第5話 出会いと別れ
結はもともと目的はなかった。
ただ見たかっただけ。
それだけである。
裏ダンジョンの一つである白の世界を攻略したトッププレイヤーがどういった人物かが気になっただけである。
たったそれだけの気持ちで、店の前でそのプレイヤーを探し、めぼしいプレイヤーに聞いて回っていた。
その行動力がどこから出ていたのか、結自身分かっていなかった。
「君がそうなの?」
そして偶然にも出会えた少年。
一ノ瀬樹だと聞いて自分だと名乗った少年。
見た目は高校生ぐらいだろうか。格好良いか格好悪いかを言えば、結にとっては普通と言わざるを得ない容姿をしている。というよりも中性的である。女装をしていれば、女性と思ってしまうかもしれない。
ただ行動力はあるのか、彼女はいるらしい。このゲームの世界で運命的な出会いを果たしたのか。相手の女性は同性から見ても非常に美人な女性で、正直言って似合わあいカップルではあると結は思ってしまう。
そう。
結にとって予想外だった。
このゲームの世界において、最も優れたプレイヤーの一人がこんな気弱そうな少年とは到底思えれなかった。
見た目で判断できないことなど分かっていたことなのだから、情報屋に聞いておけばよかったのだが、結はそこまで考え至らなかった。
「予想外すぎる」
思わず結から動揺の表情が出てしまう。
もっと強面の男性ならば、十分見た目だけで信じられたのだが。あるいはすごい装備をしていれば。ただ少年はそのどちらでもない。
それでも、例え見た目が予想外であったとしても結の尊敬の念は変わらない。どんな見た目であろうと関係ない。あのダンジョンをソロで攻略したのは間違いないのだから。
結はその時点では少なくとも樹が本人であると信じ、そして樹のことを信用していた。
「証拠を見せて欲しい」
だからこそ、どうして自分がこんな言葉を口に出してしまったのか、自分自身で理解できていなかった。
「証拠を見せて欲しい」
「証拠?」
女性の言葉にどうやってと樹は一瞬思ってしまうが、すぐに幾つか方法が出て来る。
フレンド申請だったり、店で可能なプレイヤーカードの発行、最も手っ取り早い方法ならばプレイヤー情報を直接見せる手もある。
最もプレイヤー情報を見せることなど、会ったばかりの相手にできるわけがないのだが。
だから樹はプレイヤーカードを使うことにする。
これは店に1万ゴールド支払うことで手に入る身分証明書の変わりである。フレンド申請は親しくない相手にしたくないプレイヤーも多い。そんな中、身分を証明したいとき、プレイヤーカードは非情に便利である。
樹はアイテム欄から取り出したプレイヤーカードを女性に渡す。
「どうぞ」
「どうも」
女性は受け取ったプレイヤーカードに写っている写真と樹を見比べる。
そして書かれている名前が一ノ瀬樹なのを確認したのか、疑問から関心へと表情が変わる。
「ふぅん。君が、本当にそうなんだ」
「ねえ、樹」
樹の行動に耐えられなくなった茜が樹を引っ張る。楓から手が離れ、楓が悲しそうな顔をするがお構いなしに樹を強く引っ張り。
そして女性に聞こえないように気を配りながら聞く。
「どうしてあっさりばらすの」
「どうして? 何か問題あった?」
「あるでしょ。探していた理由が分からない以上、もっと慎重にいくべきでしょ?」
「でも、危険もないでしょ? 少なくとも今は」
確かにそうだろうけども、と茜は不満そうに呟いて、諦める。
危険視するべきプレイヤーたちを樹たちは知っており、そして逆に樹のことも知っている。だからこそ、周囲の警戒をし、出会わないようにしなくてはいけない。
しかし知らない相手ならば、レベルの面で危険はない。
仮にも相手が危険視するべきプレイヤーの手下として、樹を探している可能性もあるが、それならばその探している相手の顔を知らないことなどまずない。
「どんな理由で探しているのか聞いて、問題がなさそうなら白じゃない」
「分かった」
茜は樹から離れる。樹がそれでと女性に聞く。
「どうして僕のことを探していたの?」
「ただ探していただけ。あと、見たかっただけ。それだけよ。ごめんね、わざわざ」
「…………?」
その言葉に樹は彼女の目的が一切分からなかった。
「どういうこと?」
「そのままの意味よ」
「本当に?」
「本当よ。しつこい男は嫌われるわよ?」
樹には女性が嘘をついているようには思えれなかった。
そんな女性は茜の方を向き、微笑みを浮かべて。
「茜、だったわね。さっきはもしかして私のことを警戒していたのかな? まあ、それは良いのだけれども。さっきの続き。友達申請送るね」
「あ、うん」
さっきのやり取りを再開させようとする。
それには茜にも動揺が見られた。
何が起きているのか一切分からない。
ただ探していただけ。見たかっただけ。そんな目的で探すプレイヤーがいるだろうか。あったとしても後の何かしらの目的のために違いない。
茜に友達申請を送った女性は、茜の承諾を受け、茜のうわべのみのプレイヤー情報を見る。そして苗字に目が行く。一ノ瀬茜。一ノ瀬樹と行動しているならば、十中八九兄弟だと分かる。
「そう、一ノ瀬樹に兄弟がいたんだ。あれ?」
女性は一瞬疑問符を浮かべて。
「まあ良いや。ありがと。そして本当にごめんね。じゃあね」
そう言い残して、女性はどこかへと向かった。
これが樹たちと結の出会いであった。
茜は結の姿が見えなくなると、すぐに樹のもとへ駆け寄り。
「さっきの女性、一体何者なの?」
「さあ?」
「上位のさらに上位のプレイヤーが今までずっと隠れていたとは到底思えれない。だからあっても上位プレイヤーだけども」
「まあ、考えるのは後にしよう。というか考えるだけ無駄な気がする」
何故樹を探していたのか。
その答えは想像できても、想像の域は決して出ない。
仮に何か目的があってならば、再び出会うことがあるだろう。だからそれまで待ち、危険と判断したら逃げても遅くないと、樹は考えていた。
「分かった」
渋々と言った様子ながら、茜は頷く。
樹の考えが分かったからだ。
不思議な女性であったが、それよりも気にするべきことがある。そう思って、茜はさっきまでの樹と楓の様子を思い出す。
手を繋いでいた。
何かないはずがない。
茜は樹と楓を交互に見て。
「なんだか今の私、ものすごく空気な感じがします」
そんなことを呟く楓に近寄り、手をつないでいたことを聞いてみる。
「さっきはどうして手をつないでいたの?」
「お願いしてみたら、案外いけました」
楓の野獣のような目に、茜は苦笑いしかできないでいた。
どこにそんな行動力はあるのだろう、と思わずにいられない。
というよりも、どうして手を繋ぐことをお願いしようと考え至ったのかが分からない。
流石にこれでは、樹は楓の気持ちに気づいているだろう、なんて思いながら茜は樹のほうを見る。そして、樹が気づいた上で、気づいていないふりをしていることに気づく。
「ちょっとだけ面倒臭そう」
そう小さく呟いた。