チヨコレヱトは己が手で
バレンタインということで初めて恋愛モノ書きました。拙い作品ですが、楽しんでくれたら幸いです
2月14日、バレンタインデー。それは世の男という男が勝者と敗者に分かたれる日。愛を手に入れる勝者となるか、愛を掴めぬ敗者となるか。バレンタインとは日々積み重ねてきた好感度が試される一年の総決算であり決戦なのだ。
新田優はこの戦いに年々負けている。いや、土俵にすら上がれていないというべきか。
小学校時代から優はバレンタインに並々ならぬ期待を寄せていた。しかし、その願望に反して義理チョコすらもらったことがない。
バレンタイン当日、何も持っていない自分と抱えきれないほどのチョコを持ったイケメンを比べた時。優はクラスのモテモテサッカー少年に99%嫉妬の恨みを抱いた。
ただ彼は自分のモテ期はもっと先だろうと漠然と思っていた。いずれ自分もチョコを貰えるはずだと。
しかし、その後中学に上がった優は重大な病を患ってしまう。そう、中二病だ。痛いやつ認定をされた新田の人間関係は消失した。もはやバレンタイン(恋愛)以前の問題である。
受験勉強をしてるうちに優は正気に返ったが、学校での立場やキャラなんて簡単に変えられない。暫定的に影が薄いクラスの空気というポジションに収まったまま新田は卒業を迎えた。
そして現在。高校生になりますます影の薄さに磨きがかかってきた優は、未だにチョコレートに飢えている。ただ彼は考えをこう改めた。
バレンタインのチョコは与えられるものではなく己が手で掴むものだ、と。
リア充爆発しろと嫉妬を爆発させる。バレンタインなんて製菓会社の手のひらに踊らされているだけだとひねくれる。以前の優はそうやって不満を垂れ流すのみだった。
ただそれに生産性はなく、現状が良くなることは一 切ない。どんな事も自分から行動しなければ道は開けないものだ。そんな当たり前なことを優は高校生になってようやく本当の意味で理解した。
今年の俺は一味違う。
闘志を燃やした彼は、静かに行動を開始する。
2月14日の放課後、相島朱梨は幼馴染の新田優に呼び出された。高校に入ってから、いやそれ以前からも全く喋っていなかったのに突然の呼び出し。しかも、今日はバレンタインだ。 何かとんでもない事を言われるのではと朱梨が緊張するのも無理はない。
もう日が沈み、下校時刻まであと数分といった時刻。そんな時間に朱梨は1-6の教室の前に立つ。朱梨のクラスでもあり新田のクラスでもある教室だ。
「流石に遅すぎじゃない?下校時間絶対間に合わないわよ」
根が真面目な朱梨は校則を破ることを気にしてそわそわする。早く用事を済まして帰りたいが、そう思っていても中々一歩が踏み出せない。朱梨は何分も扉の前で躊躇していた。
ガラッ
突然、扉が開いた。驚きから朱梨は思わずひゃあと声を出してしまう。
「と、突然開けないでよ!?」
恥ずかしさを隠すように語調を強める朱梨。相手が特に気を使う必要のない幼馴染だと思っていたからでもある。しかし、その予想は外れた。
「それは申し訳ありません。中々入ってこられなかったので、心配になりまして」
扉を開けたのは無表情でこちらを見る女子生徒だった。美人だがその美しさが彼女の冷たく無機質な印象を高めていた。
「あ……、八塚さんだったんですね……」
朱梨の声が途端に小さくなる。彼女、八塚かなでが厳格で恐ろしい風紀委員で有名だからだ。こんな時間に学校に留まっているなんて怒られるに違いない。
あれ?でも、何で八塚さんはこの教室にいるのだろう?何で教室の前に自分がいることが分かったんだろう。
その問いが言葉になる前にかなでが朱梨を教室へと強引に引っ張り込んだ。
「私のことをご存知とは光栄ですが、新田くんがお待ちですよ」
朱里はまるで意味がわからなかった。優とかなではまるで関わりあいのないような人種だ。それがどういう目的で二人して自分を待っているのだろうか。ただかなでの言葉から自分に用があるのはやはり新田であろうことは分かった。
「来たか、相島」
教室の中はガランとしていた。それもそのはずクラスの人数分あるはずの机は何故か消えていて、二つの机だけが教室の真ん中で向かい合わせに置かれていた。
その机の片方に優は座っている。その姿は緊張や不安をかけらも感じさせない堂々としたものだった。
(何で座っているんだろう。普通こういうシチュエーションって立って言うもんじゃないの?そもそもバレンタインって女の子の方からじゃ……、いやでも逆チョコってのもあるか。てか、優が私に告白とかそんなん言われても困るというか、寝耳に水なんだけど。大体、何であいつはあんなに堂々としてて私がこんなんになっているのよ!)
対して、朱梨は混乱し、その表情をコロコロ変えている。
「どうぞ、相島さん。お掛けください」
かなでが優の対面の机の椅子を引き、朱梨に座るよう促す。朱里はとりあえず言われるがままに座った。
(……こんなに近くで優を見たのはいつぶりだろう)
手を伸ばせば触れられるほどの距離で向かい合う。目の前にいるのはたかが幼馴染のはずなのに妙に気恥ずかしかった。
「単刀直入に言おう」
優はそう切り出し朱梨の目を真っ直ぐに見据えた。
その優の改まった態度に朱里は思わず背筋を伸ばす。
かなでがその無表情を崩し微笑んでいるのにも気付かないまま。
「相島……」
数秒の躊躇の後、優は大胆な行動に出た。
「どうかチョコレートをお恵みください!!」
優は土下座をした。チョコレートを貰うため。
ただそれだけのために彼は全身全霊の土下座を見せている。普通、土下座なんて見苦しいものであるはずなのに彼のそれからはいっそ凛々しさが感じられた。
「ちょ、何してんの!」
朱梨は優の行動がまるで理解できなかった。
いや、優がチョコレートをちょっと異常なくらい欲しがっているのは知っている。幼馴染として同情心から義理チョコぐらいならあげてもいいかなと思ってしまうぐらいにはその気持ちは分かっているつもりだった。
ただそれにしても、土下座までするとは思わなかった。
(流石にちょっと引く……)
額を床に擦り付けるようにしている優は、朱梨が引いていることに気づかないようでさらに言葉を続ける。
「もう義理とかじゃなくていいんで!憐れみで結構!美少女から曲がりなりにもチョコもらえたって言う事実があれば俺は多分生きていける!」
訂正、やはりこいつは見苦しい。呆れたと言わんばかりに優を見る朱梨。
ただ彼女は美少女と呼ばれて思わず顔が赤くなっている自分に気づいていないようだ。
「どうか!頼む!」
あいも変わらず優は頭を下げている。
バレンタインにこんなに執着しているのはどうかと思うが、その情熱は十分に朱梨に伝わった。
(まあ、あげてあげてもいいか)
朱梨は鞄からリボンで結ばれた包みを取り出そうとした。
いや、ちょっと待て。相島朱梨。
朱里は自分をすんでのところで踏みとどまらせた。この包みに入っているのは彼女が昨日自分で作ったチョコレートだ。それ自体は特に手の込んでないシンプルなもの。しかし、手作りである。
これは……、変な誤解を招くのでは?
優がチョコレートを要求してきたのは勿論ついさっき。なのに、手作りのチョコを渡してたら私が準備していたみたいじゃないか。しかも、優と自分は一応幼馴染であるものの最近は全く関わってない。それにもかかわらずチョコを渡したら義理にしたらおかしい。
「い、嫌……。なんか気持ち悪いし」
とっさに朱梨は優を拒絶した。
こんなことばかりしているから毎年幼馴染の情け (自称)を自分で食べる羽目になっているのを彼女は分かっているのだろうか。
「そ、そうか、いや、まあ、そうだよな」
優は分かりやすく落ち込む。そして、彼は起き上がり再び机に座った。
「……」
「……」
「……」
誰も喋らない非常に気まずい空気が流れる。
そんな中、一番最初に言葉を発したのはかなでだった。
「さて、では新田くん。本題に入ってください。私はそのためにいるので」
「え?本題?」
「ええ、あくまでここまでは予定調和」
そうですよね?とかなでは優に視線を向ける。
優は首を振りながら答えた。
「いや、これで終わったらそれに越したことはないんだけどな。まあ無理ってのは分かってたけど」
「どういうこと?話が見えないんだけど」
優はゆっくりと、だが強い決意を込めながら話し始めた。
「俺は今までチョコ欲しいチョコ欲しいと自分から努力をせず妄想を垂れ流すだけだった。それはお前が一番分かってるんじゃないか?でも、それじゃ駄目ってやっと分かったんだ。自分の一番欲しいものは自分の手で手に入れなきゃな」
だから……、優はトランプを取り出し朱里に突き出した。
「チョコレートを賭け俺とポーカーで勝負だ!!」
もっと王道なやり方あっただろ。思わず朱梨はツッコミそうになった。しかし、かなでは至極真面目な顔で優を見ていた。
「たとえどれだけモテなくても僻まず、別の手段を探し全力で勝負に挑む……、あなたもまた侍なのですね」
「ふっ、所詮ただの運試しさ。結局のところ俺は開き直っただけに過ぎないんだ」
「……いずれにしても見届けまようじゃありませんか、この戦いを」
朱梨は頭が痛くなってきた。謎に通じ合ってる二人といい、なんかの決戦前みたいな空気といい恐しく気持ち悪い。そもそもまだ朱梨は勝負を受けていない。
「では、ルール説明から始めましょう」
だから、そもそもまだ朱梨は……、聞く耳持たんと言わんばかりだ。
かなでは淡々とルールを説明していく。といっても朱梨もポーカーのルールぐらいは分かる。だから、ほとんど聞き流していたのだが、無視できないのがあった。
「ちょっともう一回言って!?」
「ですからチップ一枚一万円を互いに10枚ずつ配ります」
「十万とかあんたら頭おかしいでしょ!」
流石にバレンタインに金かけすぎだ。最早遊びじゃない。
「愚問だぞ、相島。俺にとってこれは遊びじゃない。一世一代の大勝負さ。なあに、バイトで貯めたから心配ない。俺が負けたら十万払い、お前が負けたらチョコレートだ。簡単だろう?」
「そうですよ、相島さん。あなたは圧倒的に有利なのです。幼馴染のわがままぐらい聞いてあげればどうですか?」
とても断れるような雰囲気ではなく朱梨は渋々勝負を受けた。
どこから出したのかかなでがチップを二人に配る。
「では、参加料のチップを一枚お出しください」
優と朱梨はそれぞれ一枚ずつチップを場に出した。
かなでの細い指がカードを繰る。そして、一枚、また、一枚と優と朱梨に配られる。
「……ほう」
優は配られたカードを見てそう反応した。あからさまに仕掛けられた心理戦。しかし、朱梨はルールは知っているもののそもそもポーカーなんてやった経験がなく、さっきのルール説明で知った役を反芻することしかできないので、そこまで優を観察していない。
朱梨の手札はダイヤのJのワンペアだった。最初にペアがあるのは結構良いんじゃないだろうか。
朱梨はかなでのチップを出すかという問いに無言で答え一枚のチップを机の上に置いた。
「コール」
優もまたチップを机に置き、手札の交換に移る。
「ククク、なるほどな」
無駄なアピールを続ける優に気づかないまま、朱梨はJ以外の3枚のカードをチェンジする。
「……」
朱梨が引いたのはジョーカーだった。残りの二枚はバラバラだが、これで役はJのスリーカード。
これで早々負けはないだろうと安心した朱梨は、ようやくこれが心理戦に重きをおくゲームだと思い出し、ポーカーフェイスに努める。
「5枚チェンジで」
軽い調子で言う優に思わず朱梨は吹き出しそうになった。
「……ご武運を」
明らかに贔屓してるディーラーから5枚カードを受け取り優はこれまたあからさまに笑った。
「……二枚ベット」
朱梨はなるべく平坦な声でそう言った。
「甘い、甘すぎるぜ。まるでチョコレートのようになあ!」
今更ながら何故こいつの喋り方はこんな面倒くさいんだろう。中二病が抜けてないのか。
「オールインだ!」
そう言って優は積み上げられた8枚のチップを机の中央に移動させた。
馬鹿じゃないのか、こいつ。
「さあ、どうする!?相島ァ!乗るか反るかはお前次第。ただ?俺はここに文字通り全てを賭ける!」
やっぱ馬鹿だ。だが、その馬鹿を見習い私も全力でぶつかるべきかもしれない。私はいつも避けてばかり。それじゃあダメだ。強い想いには強い想いを、だ。
「コール」
静かに朱里はそう宣言する。それは朱里自身に向けたものでもあった。
「さて、もうチップはありませんからこれで終了ですね。では、ショウダウン!」
朱里は机にカードを叩きつけた。
「さあ、私はJのスリーカードよ!大口叩いてたアンタはどうなの!?」
混乱で乱れていた朱里の調子が完全に戻る。この状況がなんのかを正確に理解したわけではないが、精一杯楽しもうという気持ちが生まれたのだ。
「そんなに見たいか?」
優は不敵な笑みを浮かべカードを頭上に掲げそこから勢いよく出した。
そして……、
「ぜーんぶバラバラ。ブタですね」
「参りましたァァァ!!」
とんだ茶番じゃねえか。
ーーー
優は約束通りに10万円キッチリ払おうとしたが、流石に可哀想なので朱梨は断った。
「いいのか?無駄な時間を使わせてしまったのに」
「別にいいって。ちょっと楽しかったし、それに、10万なんて普通に引く。そこまでしてチョコ欲しかったの?」
「う……、いや、まあな。自分でもおかしいってのは分かってるよ。もう今年で諦めようと思って最後の博打に出たって訳だ」
そう寂しそうに微笑む優を見て、朱梨はカバンから包みを出し彼に押し付けた。
「これは……?」
不思議そうに自分を見つめる優を見て朱梨は笑いそうになった。
「チョコよ、チョコ。欲しかったんでしょ」
「ま、マジか!ありがとう!」
見たことのないような笑顔を浮かべる優を見て朱梨はもっと早くから渡してあげたほうが良かったかなと自嘲する。
「でも、お前も悲しいバレンタインを送っ てたんだな」
「え?」
「いや、こんな時間にチョコを持ってるなんてまさか俺に渡すわけでもないし誰かに断られたんだろ。そんな状況なのに付き合わせて悪かったな」
全く見当違いのしかも最低な想像をする優に朱梨は怒りを覚える。ただあなたに渡すのをためらってただなんてのも言えない。
「違うわよ!!いいからさっさと帰れ!」
優を教室から追い出し朱梨はため息を吐く。
その顔は怒りからかはたまた照れからか赤く染まっていた。
「ふふ、青春、ですね。それともリア充爆ぜろ、でしょうか」
そんなことを呟くかなでに朱梨はまた顔を赤く染めつっかかった。