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第3話 お礼

「私は二見楓と言います。あなたたちの名前を聞いても良いですか?」


 樹は困っていた。

 助けた相手である二見楓と名乗った女性は樹、そして茜の名前を聞いてきたのだが、何故敬語なのだろうか。

 誰がどう見ても、楓の方が樹と茜よりも年上である。それなのに敬語。見た目からしてお嬢様みたいだが、そういう風に育てられたのだろうか。

 敬語で答えるべきか否か悩んでいる樹を見て、茜がはぁと大きなため息交じりに答える。


「私は一ノ瀬茜。こっちが一ノ瀬樹」

「同じ苗字。ということはご兄弟ですか?」

「正確には双子で、私が妹で、樹が兄…………です」


 何とか絞り出した茜の敬語使いに樹は安心する。


「敬語は結構です。この世界じゃ年齢なんて関係ありませんし、それに私のこの口調は口癖ですので。それで、改めてですが、本当にありがとうございました」


 楓は立ち上がると頭を下げる。

 一瞬、ひん死の男に視線を向けて。


「ただ通りかかっただけだから。それよりも大丈夫? 何かされたりしてない?」


 同性として安心させるためでもあるのだろうが、茜は楓の言葉ですぐに敬語を止める。樹ではできなかっただろう。

 それが良かったのか、茜の質問に楓ははいと元気よく頷き。


「おかげ様で。腕を掴まれただけで済みました」


 そう言って、腕を少しだけ見せる。傷がないのを見せたかったのだろう。

 そこで改めて、樹は楓をしっかりと見る。初めて見た時から思っていたが改めて綺麗な人だな、なんてことを呑気に思う。

 見た目は十代後半か、もしくは二十代前半か。樹たちよりも年上なのは間違いないだろう。いや十代には見えない。少しだけ茶色が混じったストレートの長い髪と真っ黒な瞳。スタイルは綺麗だし顔も整っている。何より雰囲気が大人びて落ち着いている。

 茜とは大違いだ、なんて樹は心の中で思う。


「お二人は強いのですね。失礼ですが、何レベルぐらいなのですか?」


 楓は二人の目を交互に見て、そんな質問をしてきた。その質問に樹と茜は顔を見合わせる。予想された質問。

 あらかじめ決めておいた答えを二人は出す。


「「300レベルぐらい」」

「300っ!」


 楓はあからさまに驚いた表情をする。

 プレイヤーの平均レベルは150から200と言われている。300になれば上位であることは確かである。


「すごいですね。私なんて、まだ100にも達していないというのに」


 楓はそう言って尊敬の眼差しを二人に向ける。

 そんな楓に対して、二人は罪悪感で押しつぶされそうだった。

 実際のレベルは違う。樹と茜は、レベルという大切な情報を、おいそれと出会ったばかりの人に教えたりはしない。

 つまり、実のところ、樹も茜も、楓という女性を根のところで信用していない。

 そしてそれは、楓という女性もまた同様なのかもしれない。


「それで、あの方はどうなったのですか?」


 楓がそこでやっとで言えたと言わんばかりの表情で、男の方を見る。

 そう言えばそうだったと茜は思い出したように男の方を見る。死にかけではあるが、まだ体力は残っている。仮にプレイヤーが死ねば、モンスター同様にデータの欠片となって消えていく。つまりそこにいるだけで生きている証拠になることを樹と茜は知っていた。

 でもプレイヤーが死ぬ瞬間など知るプレイヤーの方が少ない。そう聞いてきたということはつまり楓は知らないことは確かである。

 仮にその事実を知っているという事実が楓に伝わったとして、怖がられないかを茜は考えて。


「死んではいないよ。ブドウには手加減するように命令したから。少しずつ自然回復している頃だろうし、放置で大丈夫じゃないかな。ここは見た所モンスター湧かないみたいだし」


 すぐ近くのレッドリザードがこちらに来ないのを確認してそう説明した。

 プレイヤーが死ぬ瞬間など何もプレイヤーキルだけではない。いくらでもねつ造できる。だから問題はないと考え至る。

 茜の言葉に楓は安堵した様子を見せた。

 一度回復魔法でも使おうかと考えていた楓だったが、すぐさまその考えを破棄する。自然回復のことを忘れていた。

 プレイヤーの体力の回復は基本的自然回復である。

 回復スキルは白魔法使い型でないと使用できないし、回復アイテムなんて高価なものは乱用できない。

 そう回復アイテムは高価である。店に売っているものはあまりにも高く、基本はクエストクリアの報酬か素材を集めて作る他ないのだが、手間ひまに比べて回復する量は少ない。だから死の危険を感じた時ぐらいしか使用できない。


「そうですよね。安心しました…………ブドウ?」

「ああ、えっと」


 楓が茜のブドウの言葉に引っかかる。

 何故フルーツの名前が出たのか分からないでいた。

 茜は、再び周囲の警戒をお願いしていたシャドースライムの一匹、ブドウに自身のもとへ来るように命令する。

 地面から湧き出るようにシャドースライムが姿を現し、その光景に楓がギョッとする。

 茜が自慢げにシャドースライム、ブドウの頭を撫でながら。


「この子がブドウ」

「可愛い名前ですね」

「私のお気に入りのスライム。シャドースライムという名前のスライム種族」


 茜は嬉しそうに言う。

 ブドウという名前を褒められたのが嬉しかったみたいだ。


「それでこれからどうする?」


 樹の言葉に茜がそういえばどうしようと考え込む。

 ここで別れたらまた襲われるだろう。そうなれば、助けたことは無駄になる。だからと面倒を見るのは避けたい本心もある。


「あの」


 なんて考えていると、楓が一つ提案をした。


「私にお礼をさせてくれませんか?」






「ねえ、どうするの?」


 ガーラを使って街へ行きたいところだが、ガーラの疲労が予想以上にあった。休養を与えたほうが良いと判断し、樹と茜は徒歩を提案する。

 月明りを頼りに、ダンジョンを抜け、街へ向かう道。先導する楓の後ろで、楓に聞こえないように、小さく。茜は樹に相談をする。


「何が?」

「助けたは良いけども、もしも仲良くなれば、パーティー組みませんか、とかそんなこと提案されるかもしれないけども」

「茜はどちらかというとパーティー組むことに賛成? 反対?」

「組みたくはないかな。なるべく。レベル上げとかの足かせになりそうだから。それに」


 茜は昔のことを思い出す。

 思い出したくないことを思い出す。

 かつて信じていた仲間が自分の前から消えた思い出。それは茜だけでなく樹も持っている思い出でもある。


「ひそひそ話ですか?」


 楓が不振な動きをする二人に話しかける。

 茜が反射的に樹から離れる。そして営業スマイルを浮かべ。


「ううん。何でもないよ」


 女って怖いなと樹はふと思う。


「樹さんと、茜さんは」

「樹で良いよ。さんづけは苦手」

「茜で良いよ。さんづけは苦手」

「はい。では樹君と茜ちゃんと呼びます。ふふふ」


 樹と茜の声が被ったのが面白かったのか、楓は口元に手を当てて笑って、君付け、ちゃん付けを提案する。できれば呼び捨ての方が良かったが、樹と茜は妥協をする。


「それで樹君と茜ちゃんはどのような要件でこの大陸に戻って来たのですか? 300レベルなら次の大陸だと思うのですけども」

「ああ、えっと。最上級モンスター関係のクエストに挑戦しようと思って」

「私たち、全然クエストをクリアしていなかったから、戻って来たの」

「そうだったんですね。ああ街に着きましたね」


 楓がそう言って、見えてきた街に視線を向ける。

 二つ目の街、カラータウン。色鮮やかな建物が多いカラフルな街であり、NPCの人口は三百人ほどの、そこそこの大きさを誇る街である。

 街自体が綺麗なため、もちろん宿も綺麗である。それでいて二つ目の街だからか家賃も安いと良いところが多い。

 すでに静まり返った街を、街頭の明かりだけを頼りに歩く。

 懐かしい、が樹と茜の共通の感想だった。

 街の地図を詳しくは覚えてはいないが、それでも大まかな店の場所は覚えているぐらいには記憶がある。


「あそこが、私がよく泊まる宿です。基本、夜はずっと狩りをしていますので、泊る回数は少ないのですが」

「そう言えば、どうして夜に狩りをするの? 危険じゃない? それに睡眠は取らないと」

「そうかもしれません。でも私は同レベルのモンスターじゃなくて、少し弱いモンスターを沢山狩って経験値を稼ぎたいのです。時間が掛かりますから、夜も狩ります。こっちの方が安全じゃないですか?」


 どうだろう、と樹は思う。

 安全を気にするなら、確かに自身よりも低レベルのモンスターを狩るのも一つの手だが、それではレベルアップに時間が多く掛かる。

 その時間を稼ぐために夜も活動するのは、結局は危険になる。安全と気にするのであれば矛盾しているように樹に感じられた。


「そう言えば、お礼を何にしようとずっと考えていたのですが」


 楓は妙案が思いついたらしく振り返りながら、こんなことを提案してきた。


「私にその最上級モンスターの討伐を手伝わせてはいただけませんか?」

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