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第8話 陽のお願い

 龍との交渉を終えた日から翌日にかけて。

 樹と茜は陽と何時か行われるであろう勝負の準備を行っていた。

 まずはじめに準備するべきものは転移アイテムである。

 出来ることなら超位転移アイテムの個数を増やしたいところだが、これは一日二日の内に手に入れられる物ではない。

 時間がない以上、必然的に最上位転移アイテムなど、手に入れやすいアイテムとなる。


「これで、大丈夫かな?」

「大丈夫じゃない。もっと集めよう」


 樹はアイテム欄を見ながら、茜に聞くと茜はすぐに首を横に振った。

 対プレイヤー戦において、いや、この世界において所持アイテムは多いに越したことはない。不測の事態により所持アイテムの不足が起こりえるのだから。


「でも、最上位転移アイテムは、集めても効果の発動ができない可能性がある」

「確かにそうだけど。相手にこちらの居場所を把握させないためにも、常に移動をする必要があるでしょ?」

「逃げることよりも、戦うことを選んだ方が良いと思う。それは何時まで経っても解決しない。龍が仲間になってくれるんだから、もう少し強きに行こう」

「そうだけども」


 陽から逃げることを考える茜と、戦うことを考える樹。

 陽は樹と茜よりも先に楓と結を襲った。その理由は裏ダンジョンを探すためである。今現在、陽は樹たちを追いかけていない。そう考えるのが妥当である。

 しかし、念には念を。樹たちは同じ場所に留まらないようにしている。

 第三の大陸にいたと思えば、第五の大陸へ。第六の大陸を挟みつつ、第二の大陸へ。そんなことを幾度となく繰り返す。

 だからバレるはずなどないと考えるのは至極当然である。


「じゃあ、これからどうするの?」

「回復アイテムを集めよう。少しでも長期戦に耐えられるように」


 二人は予測の事態など幾度と経験している。

 それこそ、楓と結の二人が陽と出会ったことも同様であり、それ以前の話をすれば楓との出会いもまた不測の事態である。

 だから今日、再び出会うなど考えもしていなかった。


「見つけた」


 目の前に陽が現れるまで。


「どうして」


 樹は思わずそう口に出してしまう。

 始めに偶然を考えるが、明かに樹たちを探している様子だった。

 樹と茜は裏ダンジョンの場所を知るまでは樹たちと勝負をしないと考えていた。そして仮に探すとすれば楓と結であると。


「勝負しに来たのか?」

「いいえ」


 剣を構える樹と、逃げることを考える茜。

 そんな二人を逃がさないように、陽は敵対心がないことを見せるために、装備一式を変更した。低レベルの防具である。

 そして頭を下げる。

 今から戦う者がそんな隙を作るわけがない。

 樹は剣を収める。


「何があったの?」

「戦が死んだ」 

「…………どういうこと?」


 陽の予想外の言葉に樹が聞く。


「私と戦。仲間だった。でも優にばれた。だから殺された」

「仲間だった?」


 陽は寂しそうな表情をしながら、言葉足らずに状況を説明してくれる。 

 そんな説明では少ししか分からない。何故戦と仲間だったのかとか。何故陽が無事なのかとか。いろいろと聞きたいことがあったが、樹は少し考えて、大まかな状況を理解する。

 こと戦闘において、陽は樹よりも弱い。もともと陽の職業は戦闘向けではない。それでも勝負を挑もうとするということは、勝てる見込みがあるから。そして、それは戦という仲間だったのだ。

 樹と茜、それに対して陽と戦。そうなれば、後者が勝つであろう。

 しかし、トッププレイヤー同士で仲間になることを、化け物の一人、優は望まない。だからルールに乗っ取り、片方が殺された。


「大まかな状況が分かった」

「どういうこと?」

「つまり、陽さんの戦意はないということ。そして僕たちと龍が仲間の契約をした以上、それによって今、危険なのは」

「あなたたち」


 陽の言葉に樹が聞く。


「龍と約束したのを知っていたの?」

「知らない。でも何となく。予想つく」


 確かにそうだな、と樹は思う。


「それで、どうして僕たちを探していたの? 謝るため、ではないよね?」

「お願いがある。みんなが断るお願い」

「お願い?」


 陽は深々と頭を下げる。


「私と仲間になってほしい。そして。共に優と戦ってほしい」






 そこは最前線と呼ばれる第十の大陸。

 ダンジョン、夢現。

 始めは逃げていた戦であったが、超位転移アイテムの在庫がなくなる前に、その地で戦うことに決めた。

 勝てる見込みなどない。

 仮に召喚できるすべてのペットを使い、使用できるすべてのアイテムを使ったとしても勝つことはできない。

 無謀だと分かっていたからこそ、戦は潔く戦って死のうとした。

 その結果。


「長い戦いだった」


 丸一日もかかった勝負はあっさりと終わった。長期間の戦いを経験したことなどない戦はすぐに精神面に疲労が現れた。ささやかなミスが増えていく。

 そのミスは戦の体力を徐々に減らしていった。それは回復アイテムも減らす行為であり気づけば戦の回復アイテムは底を尽きる。

 体力が残りわずかとなれば、立ち上がることも困難となる。


「流石にもう起き上がらないよね」


 優が敗北するなどというイレギュラーは起こるはずなどなかった。

 地べたに倒れている戦を上から眺める優。そして、優のすぐ傍に、呼び出しをくらった隼が立つ。


「終わったのですか?」

「ええ」


 隼は戦に視線を送り、そして自身の主である優にまだ余裕があるのを見る。

 最強と言われるトッププレイヤー。隼はその戦いを見ることができなかったことへの悔しさを感じる。

 どういった戦い方をするのか、どういった強さなのか、隼は知らない。


「迫害シリーズだったかしら。前衛型最高峰の装備一式」

「強いのですか?」

「まあまあかな。ただ少なくとも、あなたの馬王シリーズよりかは強いわよ?」


 迫害シリーズ。馬王シリーズ。トッププレイヤーのみが持つ、最高峰の装備一式。

 その中で優が持つ装備一式の名前は勇者である。

 統一型という、あまりにも特殊過ぎるステータスの割り振り方のために存在する装備。すべてのステータスをバランスよく上昇させる。

 あまりにもバランスが良く、突飛した能力がないために、一見弱く見える。実際弱いのかもしれない。

 それでも優が最強と言われる所以は統一型のみが取得できるスキル、そして勇者シリーズが持つパッシブスキルによるところが大きい。


「当分陽は動かないでしょう。隼。他のトッププレイヤーに動きはないの?」

「そうでした。それなんですが、優さん。樹と龍が面会しています」

「面会? どうして?」

「そこまでは分かりません」

「でも、そう。分かった。次は樹か龍ということね」


 優は食料を取り出し、スタミナ回復をさせ始める。

 隼は戦の方を見る。


「戦はどうしますか?」

「あなたが殺して良いわよ。プレイヤーキルの経験値でペットを強くさせなさい」

「分かりました」


 隼は弓を構える。

 その矢先は戦の頭に向けて。

 静かに放った。

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