第3話 情報屋
「さてと」
久々の地上で、少しテンションが上がった三野結は辺りを見渡す。
カラータウン。始めの大陸のメインとなる都市である。
結は情報屋などを利用せず、ただがむしゃらにレベルを上げていたのだが。さすがに情報の少なさを実感してきた。
だから、手始めに情報屋を探すことにした。
この情報屋はお金と引き換えに様々な情報を提供してくれるプレイヤーのことを指す。
現実世界でもゲームの世界でも情報は武器になる。特に知らないゲームの世界に連れてこられたプレイヤーの方が多いこの世界において、情報の需要は高い。
結はこの情報屋の存在を知っていたが、胡散臭く、真実か嘘かを判断することができないため利用しようとは到底思えれなかった。
ただ、流石に情報がないと武器や防具を集めるのに相当な時間が掛かってしまう。
お金なら沢山あるのだから、結果として嘘だったならばそれまでと考え、情報屋を信じてみようと考えたわけである。
「この路地裏だったよね?」
カラータウンの小さな宿の隣にある路地裏。結は路地裏を見て、一瞬たじろぐ。
路地裏を好んで歩くプレイヤーなどいない。汚いし、どんな人間がいるか分かったものではない。ただ、情報屋はこういった場所を好むらしい
それはどうしてかは分からないが、結は情報屋はそういった人間なんだと思ってしまう。
偵察用のペット、ベガを召喚する。正式なモンスター名はスノーホワイト。雪だるまみたいな姿をしている。戦闘には不向きだが、スノーホワイト、およびそれに近い種族のモンスターは皆特別な偵察スキルを保有しており、非常に使い勝手が良い。
「ベガ、スキルを使用して、路地裏のプレイヤーの数を把握して」
ベガは結の命令通り、スキルを使用する。
ベガの体から幾つもの雪の結晶が出る。それは路地裏の中を一人でに進んでいく。この雪の結晶は他のプレイヤーを発見次第、そのプレイヤーの防具に付着する。これにより、一定の範囲内であればそのプレイヤーがどこにいるのかを常に把握することができる。
このベガのスキルは、雪の結晶を破壊する形で防ぐことが可能だが、レベル差によっては発見は不可能になる。
雪の結晶が路地裏に蔓延してから数分。帰って来た答えは一人であった。
「問題はないね」
そう判断した結は路地裏を進んでいく。
一人ということはその人物が情報屋なのだろう。他にプレイヤーがいなければ襲われる心配はない。最も、街の中で襲う行為をするプレイヤーはそうそういない。
街からの信頼度、ひいては好感度に響く。そして、犯罪者としてその名が街に残る可能性がある。その場合お尋ね者として、他のプレイヤーはそのプレイヤーを殺すことで賞金を貰うことができる。結果的に自分の首を絞める行為になるわけである。
その辺りは何とも現実的だが、これがないと犯罪が蔓延するのかもしれない。
「でも、プレイヤーキルをさせようとしているくせして、その辺りの現実さはどうも矛盾しているんだよね」
このゲームの開発者の意図はどこか分からない。
なんて思いながら、結は目当ての情報屋の前まで行く。
フードを被った男。それが路地裏に座って、じっと客を待っている光景であった。
再びたじろいでしまう。
しかし、勇気を振り絞って、結は情報屋に話しかける。
「あの」
「何か様かい」
「あなたが情報屋?」
「いかにも」
情報屋か否かを確認した結に対して、情報屋が聞いてくる。
「情報をお求めかい?」
「そうよ。武器と防具の素材の情報が欲しい」
「どの素材だい?」
「魔女シリーズの第二、で分かるかしら」
魔女シリーズとは、現在結が装備しているモノである。他のゲームにも見られるが、このゲームでも装備にシリーズモノがあり、それを揃えることによってボーナスを得られる。
現在結が装備しているのは第一、適正レベルは200前後。その次が第二となり、適正レベルは上昇する。
情報屋は求めている情報の高さに一瞬驚いた様子を見せ。
「そんなに強そうに見えないが、確かにそれは魔女シリーズの第一だ。ということはレベルは200を超えているのかい?」
「それはどうでも良いでしょう」
「確かにそうだ」
情報屋は懐から本を取り出す。
自身で執筆が可能な、ただの本である。一般的なプレイヤーにとってはどうでも良いアイテムだが、情報屋からすると情報の多さから重宝するのだろう。
魔女シリーズについての項目を探し出し、聞いてくる。
「魔女シリーズの第二になると、ほとんどの素材をドロップするモンスターは第三の大陸になる。ここは始めの大陸。そこは理解しているかい?」
「ええ、もちろん」
「ただ、例外がある」
「例外?」
「裏ダンジョンを知っているかい?」
その言葉に結は小さく頷く。
「この大陸に、その裏ダンジョンがある。そこでもドロップするモンスターはいるらしい」
「らしい、ということはその裏ダンジョンはどこにあるか知らないということ?」
「残念ながら」
情報屋は頷く。
結はその裏ダンジョンが白の世界であることに気づいているが、あえて言葉に出さない。
情報屋でも知らない情報。それに一体どれだけの価値があるのか、考えただけでも恐怖してしまう。
ただ、ふと疑問に思う。
「どうしてその情報は知っているの? あなたはその裏ダンジョンがどこにあるのかさえ知らないのでしょう?」
「うちが情報を仕入れている相手はトッププレイヤーの一人。彼女は知らないことがないとも言えるほど何でも知っているプレイヤーだ。これは、納得してほしい」
「分かったわ」
「今話したのは、初回サービスとして料金は取らないから安心してほしい。では改めて聞くが、これからの情報は商品だ。そして情報屋の仕事は信用がすべてだ。すべて自己責任になる。この二点を理解した上で情報を買うかい?」
「ええ」
結が頷き、情報屋は頬を上げる。
「では、30万ゴールド貰おう」
その金額に結にとって予想外のものであった。
それだけのお金があれば、レベル100未満のプレイヤーなら装備一式が揃うだろう。宿なら一年以上泊まれる金額である。
白の世界でたくさんの素材を集め、レベルを上げてきた結は十分払うことができる金額であるが、一瞬考えさせられるものであった。
数秒考え、再び頷く。
「これで良いかしら」
アイテム欄から、お金を取り出し、アイテムに変換する。金貨の入った袋の形である。それを情報屋は確かにと受け取る。
そしてその袋を引き換えに、情報屋は紙を取り出す。
これは先ほど情報屋が持っていた本から魔女シリーズの第二に関する情報のみトレースしたものである。
その紙を受け取り、結は内容を確認する。
魔女シリーズの第二。そのすべての装備の作り方が細々と書かれた内容。
これを嘘かどうか判断する力を結は持っていない。信じる他ないわけである。
「それと、一ついいかしら」
「まだ他にも買うのかい?」
「そういうわけじゃないのだけれども」
結はあのプレイヤーの名を口に出す。
「一ノ瀬樹。このプレイヤーに心当たりはあるかしら?」
その名前に情報屋は考え込むふりをする。
思い出そうとしているわけではない。知っている。だからこそ考え込む。
「知っている。それが?」
「彼に情報はいくらぐらいかしら?」
「何が知りたいんだ?」
「どんなプレイヤーで、どこにいるのかを知りたい。それとプレイヤーとしての危険性も」
「残念ながら彼に関する情報に価値はつけれない」
それはつまり、情報屋でも名前だけで詳しくは知らないのだろうか。
なんて思っていると、違う答えが返って来た。
「上位プレイヤーにとって、彼は一般常識に近いほど有名なプレイヤーの一人だ。それは情報屋にとっても。だからそもそも商品として扱っていない。無料なら教えよう」
「ここで私を騙してお金をもっと貰おうとは思いつかなかったの?」
「いっただろう。情報屋は信用がすべてだ。問題に発展しかねることは止めておきたい」
その言葉になるほどと結は思わず納得してしまう。
「さてと、彼についてだが。彼はトッププレイヤーの一人だ。そして、トッププレイヤーの中でも少数のプレイヤーキルをしていないプレイヤーだ。つまりは非情に温厚なプレイヤーということだ。それと、これは最近仕入れた情報だが」
情報屋は最近耳にしたことを思い出しながら続ける。
「今、この街にいるらしい」