第6話 四宮連
不思議な女性との出会いがあった後。
当初の目的であった楓のレベル上げのために樹は二人で白の世界へと入った。
入口は色の森の中にあるのだが、普通の方法では発見は不可能である。
だから超低確率のトラップに当り、白の世界の下層へと落ちるか、それ以上の低確率で不定期に数秒だけ開かれる入口を見つけるかであるのだが。
一度見つければその者にのみ見える入口として常に白の世界の入口は開かれた状態として存在する。そして、これは樹がすでに発見しているため、パーティーを組めば楓でも入ることが可能となる。
白の世界、一階層。
平均レベルは200。
「樹君。私はどうすれば良いですか?」
「楓さんはずっとそばにいれば良いよ。僕が倒すから。でも」
なんて格好つけながら、樹はものすごく困っていた。
モンスターのことではない。楓に対してである。
今日、楓から樹は手を繋いでくれませんかとお願いされた。何を言っているのだろうと思ったが、すぐに気づく。だからこそ困っていた。そしてそれに気づいている茜が二人きりにさせようとしていることにも気づいていた。
「手を繋いだまま?」
「手を離して」
「そうですか。残念です」
本当に残念そうに楓は言って樹との手を離す。
さっきまで繋いでいた手に楓のぬくもりが残っている。
こんな人だったけと思いながら樹は剣を取り出す。
平均レベル200の階層では得られる経験値は少なく、楓が自らモンスターを倒した方が得られるものは大きい。
だからもっと下の階層へ行かないといけないのだが。
楓を連れて行くとなると話は変わってくる。
どうしようか考えている中、ふと最も良い最善策が思いつく。
「モモにお願いしよう」
「モモ? 果物のことですか?」
「そうじゃないけども。まあ名前だけ聞くなら果物っぽいね。茜のペットはみんな果物で統一されているし。まあそんなことは良いか。モモは僕が持つペットの一匹」
「ペットの名前でしたか。茜ちゃんみたいに可愛い名前ですね」
なんて言って楓は笑う。
「その子に何をお願いするのですか?」
「下層まで運んでもらおうと思って」
「運ぶ、ですか?」
「この階層はレベルがまだ低いからさらに下の階層に降りようと思う。でもそうなると楓さんの移動速度じゃ敵モンスターの攻撃は回避できないし、だからと僕が毎回倒していたら、時間がかかるからさ」
ダンジョンを進む際、モンスターを倒しながらと素通りがある。
倒しながらは堅実な進み方であるのに対して、素通りは効率を優先している。ただ素通りはモンスターの攻撃に耐えられるか、あるいは逃げる形で回避できることが前提となる。
楓ではモンスターの追跡は逃げれないし、もちろん攻撃など耐えられない。
だからこそ早い乗り物が必要である。
それに選んだのがモモだった。
「モモ、お願いね」
巨大な狼の姿をしたモンスター。フェンリル。樹はモモと名づけた。
ペットに茜ほどの強い愛着はないが、それでも本命と呼べる強さを誇るペットに樹は名前を付けている。
そう本命。
モモは攻撃と偵察、そして乗り物と三つをこなす上級モンスターであり、樹が所有するペットの中で上から八番目の高いレベルを持つ。
現在892レベル。本命の中で唯一900台には到達していないが、この裏ダンジョンの上層や中層など脅威ではないほどの強さを誇る。
その巨大なペットに楓は驚きながら。
「可愛い狼ですね」
そんな感想を述べる。
「楓さん、モモに乗って下層まで一気に行きたいと思う」
「分かりました」
モモが寝そべり、乗せようとするが、モモのあまりの大きさからそれでも高い。
先に樹が上に乗り、楓に手を差し伸べる。
それを楓は受け取り、樹は思いっきり引き上げる。
樹が前、楓が後ろの形になる。
そして、楓は樹のお腹当りに手を回し、がっしりとしがみ付いてくる。それに樹は飛び上がりそうになった。
「どうかしましたか?」
胸が当たっているなんて言えるはずもなく。
樹はモモに進むよう命令した。
「無心無心無心無心無心」
茜は無心にスモモのレベル上げをしていた。
楓の変わりよう、結という女性との出会い。考えるべきことはいろいろとあるのだが、考え事に集中して危険を犯してしまったら元も子もない。
だから無心と言い続けて、考え事を控えようと試みてみる。
再び訪れたクーラの塔。
前回と同様にフェアリーガーディアンを狩るが、配置しているペットが若干増えた。入口の砦はメロンであるが、それ以外にシャドースライム三匹を塔の至る所に潜伏させた。
メロンと名づけられたペット。
そのモンスター名はドラ・ドン・スライム。
レベルは860にも及ぶ上級モンスターにして、ボス級スライム種の一体である。見た目はドラゴンの姿をしたスライムであるが、その強さはスライムの中でも随一である。
スライムにあるまじきバランスの良さと多彩のスキル。そして、装備可能な防具がいくつもあるため高い多様性を持つ。
茜のペット同時召喚可能数が五体なため、本命からは外れるのだが、それでも茜が持つ中で七体番目のレベルの高さを誇る。
「さてと」
だいぶフェアリーガーディアンを狩ったなと思いながら、茜はスモモのレベルを確認する。
捕まえた当初のレベルは56だったが、現在スモモのレベルは143にまで上がっていた。スパイダースライムが収得するスキルは大したものがなく、ステータスの割に弱いのは確かなのだが。
それでも大事に育てれば活躍することは可能だ。
「500ぐらいまで行きたいけども、今日は無理かな」
前線に行けば十分可能なのだが、一瞬の判断ミスでスモモが死ぬ可能性が高くなるし、何より茜自身が危険に身を投じることになる。
なんて思っているとふいにブドウに動きがあった。
シャドースライムが持つスキル、千里眼はプレイヤーに自身が見ている光景を見せる効果がある。そしてスキル、影踏みにより闇に紛れ込むことが可能。他にも幾つか偵察に役立つスキルを習得するのだが。
特にスキル、千里眼を持つ偵察型のモンスターは少ない。
だからこそシャドースライムは偵察が行えるモンスターの中でも飛びぬけて優秀であり、茜はブドウたちに警戒を任せることができるのだ。ただ、出現レベルが500を超え、出現場所が特殊なシャドースライムをペットに持つプレイヤーは茜ぐらいであるのだが。
そのシャドースライムを発見したものがいた。
そして攻撃を仕掛けられたが故にブドウはゲームシステムにのっとり反撃に乗り出したのだ。
影踏みを行っているシャドースライムを発見するのはほぼ不可能である。それはシャドースライムの習性を知っている、あるいはシャドースライムよりもはるかに強くないと不可能である。
そしてブドウが受けたダメージの高さから強いことは目に見えていた。
「召喚解除」
茜はメロンを残したすべてを回収する。
ブドウたちの無駄死は避けたい。
ただメロンは別である。メロンは茜がいる部屋の入口を守らせている。おいそれと解除すれば簡単にこの部屋への侵入を許してしまう。
「さてとどうしようかな」
ブドウを通して見えた姿。
一瞬だったが故にはっきりと確認はできなかったが、上位プレイヤーであるのは確かである。
しばらく、茜はフェアリーガーディアンの部屋で少しでも自然回復をさせようと休憩する。
敵に自分がここにいるのがばれたのだから、逃げるのも一つの手であるが、いろいろなことが起こりすぎて茜は若干怒りが芽生えていた。
そして、待ったかいがあったのか。メロンが攻撃態勢に入った。
メロンの体力が少し減る。
そして、敵の実力が分かってくる。
メロンの耐久の高さ。それを相手にこの程度のダメージ。
危険な部類ではあるが、ただ茜が負ける相手とは到底思えれなかった。
「誰かな」
そんな判断をしたが故に、茜は後悔することになる。
フェアリーガーディアンの部屋から出た茜はメロンと戦っている相手を確認する。
それは三人のプレイヤーであった。一人は槍を構え、一人は弓を構え、一人は双剣を持つ男三人のプレイヤー。年齢は二十代から三十代ぐらい。
防具からして高レベルが予想できる知らない二人と一人に茜は見覚えがあった。
「やはり一ノ瀬茜だったか」
「なるほど、そういうことね。四宮だったかしら」
「四宮さん呼べ」
その見覚えがある男の名は四宮連。
トッププレイヤーに最も近いプレイヤーの数は14名。その一人。そして必要以上に茜に対抗意識を持つ男である。
「何故、ここにいるのかしら?」
「素材集め」
「その隣の二人は?」
仮にも四宮が先ほどのメロンへの攻撃に加わっていれば、メロンの体力はもっと減っていたはずだ。だからこそ、四宮を除いた二人が戦っていたと茜は考える。
そして少なくとも二人はメロンと戦い合える強さがある。レベルは弱くて700後半か高くて800後半。例えどちらにしても、この三人を相手に茜が勝てる可能性は少ない。
メロンの召喚を解除し、茜は返答を待つが、四宮は茜が一人なのを確認して。
「逆に聞いても良いかい? もう一人は?」
「見ての通り別行動中よ」
「驚いたな。一ノ瀬樹がいないなんて。二人行動ばっかりしている双子が。まあでも好都合だ」
四宮は頬を緩めて言った。
「一ノ瀬樹は、俺たち三人でも勝てない相手だからな」
「それで、私は答えたのだから、聞いてもいいかしら。その二人は?」
茜はそんな四宮の言葉を無視して聞く。
その質問に答えても問題ないだろうと、四宮は判断したのか二人に目を向け。
「ここしばらく、俺は仲間を集めることに力を入れていた。そして手に入れた仲間だ。この二人は第二の大陸で見つけ、スカウトして、ここまで育て上げた」
その言葉に茜は呆れて。
「良いのかしら。そんな高レベルなパーティー。彼女が危険と判断したら消されるわよ?」
「それぐらいわきまえているさ。だから二人なんだ。本当はもっと欲しかったが、彼女は敵に回したくないからね」
四宮の予想外の言葉に、つまりはそれぐらいならば許されるのかと茜は苦虫を噛み締める。
彼女とは。
茜はもちろん樹にとっても相手にしたくないプレイヤーのことである。
「さてと出会ったのも運の尽きだな。俺が仲間を欲した理由である一ノ瀬茜、君に用事がある」
「戦うつもり?」
「それも良いな。でも残念ながらやめとこう。一ノ瀬樹には劣るが、それでも君はトッププレイヤーに最も近いプレイヤーの一人だ。この二人は役に立たないだろう。実質一対一みたいなものだ」
「私をそんなに褒めても何も出ないわよ?」
「それもそうだな。それで本題だが」
「良いわ。聞きたくないし、それに逃げるつもりだったから」
そう言って茜は最上級転移アイテムの使用を始める。
「阻止しますか?」
それに四宮の隣の男が聞いた。
その手には最上級転移アイテムをも阻害することができるアイテムがあった。
「止めておけ、阻害アイテムの無駄だ。それに今の俺たちの目的は戦うことではないからな」
その言葉を最後まで聞く前に、茜はその場を離脱した。