高根さん
リアリティのある感想にネガティブな意見が必要になったのは、誰もが素直に物事を否定しないせいで人々が疑心暗鬼になっているからだ。
僕は、中学生だったあの日から何かに対する愛情を表現し人に伝えるということができなかった。トラウマである。
当時12歳だった僕は同じクラスの高根さんが好きだった。中学校に上がりたてで、まだ赤ん坊ができる工程すらぼんやりと察していただけの僕にはまだよくわからなかったけど高根さんが可愛くて仕方なかった。
高根さんは男子に人気がなかった。男勝りで言葉遣いも荒く、がっしりした体をしていたからだろう。特に綺麗な顔をしていたわけでもなかった。
だけど僕は、初めて制服を着てクラスに一歩入った時にみた後ろ姿が忘れられなかった。
肩まで伸びた癖のある髪が、教室の窓から流れ込む春風に靡いた。それは当時の僕からいわせれば「漫画のワンシーンみたい」だった。
これがよくいう恋ってやつなのか。近くに高根さんが寄ると胸が締め付けられた。
そんなある日、僕は足をくじいた。夏だった。もちろん水泳の授業は見学した。水泳が得意だった僕は、高根さんにいいとこ見せたくて水泳の授業を何より楽しみにしていたのに。
しかし、ラッキーだった。珍しく運動神経抜群で体育のヒーローである高根さんが見学だった。
僕は高根さんの隣に座らされてとびっきり緊張していた。心臓が体の外に逃げようとするみたいにドキドキして苦しかった。
しばらく二人とも無言だった。僕は悩んでいた。話しかけたい。でも、ヘマをして嫌われるかも。人気者の高根さんとは違って、あまり動かない僕は実が一度も高根さんと話したことがなかった。
ついに勇気を振り絞って、僕は一言。
「高根さんって、かわいいよね」
高根さんは一呼吸置いてこちらを見た。いつも細い目が鉄砲を食らったようにぱっちり開いていた。あざ黒い肌の下からじんわりとインクが染み出すように頬が赤くなった。続いて、高根さんは怒ったようにまくし立てた。
「私はそんなの信じないよ。小さい頃から親に可愛い可愛いって言われてたけど、中学生になったらみんなにブスって言われるんだ。きっと誰も気を使って言わなかったんだよ。そんな気を使わないでちょうだい」
幼かった僕はそれで怯んじゃって、本当に可愛いと思ってるよ、と言えなかった。
ごめん、と一言だけはなって、僕はプールをじっと見つめた。揺れる水面にじんわり涙が浮かんで歪むのを必死に瞬きで止めた。
高根さんに嫌われちゃった。ショックだった。
僕は水泳の授業が大嫌いになった。
それから僕は中学校を卒業するまで一度も高根さんと会話を交わさなかった。
三年生にもなると、みんな受験で忙しくてだんだんクラスも静かになっていった。
高根さんとはクラス替えをしてもずっと同じクラスだったから、気まずくてずっと目を合わせないようにしてきた。
進路が決まった。第一志望の高校は落ちたけど、滑り止めに滑り込んでセーフだった。とりあえず勉強に興味ない僕は高校に入れたことで安堵した。
雪が降っていた。僕は長靴を無理やり小さくたたんで靴箱に押し込んだ。二月。一年で最も寒い月だと母が言っていた。
靴箱を離れようとすると、誰かとぶつかった。
ごめん、と言おうとして顔を見ると高根さんだった。高根さんはまたプールの時と同じ顔をしていた。僕が緊張で固まっていると、高根さんは震える声で小さく呟いた。
「私、東京に行く」
とっさのことだったし、こういう時の反応の仕方がわからなくて僕は「そっか」とだけ言った。
高根さんは頷いて歩き去った。僕は子供な自分が恥ずかしくて頭を抱えて唸った。
卒業式が終わって、高校に上がった。高校も卒業して大学に入った。
僕は初めて酒を飲んだ。うまくなかった。でも、そのうち味がわかるんだろうな。
僕らはきっと、大人になった。
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