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第4話 クエスト

 次の日。

 時刻は午前10時。


「キャー!」

「キャーッ!」


 二つの悲鳴が草原に広がった。

 一つ目は恐怖による悲鳴。

 気持ち悪いモンスターを見たが故の悲鳴。楓はそのおぞましい姿のスライム種のモンスターに恐怖心を抱く。

 二つ目は幸福による悲鳴。

 可愛いモンスターを見たが故の悲鳴。茜はその可愛らしいフォルムのスライム種のモンスターに愛を抱く。

 楓のレベル上げもかねて、そして最上級モンスターのクエスト受注に必要な好感度を上げるまでの暇潰しに、カラータウンでクエストを一つ受注した。

 その内容はレベル56、スパイダースライムの討伐。このモンスター討伐のために三人は色の森、その奥地にある草原まで足を踏み入れたのだが。


「私には無理です!」


 楓はそう言って、樹の後ろへと避難する。

 この世界には気持ち悪い姿のモンスターが数多くいるが、ある程度楓は耐えられる自信があった。それでも蜘蛛の姿はどうしても耐えられないのには深い理由がある。

 気づいたら頭の上にいた蜘蛛。

 すぐ目の前に落ちてきた蜘蛛。

 蜘蛛が浮いた浴槽。

 様々な不運、トラウマが重なり、楓の中で、唯一蜘蛛だけが大の苦手であったのだが樹たちがそれを知るはずもなく。


「スライム、可愛いのに」


 スライムが苦手なんだと誤解した茜は不満そうに呟いた。

 真っ赤な瞳が六つ。足が八つ。触手のようなものが二つ。ただスライムだからか体の表面は動く度に波打っている。何のひねりもない、名前通り蜘蛛を真似たスライムである。

 そんなスライムが可愛いとは思えれない樹は苦笑いして。


「失敗したかな」


 そして小動物のように震えながら、自身の服を掴む楓に対して可愛いなと思いながら、樹は誰かに聞かすわけではなく、ただ独り言としてそう呟いた。


 




 ここに来る前のこと。

 楓の発言からおよそ数時間が経った宿の一部屋で、樹と茜は今後の相談をしていた。


「ねぇ、どうするの?」

「さあ、どうしよう」


 おそらくこれが最初で最後になるであろう、相部屋。ただ、二人は眠るつもりがないため、特に問題なく受け入れることはできた。


「真面目に考えないと、怒るよ」


 樹と茜は隣り合うベッドを椅子変わりに、向かい合って話す。

 不真面目な樹の態度に痺れを切らし始めた茜の表情が曇る。それを見て、樹はすでに心の中ででまとめていた考えを示す。


「最上級モンスターを討伐する時は役に立ちそうにはないけども」

「けども?」

「最上級モンスター関係のクエストは全部、連続クエストだからなぁ」


 連続クエストとは、例えばだが今回受注するつもりである最上級モンスター討伐。このクエストは最上級モンスターを討伐するまでに幾つかの段階を踏む。

 それは例えば特定のアイテムを要求してきたり、あるいは道中の中級モンスターの討伐を要求されたり。そうやっていくつもの疑似的なクエストをクリアしていくため、連続クエストと呼ばれている。


「確かに雑魚モンスターを数百単位で狩らないといけないから、猫の手も借りたいよね」

「全力を出すことができたら、楓さんの助力は必要ないけども、他プレイヤーも考えるとそれは避けたいしね」


 樹の言葉に茜がうんと頷く。

 前提として、自身の情報を外に漏らさない、漏らせない点が来る。ペットを使って周囲の警戒はしても、ペットを使ってモンスターを狩るような真似はしない。それこそ本命と呼べる樹たちの最強クラスのペットなどおいそれと召喚もできない。

 プレイヤーの強さを図る術は存在しないが、モンスターやペットに限りその術は存在するのだから。


「でも、大丈夫? 楓さんのレベル、多分50かそこらだと思うのだけれども。中級モンスターどころか、下級モンスターも倒せるか怪しいわよ?」

「そこは、クエストをクリアする形でレベル上げを手伝えば大丈夫だと思うよ。最初はNPCとの好感度を稼がないといけないから、日にち的な余裕があるし」


 元々、好感度を上げる間、他のクエストをクリアするつもりでいた。

 その意図を理解していた茜はさらに詳しくを聞く。


「一日に何レベル上げるつもり?」

「3から4は行きたいね」

「じゃあ、クエストを受注出来るまでに、三日とすると、10レベル前後。仮にレベル60とすると、まあそこまで行けば、ペットと強力して戦えば十分、戦えるかな」

「じゃあ、そういうことで」

「了解」


 そんな結論に至ったわけである。






 場所、再び草原。

 楓の怖がりように、どうしようか悩んでいると、樹の後ろに隠れる楓に向けて、茜は手を出した。


「楓さん、大丈夫。蜘蛛の形をしたスライム。何も怖くない。大丈夫」


 その優しい言葉に勇気づいたのか、楓は震えながらも樹の後ろから出て来る。

 この茜の言葉は、楓を想ってのことだが、半分はスライムを想っての言葉でもある。スライムという可愛らしいモンスターの苦手意識を無くしたいのだろう。

 茜は楓の杖に手を添えて。


「何も杖で殴り倒さなくても良いんだから。攻撃魔法覚えてない?」

「いくつか」

「なら、それで倒そう。壁は私か樹が担当するから」

「分かりました」


 覚悟を決め、楓は杖を振りかざす。

 茜の言葉で樹は盾を装備し、茜同様に楓の前へと出る。

 スキルは体力か魔力を消費して使用することができる。物理スキルは体力、魔法スキルは魔力になる。楓の振り分け方である白魔法使い方は攻撃型の黒魔法使い型の亜種であり、黒魔法使い型と比べて遅い収得になるが、幾つか黒魔法使い型と同じスキルを取得する。つまりは攻撃魔法も幾つか覚えているわけである。

 もちろん、そんなことを樹と茜は知らない。

 ただ装備からして黒魔法使い型、あるいは白魔法使い型は明白であった。

 

「では、行きます!」


 楓は自身が持つ攻撃魔法の中で最も強いスキル、スターダストを使用する。

 魔方陣が楓を中心に円を描き、不思議な文字列が流れる。やがてそれは青白く光り、ほどなくして消える。

 そして。

 数多の星の形をした礫が空から降ってくる。

 回避などできないと言わんばかりに、四体のスパイダースライムに命中する。

 星くずの意味を持つこのスキルは、自身の魔法攻撃力の150%の威力を持つ範囲攻撃魔法であり高い命中率を誇る。

 本当に痛みを感じているのか。スパイダースライムたちは悲鳴をあげる。そして、ずっと中立にいたスパイダースライムたちはゲームシステムにのっとり、攻撃をした楓にヘイトを向ける。四匹のスパイダースライムが一斉に楓へ向かってきた。


「ひっ」


 思わずその光景に短い悲鳴をあげる楓。

 その前に樹と茜は立った。盾のみで、決してダメージを与えないように気を付けながらスパイダースライムの足止めをする。

 このゲームのモンスターは進行妨害をするプレイヤーに対して高いヘイトを持つようにできている。一番は回復魔法を使用するプレイヤー、次に進行妨害、ひいては壁と呼ばれるプレイヤーである。攻撃をしてきたプレイヤーはその次と実はそれほどヘイトは高くない。

 その特性を利用し、スパイダースライムたちのヘイトを樹と茜が担う。


「早く!」

「は、はい」


 すぐさま同じ魔法を楓が唱える。

 二度目のスターダスト。これにより二体のスパイダースライムが倒される。

 レベルとしては楓の方が低い。それでも倒すことができたのは、スライム種は基本的に物理防御力が高く、魔法防御力が低く設定されているからである。もちろん例外は何体も存在するのだが、このスパイダースライムはその基本を押さえている。

 スターダストの消費魔力は楓の現在の総魔力からすると微々たるもの。

 だからこそ楓は驚く。

 今までずっとソロで生きてきた楓はパーティーという素晴らしさに初めて気づく。

 なんて戦いやすいのだろう、と。

 一人ではないからこそ生まれる余裕。壁を務めてくれている二人の頼もしさ。先日あった不幸は、いやこれまでの不幸は今日の幸福のためにあったのではと楓は思う。


「やりました」


 16体目のスパイダースライムを倒した時、楓の視線上にレベルアップの文字が出る。すぐさまステータス画面を開き、ポイントの振り分けを行う。そして上がったステータスに満足しながらステータス画面を閉じる。


「ありがとうございます。昨日助けてもらって、その上レベル上げもしていただき」

「全然良いよ」

「それよりも、魔力はまだ大丈夫? それなら引き続き壁役をするから、魔力がなくなるまでスパイダースライムを狩り続ける?」

「はい。お願いします」


 一人じゃない。

 楓にとってそれは、初めてとも呼べる幸福でもあった。

 だからこそ、楓の中で一つの願いが生まれる。

 この二人にずっとついていきたい、と。






 場所変わり、カラータウン内にあるギルドの建物。

 総勢59名からなるこのギルドに、一人の男が帰ってくる。昨日、一人の女性に絡んだプレイヤーの一人にして、ひん死の重傷を負った男である。

 置いていった仲間たちに恨みはない。一撃でひん死の重要を負わせるような相手に対してすぐさま逃走したのはむしろ正しい判断であったと言える。恨みがあるとすれば、その重症を負わせた女に対してである。ただ、せめてギルドのメンバー欄でまだ生きていることを確認して、何人か迎えに来ても良かったのではないかとは内心思っていたりする。


「戻ったぞ」


 この男の名前は山崎昇。このギルド内でも腕は立つほうである。

 山崎の姿を見るや、他のギルドメンバーは驚きの表情をする。死んだと勘違いしていたのだろう。


「山崎さん、生きていたんですね」

「無事で何よりです」

「お前ら、せめてギルドのメンバー欄、確認しろよ」

「すいやせん。そこまで頭が回らなくて」

「もうてっきりやられたものだと、ばかり」


 新参者の男二人は山崎へ頭を下げる。昨日、女性を誘拐しようとした男たちである。うち片方は、自慢のペットであったギガントオーガを一瞬で倒された男である。


「ギガントオーガは残念だったな。せっかくあそこまで育てたのに」

「ええ。でも一体何者ですかね。あのガキども。レベル80のギガントオーガを一撃で倒すなんて。相当なレベル差がないと無理ですぜ」

「ああ、それについて。ひん死の時に良い情報を手に入れた」

「良い情報ですかい?」

「それはどんな?」

「あの二人の推定レベルは300だ」


 その言葉に男二人は目を丸くする。

 300という数字が一瞬信じられなかったのだろう。山崎も、実際に同じ立場ならばそうだっただろう。

 その数字を理解し、男の一人が聞く。


「300、というのは本当で?」

「ああ、少なくとも300はある」

「そんな高レベルのプレイヤーがどうしてこんなところに。ギガントオーガが一撃で倒されるのも納得だぜ。それにしても、どうやってその情報を?」

「ひん死の時、その後の会話が筒抜けだった。襲おうとしていた女性がガキ二人にレベルを聞いていてさ。素直に答えていた」

「つまり、本人が言っていたから確かな情報だと?」

「もちろん、嘘の可能性もある。だが、一つの目安になる。300の数字を出したということはそれに近い値か、300だと知れ渡っても問題ないレベルかだ。350辺りか。400を超えることはまずない」


 そして、仮にだが450あったとしても、うちのリーダーが負ける相手ではない、と山崎は考え至る。

 この山崎の自信は、リーダーの力を間近で何度も見てきたからである。

 レベル100台のボス級モンスターを一撃で葬り去る姿。リーダーを除いた全員で戦ったとしても勝てないほどの圧倒的な力を持つリーダー。

 だからこそ、ギルドメンバーは彼に忠誠を誓うのだが。

 ふと山崎は襲う予定だった女のことを思い出す。


「それで、お前はあの女の事。もう諦めたのか? それとも、まだ諦めていないのか?」

「それについてですが、山崎さん」

「どうした?」

「リーダーに、その。あの女とガキ二人について話しやした」

「それで、なんだって?」

「どうも、リーダー。あの女が気に入ったみたいで」


 その言葉に山崎の口角が上がる。


「ほう。つまり復讐できるわけだ」

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