第4話 偶然
樹と茜の間には暗黙のルールとして一人行動厳禁がある。
ただこれは何も初めからそうだったわけではない。
始めの頃は何度も別行動を何度もしていた。
ただ一度、樹は危機に見舞われたことがあった。
それが裏ダンジョン、白の世界である。偶然にも白の世界の97階層に落ちた樹は数度死にかけることになった。
当時はレベルがまだ900になったばかりだったこともあるが、何より装備やアイテムを整えていない状態と脱出が超位転移アイテム以外不可能だった点が大きい。
結果として無事脱出はでき、この出来事によってまだ誰にも発見されていなかった白の世界の発見と、そして後に攻略に繋がったのは不幸中の幸いでもある。
しかしながら、脱出だけに丸二日かけ、その間一切音信不通だった樹に対して、茜の心配は増えたためにこのルールは生まれてしまった。
「また別行動するの?」
「ダメかな?」
「別に良いよ」
一度そのルールを破った茜は、楓との出会いから少しずつ変わりだしていた。
まだこの世界は危険だと考えてはいる。しかしながらずっと一人行動を許さなければずっと息苦しい生活も確かである。
それに二人の仲を引き裂くことにもなる。
「じゃあ、楓さんのレベル上げをしている間、私はスモモのレベル上げでもしてるね」
「茜、ありがと」
「ん、良いよ」
茜はそう言って楓の方を見た。
あとは頑張っての意味を込めて。
それに気づいた楓は小さく頷く。
樹と二人になれる絶好のチャンスができたのだ。ならば、それに答えなくてはいけない。そんな意気込みが彼女の目から溢れていた。
「じゃあ私は先に行くね」
そう言って、茜は先に宿を出た。
思い出したかのように出した、スモモのレベル上げの件。
先日の出来事ですっかり忘れていたが、まだスモモのレベルは低いままである。
茜が持つペットの中で次に弱いペット、キウイ。モンスター名シースライム。このキウイとスモモのレベル差は600にも及ぶ。
これを機会に、今の内にたくさんレベル上げをしておこう。
なんて茜は思った。
一人大通りを歩き、念のため店でアイテムをそろえておこうと店へ向かって歩き出す。
「そう言えば、あのダンジョンの攻略報酬が何なのか、私知らないままだ」
数度挑戦したことのあるダンジョンだが、90階層に到達した時点で茜は攻略を諦めた。
それよりも下、樹はソロで攻略を行ったのだが、当時は攻略を諦めるよう何度も言ったが、裏ダンジョン攻略時にもらえるアイテムが一つしかない点と、この裏ダンジョンの攻略がゲームクリアに関係があったため、渋々了承した思い出がある。
そして、下には何があったのか、クリア後の報酬はなんなのか、茜は樹に何度となく聞いたが、答えてくれることはなかった。
決して良いモノでなかったのは確かだ。
それはきっと奪い合いが発生するほどのモノ。
ひいては殺し合いに発展しかねないモノ。
「せめて効果ぐらい教えてくれても良いのに」
ただ、教えてくれないのは信用されていないみたいで。
茜にとって何とも言えない不満が押し寄せて来る。
「はあ」
「あの!」
ふいに話しかけられた女性に、茜はギョッとしたように、身を震わせる。
茜が入ろうとしていた店の手前。そこで話しかけられた茜は女性をマジマジと見る。
知らない女性だ。NPCでないのは確か。どうして話しかけられたのかは検討もつかない。
女性の外見を一言で言えば、魔女であった。三角帽子に真っ黒なコート。見た目の情報をそのまま受け入れれば、魔法使い型。装備は魔女シリーズの第一を揃えていることからレベルは少なくとも200あることが分かる。
容姿はそこそこ可愛いのだろうか。肩にかかるぐらいの茶髪とクリっとした目。背丈は茜よりも、それどころか樹よりも高い。ただ楓に抱いた大人びたさが少なく、歳は自身とそんなに変わらない、そんなふうに感じる。
ほんの数日ではあるが、この街に住むプレイヤーは大方把握していた茜にとって知らないプレイヤーということは、ずっと宿の中にいたか、あるいは新しく来たかのどちらかである。
そして十中八九後者だろう。
装備からして次の大陸でも可笑しくはない。そんなレベルで、そしてギルドに所属していないプレイヤーがこんな街に拠点を構える理由がある。
そんな女性はニコニコとした様子で、茜に聞く。
「一人、プレイヤーを探していてね。情報が欲しいのだけれども、大丈夫?」
「うん」
妙に馴れ馴れしい女性に対して、茜は不信感を抱く。
「その前に、自己紹介がまだだったね。私は三野結。ほとんどが男のプレイヤーだったから、あなたみたいな子がいてよかった。よろしくね」
同性だから、話しかけれたのだろうか。
実際ほとんどが男のこの世界で、女性は貴重である。それは男からしても女性からしても。茜にとってはこれが初めてであるが、他に同性を理由に話しかけられていた女性プレイヤーは何度か見た。
なんて思っていると、女性、三野結の口からとんでもない言葉が出た。
「一ノ瀬樹という名のプレイヤーがこの街にいるみたいなのだけれども知っている?」
「一ノ瀬、樹?」
何故兄の名が?
茜は咄嗟に臨戦態勢に入ってしまう。
人探し、それが赤の他人ならよかったのだが。身内となれば話は別だ。どういった目的で探しているのか分からない以上、油断はできない。
「知らないです」
だから咄嗟に茜は首を横に振った。
それに対して、結は残念そうに笑って。
「そうなの。ありがとね。そうだ。今回のを縁として、友達にならない? 女性プレイヤー同士仲良くしよう」
「う、ん」
そう言って、握手を求めて来る結の手を受け取ってしまう。
現実世界の友達ならば名前を偽り続けることは可能かもしれない。しかしながら、このゲームでは話が変わってくる。
友達になろうの言葉はゲームシステム上の友達であり、友達同士の連絡などができるシステムな以上名前がなくてはいけない。自分で考えた名前ではなく、本名がプレイヤー名として付けられているこのゲームにおいて、それは本名を相手に伝える行為になる。
一ノ瀬樹と一ノ瀬茜。
苗字が同じことに、気づかないはずがない。
仮に兄弟だと思われなくても、一ノ瀬茜の名前もそこそこ広まっている。目の前の女性が一ノ瀬樹だけ知り、一ノ瀬茜を知らないという可能性は極めて低い。
「私から友達申請送るね」
どうやって断るべきか。
そんなことを思っていた矢先、ふいに聞きなれた声が聞こえてくる。
「茜、何をしているの?」
兄であり、今目の前の女性が探している相手、樹であった。
先に宿を出た茜であったが、まずはと店に向かった。それは樹たちも同じだったのか、樹と楓が並んで歩いていた。
手をつないで。
何故手をつないでいるのか。ついさっき別れた後に一体何があったのか。どうして楓の顔が赤いのかなど、茜にとって聞きたいことがいろいろとあった。
しかし、一度にいろんなことが起こりすぎて、茜の思考はすぐさまショートする。
真っ白な煙は出なかったが、視界が比喩的ではなく実際に真っ白になる。
そして、ため息交じりに、考えることを止めた。
「あなた茜というの? あの方たちはお友達?」
「はい」
「ねえ。そこのお二人さん」
カップルに間違えられる樹と楓に対して、結は聞く。
「一ノ瀬樹という名のプレイヤーを知らない?」
その質問に樹は目をパチクリさせて。
「僕ですけども」
一切結に対して不信感を抱かずに即答した。