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ベントレーじじいの蔵

作者: 桜町妖太郎

 あれは小学五年の秋だったか。田舎に住んでた頃の話だ。

 当時の俺は、他人にイタズラをして迷惑かけることが趣味であり特技であり生き甲斐であるという凶悪トリプルコンボの糞餓鬼だった。

 狼少年よろしく「河童がいた!」「ツチノコが出た!」はては「血だらけの包丁を持った黒い服の男に追いかけられた!」なんて言って警察沙汰になったこともある。

 親にも先生にも近所のおじさんにもさんざん怒られ何度も殴られたが、全く懲りず悪びれず不屈の闘志に燃え、手を変え品を変え人様に迷惑かけ続けた。


 そんな中でも、俺が特に意識してターゲットにした一人がベントレーじじいだ。

 ベントレーじじいとは、その名の通りベントレーという高級車を所有し乗り回している年寄りで株式会社の会長らしい。

 パッと見は白髪の紳士っぽいが怒りっぽくて、愛車の茶色いベントレーを運転している時に、些細なことで大袈裟にクラクションを鳴らすことで有名だった。

 斯く言う俺も、度々、通学や出先からの帰宅途中に歩道の無い道路で出くわし、もっと端へ寄れとばかりに喧しくクラクションを鳴らされた。俺はその度「うるせー!」と叫びつつ道の端へ避けてフラストレーションを溜めていた。

 んで、夏休みのある日、偶然にそのベントレーじじいの住む豪邸を突き止め、バカデカい屋敷に爺と婆の二人きりで暮らしているのを知り、ベントレーじじいの妻のばばあが着付けやら日本舞踊の先生みたいなのやってて、二人揃って昼間は留守にすることが多いってことを知った。

 ちなみにベントレーじじいの妻は白いクラウンに乗っててクラウンばばあと呼ばれてた。まぁ、ばばあの方はどうでもいいんだけどな。


 ここまで話せば想像はつくだろう。

 無論、俺はベントレーじじいとクラウンばばあが留守にしてる時に屋敷の敷地に侵入してイタズラしたわけだ。

 池に入って錦鯉と戯れるたり、池にザリガニやオタマジャクシを放流してやったりした。

 枝切ハサミを見つけて庭木を俺好みに剪定してやったりもした。

 縁側のサンダルにフーセンガムを付けたりもした。

 砂糖を撒いて蟻んこを玄関に誘導したりもした。


 で、屋敷の敷地には蔵もあって、そこには鍵や錠前が付いてなかったから、当然入ってみた。

 埃だらけで滅多に人の入らないらしい蔵の中は異様な臭いがした。埃臭い以外に、なんてゆーか小便や大便やゲロみたいなののの付いた衣類を放置してたような、超気持ち悪い「おえーっ!」て言いたくなる臭い。

 蔵の中は、長持[ながもち]って言うのか舌切り雀の大きい葛籠みたいな衣類とか大事な物を仕舞う木製のデカい箱が何十個もあって、その全てに鍵がかかっていた。たぶんその長持の幾つか全部かが異様に臭いんだと思った。

 臭いし不気味だし面白い物も無いしで、一度入ったきりでイタズラする気も失せたな。



 話は前後するが、ベントレーじじいの宅地に侵入するよりも前に、俺のクラスに転校生が入った。

 6月だったか7月だったか、一学期の中途半端な時期に引っ越してきて転入したのを憶えている。

 そいつが超問題児だった。俺とはまた別のベクトルでな。

 小太りでジャガイモみたいなツラしてるから、ポテトって渾名を付けてやった。

 ポテトは知将……もとい知障だった。勉強が苦味なだけでなく、コミュ力も常識も乏しいアホンダラの抜け作で、基本的に俺らに馬鹿にされても平気なツラしてるが、何がスイッチなのかたまに大声出して激怒したりした。

 俺らクラスメイトはもろちん……いや、勿論のこと担任教師も「どうしてこんな奴が……」って嘆いた。

 そして、たちの悪いことに、どういう訳か俺がこの知将ならぬ知障ポテトに気に入られたのか気に食わないのか、やたらに付きまとわれた。

 ポテトは俺が水道で水を飲もうとすると、俺を押し退け水を飲み。また、俺がトイレで小便しようとすると、俺を押し退け小便出ないくせにチンポを出した。給食の時間にずっと俺の顔を見てたりもした。

 とにかく糞ウザい糞ポテト。


 イタズラ盛りだった俺は「糞ウザいんだよ!」って意思表示としてポテトにも嫌がらせのイタズラを何度もしたが、逆に面白がったり、一旦泣いてもまたすぐに付きまとってくる。

 俺はポテトが二度と俺に付きまとわないようにと、自宅の押し入れや物置小屋なんかを漁って、必殺のSレアアイテムを探し策を練った。

 運良く、或いは運命の悪戯か、俺は物置小屋で使われてない特大南京錠と鍵のセットを見つけ、それはすぐに頭の中でベントレーじじいの屋敷の蔵と結び付く。


 小学五年二学期の秋。水曜日だった筈だ。

 放課後、俺はポテトを挑発気味に「一緒に遊ぼうぜ!」みたいな感じでベントレーじじいの屋敷へ誘導する。じじいとばばあは水曜日は6時過ぎまで留守にしてる。

 で、「お宝探しだ!」みたいなこと言って唆し、ポテト独りを蔵に侵入させ、俺は速攻で扉を閉めて持参した南京錠を掛けた。

 頭の悪いポテトも扉が閉まり真っ暗になると、すぐに扉を開けようと「うーうー」唸って必死に力を込める。しかし、戦後に改修したらしい頑丈な鉄扉にデカい鉄製南京錠。大人でも開けられるもんじゃない。

 いい気味だ。ウザいポテト野郎も、これに懲りて俺に付きまとわなくなればいい。

 蔵から唸り声が聞こえれば、ベントレーじじいが何とか南京錠か扉を壊して出してくれるだろう。

 俺はそのまま人目につかないように帰宅した。ちなみに南京錠の鍵は俺のズボンのポケットな。


 次の日、登校して教室へ入ると、ポテトの野郎が先に来ていて俺と目が合った。

 マジでぎょっとしたね。

 いつも人を驚かせる立場にいる俺が、まさかポテトと目が合って心臓が止まりそうなほど驚くとは思いもしなかった。

 というのも、いつもヘラヘラニタニタしてる奴が、なんか妙に真剣てゆーか俺に反省を促す大人みたいな表情してやがったからさ。

 まぁ、でも、俺も謝る気なんてさらさら無いし、無視して友達とカードゲームの話とかして、ポテトからも何もしてこないから、結局は下校の時間までずっと無視してやった。

 ポテトの奴は直接は俺に接触してこないものの、気がつくといつも俺を見つめていた。昨日までとは別人みたいな顔つきで黙って。


 で、下校の時間。

 俺が小走りに自宅へ向かっていると、後ろからパタパタ足音がする。

 ポテトがついてきてやがった。

 あいつは今まで俺の家までついてきたことは無いし、恐らく知らない筈。あんな奴に自宅を知られても百害あって一利無しだろうから、俺はわざと遠回りしてポテトをまくことにした。

 人気の無い所で近づいてきたら、問答無用でぶっ飛ばして速攻帰宅しようとも考えたが、知障のくせに勘がいいのか付かず離れず絶妙な距離を保って来やがる。


 ようやくポテトの姿が見えなくなったと思った時、俺はベントレーじじいの屋敷の前まで来ていた。避けてもいなかったが、ここまで来るつもりも無かった。

 ベントレーじじいの屋敷の門前にはパトカーが停まっていて、近所の住人らしい爺さん婆さん達が何人もいた。さては空き巣か強盗でも入ったかとワクワクして、俺は人懐っこい感じの婆さんに訊いてみる。

「何かあったんですかー?」

「ひ……人が死んでたって」

「えっ?」

 俺は先ずベントレーじじいが恨みを買って殺されたんだと思った。俺らばかりじゃなく、クラクション派手に鳴らされてムカついた奴はたくさんいるだろう。

「この家の人じゃなくて、他所の子供なんだって」

「!?」

 婆さんの二言目は全く予想外だった。

 子供? ベントレーじじいがムカついた子供を引っ捕まえて殺したのか?

 その時は、それ以上の情報を得られず、俺はポテトがついてこないのを確認しながら帰宅した。


 翌日、登校して緊急の全校朝礼が体育館であって、そこで俺は昨日より更に驚いた。

 なんと、昨日、ベントレーじじいの屋敷で死んでたのはポテトだったからだ。しかも、一昨日の夜に屋敷の池で溺れ死んでいたんだと。死体が発見されたのは昨日の昼間だったらしいがな。

 俺がザリガニやオタマジャクシを放流して、小便したり唾吐いたりした池でポテトが死んでやがった。まぁ、そこは俺的に面白おかしい爆笑ポイントだ。だが、笑えねえ。

 ポテトが自力で隠し通路か何か見つけて蔵から出たんならいいさ。俺がポテトを蔵に閉じ込めたことが大事にならないんだからな。

 でもよ、昨日、ポテトは学校に来て一日授業受けて、下校の時は俺の後をついてきたんだぜ?

 体育館で黙祷(俺はするフリだけ)して教室へ戻ると、俺は友達に確認してみた。

「なぁ、ポテトの奴、昨日は来てたよな?」

「えっ……? 昨日はあいつ休みだったよ」

「いやいや、いつもより静かにしてたけどさ、朝から下校の時間まで一緒に授業受けてただろ?」

「いや、絶対に休みだったよ」

 友達は真面目な顔で休みだったと言い張るが、納得いかない俺は他のクラスメイトや先生にも訊いてみた。が、俺以外は誰も昨日はポテトの姿を見てないと言う。

 それから家帰って確認したけど、新聞やテレビでもポテトは一昨日の夜に死亡していたってことになってるし、だとしたら昨日は死んでいて登校もクソも無いんだよな。


 つまり、他のクラスメイトは見なかったし信じてくれなかったけど、俺だけポテトの幽霊を見たって話だ。

 俺もあいつの幽霊見たのはあの日だけだし、特に体調崩したり大怪我することも無く、健康優良で今日まで生きてこれた。

 ポテトの奴は知障だったし、とりあえず、お気に入りだった俺の前にだけ幽霊になって出たんだろうな。

 ちなみに両脚はちゃんと付いてたぜ。だから幽霊だって思わなかったんだけど。

 俺の体験した奇妙な出来事ってのはこれくらいだ。



 そういや昨日、2年くらい前に別れた女と街でばったり出くわしたんだけどさ、そいつがガキ連れてたんだよな。俺の子なんだと。

 そいつとは、俺が中絶しろって言ってんのに「一人で育てるから絶対に産む!」とか言い張るから別れたんだけど、意外とサバサバしてるっつーか全く恨んだり憎んでたりしてない感じで拍子抜けした。ガキ連れてなきゃ、ホテル連れ込んでズコバコしたい感じだったよ。

 つーか、連れてるガキが気持ち悪りぃし、全然俺に似てないのな。なんつーか、あれ、さっき話したポテトの幽霊に似てるっつーかさ、泣きも笑いもせずじっと俺の顔を見るんだよな。超気持ち悪りぃ。

 あと、うろ覚えだけどポテトの本名とガキの名前が同じで、寒気がしたよ。

 後で認知しろとか言われても、絶対認知してやんねーし養育費とかも払わねーよ、俺は。

 

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・ 名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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