれる存在よりも、賢者達への期待と注目は高かった。

 いずれの賢者も一人一人が規格外の存在だが、中でも最強種である竜種の賢者に至っては、他の六人が力を合わせても敵わないとさえ言われていた。


 そして七賢者たちは魔王に挑んだ結果、7名の内5名が殉職する。

 

 その中には竜の賢者も含まれていた。

 賢者たちは異質な魔王の瘴気に打開策を見出せず、その命を散らしたのだ。

 生き延びた2名により、その時名声を集め始めていた、瘴気無効を持つ勇者こそ魔王討伐に必要不可欠だということが確定した。


 魔王に手傷を負わせ、一旦は侵攻を食い止めた七賢者。

 生き残った賢者も瘴気に侵され、戦力にはならない。

 だが勇者が瘴気を無効にできるのは自身も含め最大4名。

 多くの犠牲を払い得た結論によって、各国首脳達は勇者パーティによる特攻作戦を立案した。


 しかしそれは、選ばれた者にしかできない偉大な難業でもあった。


 種族覚醒した者にしか勇者が持つ固有スキル瘴気の完全無効化は及ばない。

 それ以外の者では瘴気の影響を大きく薄める効果しかなかったのだ。

 そのため魔王への特攻には軍の包囲を抜けた勇者達のみで行われる。


 勇者パーティ4名の内、覚醒した者は3名。


 勇者アラン、聖女ユーリ、剣聖ナナリー、そしてナナリーの幼馴染であり恋人、当時覚醒を果たせなかった魔術師のカルエル。

 だがカルエルの力は、覚醒に至らずとも戦いの中で磨かれ、決して他に追随を許さなかった。

 そのため彼は最初、例え命を失うとしても特攻メンバーに加わるつもりでいた。

 例えナナリーがアランと浮気し、もう恋人として彼女の側に居れなくなったとしていても。


 思えば当然なのかもしれないと、リオン国王に迎えられた宴の中、勇者達を見送った当時をカルエルは思い出した。

 前衛で肩を並べ危険に対処していた、ナナリーとアラン。

 互いの危機を何度もカバーしあっていたのならば、恋が芽生えてもしょうがないと。


「お久しぶりです。リオン国王」


 そんな感傷に浸りつつ、宴の主催者に声を掛ける。


「おお、カルエル殿、来て頂けたか。此度の貴殿の尽力、誠に感謝する」

「いえいえ、私に出来る事をしたまでです」


 久々の再会を懐かしみながら、談笑する二人。

 パーティの内情を知らない国王は、勇者パーティの一員として、カルエルにも招待状を送っていたのだ。



「ナナリー……」


 まさかこんなに名前を呼ぶのが辛くなるなんて、過去の自分では想像もできなかっただろうとカルエルは思う。

 でも今、アランとナナリーは野営地の一室で互いに裸で愛を確かめあっていた。

 目の前で二人の情事を目撃したカルエルは、ただ恋人の名前を呟くことしか出来なかった。


「カル……」


 現場を見られたナナリーとアランはなんとも言えない表情でこちらを見つめていた。

 アランとてナナリーとカルが恋仲なのは知っていた。

 同じ村の出身の幼馴染で、将来を誓い合っていたことも。

 だが、常に命を懸けて前衛として戦っていた二人には奇妙な絆ができていたのも事実。

 例えそれが吊り橋効果であっても、現在相手を愛おしく思っている二人には関係ないことだった。

 そのことに薄々気付いていたカルエルは、目をそらしてその場を去る。

 そんなカルエルをナナリーもアランも、追いかけることはできなかった。


 その後、未覚醒を理由にカルエルは特攻メンバーから外され、軍全体の支援へと回ることが決定した。

 魔王だけが脅威でなはく、各地に侵攻する魔王軍へも対処する人員が不足していたからだ。

 カルエルは結局、一言も文句を言わず指示に従った。


 あの日の翌日、浮気を謝罪したアランとナナリーに対しても、別に構わないとしか言わなかった。

 だがカルエルが離脱するまでの数日間、パーティ内の会話は自然と減り、どこか気まずい雰囲気がずっと続いていた。



「アラン様、どうされたのです?」


 カルエルの登場に動揺していたアランに声を掛ける者がいた。

 リオン国王の娘、アランの婚約者であるミシェル王女だ。

 戦争から帰還後、アランは王女との婚約が決まった。

 国王としても勇者の血筋を取り込みたいという思いがあるのだろう。

 例えそうだったとしても、王女は勇者をよく好いてくれていた。

 

 アランとナナリーの関係は魔王討伐後に終わっていたのだ。


 互いに求めあったのは、あの特殊な環境のもとであり、本当に愛し合っていた訳ではないことに、二人とも気付いたからだった。

 それでもアランは最初、ナナリーに結婚を申し込んだ。

 カルとのこともあったし、顔を傷つけ、片腕まで無くした彼女とここで別れるなど、見捨てるようで耐えられなかったからだと思う。


「ごめんなさい……」


 だが、ナナリーの返事はその一言だった。

 彼女も理解していたのだ。

 アランが義務感から告白したこと、そして互いに相手に対する恋愛感情がもうなくなっている事に。


「……わかった。でも何かあったらいつでも力になる」


 世界を救った勇者は、そんな慰めしか彼女に言えなかった。



「カル……」


 国王と談笑する彼を見て、私はかつてと同じように彼の名前を呟いた。

 あの日からカルとは喋っていない。

 アランとのことは、自分も求めたことだった。

 だからカルを裏切ったことに対して、申し訳ない気持ちは確かにあったけど、気持ちは冷めたと思っていた。

 あの時はアランがとても魅力的で──彼と一緒になることが正しいと思っていたから。


 何度も危ないとこを助けてくれたし、使命を自覚し命をかけて世界のために戦う彼を好ましく思っていた。

 けれど、それが愛ではない事に全てが終わった後に気付いてしまった。

 あの時の感情はすっかり抜け落ちて、自分でも驚くほど何も残らなかった。


 だから全てが終わった後、アランが告白した時にすぐ彼も自分と同じだと気付いた。

 そして平和になった今、いつも思い出すのはアランとのことじゃなくてカルのことばかりだ。


 誰かが傷ついた時、寝る間も惜しんで回復薬の材料探しと調合に没頭していたカル。

 戦いの配置や役回りに一番気を使って、常に全体を見ていたカル。

 故郷が魔王軍に滅ぼされた後、泣いてる自分をずっと慰め、必ず守ると誓って微笑んでくれたカル。


 世界を見ていたアラン。

 世界と自分を見てくれていたカル。


 自分から捨てたくせに、今になってこんなにも未練があったのだと、

 一緒にいて欲しかったのは、誰よりもカルだったと、身勝手に思った。


「アラン、ナナリー」


 そんな想いに耽っていた時、カルの方から話しかけて来た。


「魔王討伐おめでとう、そしてありがとう」


 君たちのおかげでこうして平和になったのだとカルは言う。


「あ、ああ。ありがとう」


 かつての気まずさなど感じさせないカルの態度に、少し面食らいながらも、アランは返事をした。


「でもカルの方こそ、瘴気中和剤の開発に量産、すごいじゃないか!」

「いや、君の力を間近で研究できたからこそだよ」

「それをできるのがすごいのさ。未だに僕は自分の力の原理など解らないからね」


 和やかに、かつてのように談笑するアランとカル。

 カルはアランの力を研究し、瘴気の影響に苦しむ人々を救ったのだ。


「けどまさか覚醒するとはね」

「はは、いや自分でもびっくりだよ」


 そう、カルエルは中和剤を開発する過程で、種族覚醒を果たしていた。

 本人は不服そうだけど、戦い以外で覚醒を果たすなんて凄いことだと思う。

 素直に感想を言うと、ちょっと不機嫌そうな顔をして彼は言った。


「あれだけ敵を殲滅しても覚醒できなかったのに、不思議なものさ」


 魔術師としては不本意だったと、拗ねたようにおどけてカルは話す。


「でもナナリーも、大変だったな」

「え?あ、そうね。まあ大変だけど、でもこれくらいは平気よ」


 不意に話を振られ、焦りつつもつい強がってしまう。

 本当はそんなに大丈夫じゃない。

 顔半分に醜い火傷を負い、利き腕を無くした。

 剣士としても、女性としても大きな喪失感を覚える。


立派な屋敷に使用人付きで不自由のない生活を与えられてはいるけど、たまにどうしようもなく気分が落ち込む時がある。


「本当に平気かい?」


 そんな自分をかつて故郷で慰めてくれた時のように、見つめるカル。

 見透かすような、それでいて優しい眼差しを向けられ、自然と心が跳ねてしまう。


「べ、別にどうってことないわよ!」


 思わず照れて目をそらした。

 それを見て、悔やむような表情を浮かべるアラン。


「……なあ、カル」

「待って、アラン」

「いやナナリー、言わせてくれ」

「……うん」


 ここで、あの話題はふさわしくない。

 アランもそんなことはわかっているだろう。

 それでもあの時の話題を口にしようとするアランに、私は黙って成り行きを見守るしかなかった。


「カル、話したいことがあるんだ……」

「ああ。ユーリのことだろ?」

「え!?あ、いや……」


 決意した面持ちで話しかけたアランに、カルが真剣な表情でそう答えた。

 「わかっている」と微笑むカル。

 全然わかってないんだけど、ユーリのことも大事なので間違ってもいない。

 見事に機をそらされたアランは、そのまま次の言葉を失った。


「大丈夫。そのために今日は来たんだ」


 そんな私たちに気づかず、カルは笑顔でそう言った。



久しぶりに見た仲間の痛々しい姿に、胸が痛む。

アランとナナリーと話した後、祝勝会を抜け出しユーリが眠る場所までやってきた。


「ユーリ……」


 いつも花のように明るく笑っていたユーリの姿が目に浮かぶ。

 でも、ベッドの上で横たわっていたのは痩せ細り、青白い顔をしたユーリだった。


「待ってろ。すぐに治すからな」


 ユーリの症状はシンプルだ。

 魔力を使い果した上に、瘴気がその回復を蝕んでいる。

 おそらくアランの力が減少したところで、瘴気をまともに浴び、そのタイミングで魔力欠乏に陥った為だ。

 魔王から直撃した瘴気は、出回っている薬では役に立たない。

 ユーリ用に調合した中和剤を注射し瘴気を無効化しながら、自分の魔力を与える。

 だが加減を間違えれば一気にユーリを蝕む毒となる。


 そうなったら、今のユーリではもう耐えられない。


 見守る国王や神官達、アランとナナリーも必死で成功を祈っている。

 だが、一度この症状は治しているので自信があった。

 オレは()()()()と同じように、彼女の内に存在する瘴気へと意識を集中させた。


「成功だっ!」


 思わず声が弾んでしまう。

 ユーリの顔色が僅かながらに良くなっていたからだ。


「直に目を覚ますはず。後はしっかり食べて栄養を補えば問題ないぞ」

「「ありがとうございます!!ありがとうございます!!」」


 神官達も涙ながらに喜んでいる。

 でも喜んでばかりはいられない。

 まだ片付けなくてはならない問題があるのだ。


「さて、アラン。ミシェル王女、ナナリーも」


 にやけた顔を引き締め、真面目な顔で彼らを呼ぶ。


「別室で少し話せるか?」


 アランは何かを悟ったように、ミシェル王女とナナリーは悲しむように頷いた。


 案内された部屋の中、三人で椅子に座り机を囲む。

 しばらくすると神妙な面持ちでミシェル王女が切り出した。


「アラン様よりお話は伺っております」

「そうか、なら話は早い」


 そういうと今度はナナリーが呟いた。


「ええ、許してもらえるなんて思ってないわ」

「ああ。僕にできることならなんでもしよう」


 最も今の僕に大した力は残ってないが、と自嘲するようにアランも呟く。


「ん? まあ、いい」


 微妙に通じ合ってない気がするが、気のせいだと思い、この日のために用意した物を取り出し机に置いた。


「アラン、これが君を救うだろう」

「「「え?」」」

「え?」


 オレが取り出した、アラン用の瘴気中和薬。

 それを見た皆の反応がおかしい。


「いや、君も瘴気に侵されているだろう」


 魔王の瘴気を一番浴びているのは、アランだ。

 勇者の力が著しく減少した為、アランといえど瘴気に蝕まれている。

 覚醒者でも致死量の瘴気を蓄積したまま生きているのは、さすが勇者といったところだが、時間が経てば命を奪われるだろう。


「そこでこの薬さ」


 アランに用意したのは常服薬としての中和剤だ。

 勇者ですら打ち消せないレベルの瘴気、はっきりいって中和なんて無理だ。

 これが他の人なら、オレとて打つ手なしになる。

 だが幸いなことに、相手は勇者アラン。

 力さえある程度戻れば、勝手に彼の力が瘴気を無効化するだろう。


「これをひと月の間、毎日、一本づつ飲むんだ」


 そういって1リットルほど入ってる薬を彼に渡す。


「こ、これを毎日かい」


 どうやら量の心配をしているようだが、高く見積もってこのくらい飲めば大丈夫という量だ。

 効果不明なのだから、我慢してもらう他ない。


「って、そうじゃなくって!!」

「何だよ、ナナリー」


 ナナリーが少し怒っている。

 いったい何なんだ?


「わ、私とアランのことよ!」

 

 ──そのことか。


「そ、そうだ。カル、改めて本当にすまない」


 そういってアランはオレに跪いて謝罪した。

 ナナリーは泣き、ミシェル王女は沈痛な面持ちを浮かべている。


「……頭を上げてくれ、アラン」


 思うところはある。

 ナナリーのことは本当に愛していた。

 あの時のことは今でもショックだ。

 信じていた仲間なだけに。


 でも今更、こんな風に謝られてもというのが本音だ。

 魔王討伐の中、私怨でどうこうできる状態ではなかったし、 何となくナナリーの心が離れて行くのを実感していた。


「だからもう、気にしなくていいさ」

「っ本当にごめんない」


 そう、もう過去のことだ。

 幸いと言っていいのか分からないが、その後も失恋にショックを受けている暇がない程にオレは忙しかった。

 それに──。


「まあ、オレはオレで平和を満喫している。だから別に恨んでいるとかは特にないさ」


 そうオレには新しい場所での生活もある。

 新しい仲間にも恵まれて、昔のことを引きずってばかりもいられないのだ。

 まあ、思うところがあるのは事実だけど。


「わかった、本当にすまない」


 そしてありがとう、とアランは言う。

 そう、それでいい。

 確かに嫌な目には合わされたが、それでも彼らは世界を救ったのだ。

 ならそれで帳消しさ。

 思うところはあるけど。


 ちなみに勇者用のこの薬は非常に不味い。

 本当に不味い。

 頑張れ。


「ナナリーも、オレはもう気にしてない」

「ええ、そう、ね」


 彼らを許したことで、何となく心に引っかかっていたものが自分の中から消えたような感覚だ。

 なんだかこちらもスッキリできてよかったとさえ思ってしまう。


「だから泣くな、ナナリー」

「……うん」


 こうやって、勇者パーティは昔のようにまた戻れたのであった。

 ()()()()()()()



「久しぶりね、カル」

「やあ。無事で何よりだよ、ユーリ」


 数日後、王国に滞在していたオレは意識を取り戻したユーリを見舞った。

 彼女の顔は生気を取り戻しており、順調に回復している。

 最初は彼女の健勝を称えていたが、直ぐにたわいない雑談に話を弾ませていた。


「いつまでこっちにいられるの?」

「ああ、用事を片付けたら直ぐに戻るよ」

「そうなの。またお別れも寂しいわね」

 

 明るく微笑む彼女にそんなことを言われ、思わず苦笑してしまう。


「聞いたわよ。今や大商会の会長なんですって?」


 そう。オレは戦後に開発した瘴気中和剤をメインとして新たな商売を始めていた。

 しかも中和剤を作る過程で起きたちょっとした事件により、念願であった種族覚醒も果たすことができた。

 まさか戦いではなく、アイテム開発で種族覚醒した人物など歴史上オレが初めてだろう。

 今ではその功績から新たな賢者と呼ばれ、少し有名になっている。


「まあ、攻撃魔法なんて戦争以外で使い道ないしね」

「ふふふ、あなたのちゃっかりしたところは変わらないわね」


パーティを組んでいた時から、資産管理はきっちりオレが行なっていた。

ユーリはそんなオレを思い出したのでろう。

彼女が可愛らしく笑うため、思わず見惚れてしまった。


「お金持ちなら、お嫁さんにでも立候補しようかしら?」


そんなオレの様子を見抜いたのだろう。

からかうようなことを言ってオレを困らせる。


「まったく、ユーリにはいつもからかわれてばかりだな」

「あら、意外と本気よ?」


勘弁してくれと思う。

こんなやりとりをアイツに聞かれたらと思うと、背筋が冷たくなる。


「……冗談を言えるくらいには回復しているな」


このままではどこでやぶ蛇になるか、わかったもんじゃない。


「まだ安静にしてた方がいいんだ。そろそろ行くぞ」


また来るから、と。

ユーリに別れを告げて病室を後にしようとした時、ユーリは声をかけてきた。


「ねえ、カル」

「何だ、寂しいのか?」


さっきの意趣返しも含めて軽口を叩く。


「ナナリーのこと、お願いするわね」

「……わかったよ」


おそらく全て知っているのだろう。

みんなのことをいつもしっかり見て、心配してくれた彼女のことだ。

あの時からパーティを抜けるまでの間、

何も言わずオレのそばに居てくれたユーリを思いだす。


「君が寝てる間に話し合ったから大丈夫だよ」


彼女にあまり心配かけるわけにもいかない。

そう思い、オレはナナリーの屋敷に向かった。



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