第2話 恋
楓が仲間になってからおよそ三日が経ったある日のこと。
今抱えている問題を解決した樹たちは当初の目的である連続クエストをクリアしていく。
ルルルの討伐、ルルワイバーンの討伐、ルルプルルの討伐。
ルルの名を持つモンスター、正確に言えばlulu種と呼ばれている。他のモンスターと比べてバランスの良いモンスターが多く、すべてのlulu種はスキルを使用してくる。同レベルならば敵にしたくないモンスターである。
最上級モンスターの復活までおよそ二日に迫った中、このlulu種の討伐が一つの問題へと発展した。
樹や茜からするとレベル差から雑魚であるのだが、楓からすると違う。例え自身よりもレベルが低いモンスターでも倒すのに一苦労する。
だからと毎回樹や茜が壁をするのは、楓からすると申し訳ないみたいで、役に立っていないと思うらしい。
客観的に見れば実際にそうなのだが、樹たちからするとペットに壁をお願いする形で十分解決できるのだが、楓がそれを拒否した。
仲間だからこそ、迷惑を掛けたくない。
そんな楓を見て、樹は一つの提案をした。
「レベル上げですか?」
「今まではクエスト次いでのレベル上げだったけども、今回は違う。レベルのみをひたすら上げようと思う」
楓からすると、いまいちピンとこないらしい。
樹と出会ってから今日までにすでに15レベル近く上がった楓からすると、十分レベル上げに力を注いでいるように感じていた。
それよりもさらにレベル上げに力を注ぐのは、一体どれほどのものなのか。
楓の中ではスパルタな光景が目に浮かぶ。
「次の大陸に行っても良いけども、ここにも良いレベル上げ場所があるから、そこに行こうかなと思う」
「それはどこですか?」
「白の世界」
「白の世界、ですか? そんなダンジョン、聞いたことないです」
楓が呟く中。
その言葉をどこかで聞いたことがあった茜はのんびりと思い出そうとして。すぐにそのダンジョンの難易度を思い出し、樹に詰め寄った。
「ちょい、待って。樹、あのダンジョンに楓さん、行かせるつもりなの?」
「ダメ?」
「ダメに決まっているでしょ。あんな危険な場所」
茜の言葉に楓が不安そうに樹に聞く。
「危険なのですか?」
「私がソロでクリアできるか怪しいぐらい」
その言葉に楓は想像を超える難易度なのだと理解した。
「今の楓ならクリアできそうだけども」
「確かに、挑戦したのだいぶ前だから。今なら可能性はあるけども。でもクリア者は一人のみでしょ、あのダンジョン」
「そうだったね」
「一人しかクリアできないのですか?」
楓の言葉に二人は小さく頷く。
「それで、あんな危険な場所で樹はどうやって楓さんのレベルを上げるつもりなの?」
「楓さんと一時的にパーティー組もうかな、と」
「…………は?」
茜がその言葉に、思わずそんなドスのきいた声を出す。
そして深いため息とともに。
「…………まあ、良いや。樹が何を考えているのかは今のパーティー組もう発言で何となく分かった。でも私はパーティー、組まないからね?」
「うん。あくまで僕と楓さんの話だから」
パーティーを組むことで得られるメリット。
その一つが経験値の配分である。これはレベルの値を基準に経験値をパーティーメンバー内で配分させる。つまりは、例え一切何もしていなくても経験値が得られることになる。
今の樹と楓のレベル差では、楓が得られる経験値は1%前後であるが、それをカバーできるほどのレベルのモンスターを狩れば結果として楓のレベル上げができる。
ただこれには危険も伴う。
楓にとって高レベルのモンスターを狩る際、樹は常に楓を守りながらモンスターを狩る必要が出て来る。そうしなければ、モンスターの攻撃で楓が即死してしまう。
「私が樹君とパーティーを組むのですか?」
「うん、嫌じゃなければ」
「そんな、嫌なわけありません! すごく嬉しいです!」
楓はパーティーを組む発言に妙に嬉しそうに、樹の手を取った。
ギュッと強く握り続ける。
「よろしくお願いします、樹君」
それを見て、茜は深いため息をつく。
茜は今の楓の気持ちを知っているからこそ、何とも言えない居心地の悪さに見舞われていた。
「あの、楓さん。どうして手を握るの?」
「すみません。ダメでしたか?」
「ダメじゃないけども」
妙に距離が近い楓に対して、樹はずっと戸惑いを見せていた。
それは昨日のこと。
楓が茜に対してした相談である。
「あの、今日お時間良いですか?」
「うん。大丈夫だよ。どうして」
「相談がありまして。あ、茜ちゃんと二人で話したいことです」
「相談?」
「はい。よろしいですか?」
「うん。良いよ」
相談をお願いされた茜は断る理由もなく、楓と二人で楓が寝泊りしている部屋へと行った。
どんな相談なのだろう。
なんて軽く考えていると、楓の口から出たのは想像以上のものであった。
「その、樹君のことが」
「樹が?」
「日に日に好きになってしまっていて」
「…………え」
茜は言葉を失いかける。
茜の目的では樹に楓のことを好きになってほしかった。その副産物として楓にも樹のことを好きになってほしかったのだが。
双子だから分かる。樹はまだ楓のことは好きになっていない。異性として少しは見ているようだが、まだあの子のことを想っているのか、距離を置いている。
すでに茜の中で諦めていた作戦だった。
それが、まさか楓から樹への一方通行になるとは思っていなかった。
茜は少しばかり考え込む。
これは好機でもある。
楓の気持ちがどれほどのものなのかを茜は知らないが、これから楓の行動が変わるかもしれない。そして楓が強く樹にアタックをしかければ、片思いが両想いになるかもしれない。
さらにそこに自分が手を加われば、確実なものにできるかもしれない。
諦めていた樹と楓をくっ付ける作戦が成功するかもしれない。
なんて考えていると、楓がこの恋愛感情について不安を口にする。
「でも、茜ちゃんがいますから、その。茜ちゃんにとって居づらくなるでしょうし。やっぱりこの気持ちは押し殺した方が良いのかなって思って」
「私のことは別に気にしなくて良いよ」
というか、して。という言葉が喉元まで出てしまう。
これが昨日受けた相談内容。
この時までは、茜はその居心地の悪さを甘く見ていた。所詮、少し甘い現場を見てしまうぐらいだろう、なんて考えていた。
ただ実際は違う。
茜は楓の恋愛感情を甘く見ていた。
「それで、どれぐらい好きなの? というよりも、どんな風に行動するつもりなの?」
「そうですね。明日にでも告白しようかな、と」
「…………え? え?」
その言葉に茜はまるで樹みたいだなと思ってしまう。
樹も、もしもまた出会えたら告白するつもりでいるらしい。
似たもの同士、なんて思って。すぐに、ことの重大さに気づく。
楓から樹への気持ちは相当高いものだと、そこで茜はやっとで気づく。
慌てて楓の突拍子のない行動を止めようとする。
「流石にそれは困るかな。樹が答えてくれなかったら、相当雰囲気気まずくなりそうだし」
「そうですね。樹君が私のこと異性として見ていないのは気づいています。流石にそんな賭けは止めた方が良いですよね」
はしたないことをしようとしていた、なんて言わんばかりに楓は茜の言うことを聞いてくれる。
一切見ていないわけではないのだけれども、なんて茜は思うが口には出さない。
「では、異性として見ていただけるよう頑張りたいと思います」