一期一会
「有難うございます」
女性は手をかけゆっくりと立ち上がり、泥の着いた手をはたいては頭をさげて礼を言う。
「それよりも こんな時刻に何どうしたのか?」
少し腰を打ったのか、立ち上がっては尻から順に擦り手で押さえている。
「いえいえ さほどのことではありませんが、、、」
夕闇に隠れて倒れた理由を聞くも、しどろもどろに筋がない。けれど倒れたことに自我の記憶が崩れることはよく有ることでもある。ましてや長時一人でもがいていれば、この世の終わりと思うてしまう。けれど、誰ぞ誰かに手を差し伸べられれば大概は恥と心得、嘘を作ってしまう事もあり、それに対して飾る化粧に水をかけるような下世話なこともされたくもないのである。
女性の話にハイハイとしどろもどろに一つの筋を作り見れば、なんということもない。日の光が消え失せ足の運びを踏み間違えたということだ。
「どれどれ、、」
畦に置かれる地蔵の横に肩を貸しては座らせる。地蔵に一つ手を合わせ、女性の足を揉むように触りいく。
「っいた、、、」
「ここも打ったか」
腰以外にも足の首も捻ってか、腫れ上がっているのがわかる。
「これでは一人で歩けぬな」
足の腫れに、田畑に流れる水路の水をかけようにも布がない。どうするべきかと、我が身の服や持つ物を確認するも、羽織に野良着、草履に足袋。内には下着の薄い生地。腰に巾着小銭が少々。残りは他に無いものかとバサバサと服を揺らすも何も出ず。
「ならば、、」
羽織に手をかけ脱ぎ捨てて、野良着の袖をつまんで破る。切れた袖を水路に沈ませ水を切る。腫れた足に結びつけては「これで丈夫」と女性の顔を覗き見た。
女性は少し戸惑いつつも暗闇に隠れた顔を崩している。
女性一人置いていくものはどうなものかと地蔵の横並び座り、話す会話が見つからない。闇と一緒に沈黙が流れていく。
見ずも知らずも他人同士。袖が触れ合う仲でも無い。たまたま時同じしてこの場に居合わせただけのこと。情を吹かせて近づくことも出来るが、そんな大層なモノは持ってはいない。持っていないというのなら、作ってしまえと何処からともなく聴こえてくる。けれど、作れと言われてもそうそう作ることは出来はしない。出来るとすれば、その場をスッと立ち去るだけである。
時が進みを悪くする
若い時程無茶をしたがるわけであり、そこには道徳的なモノは隠れているのである。隠すわけではないが、身を潜めているが合っている。なら何故に時が進みを悪くするのか。全て新しいものと見て取れば、全て真新しく童心に返るはず。しかし童心に返ったとしても、移る動作が鈍くなる。
要は、飾った造りも中は空。ハリボテのような取って付けただけでは意味がないということである。
「有難うございます 私はこれなので 先を行かれませ」
女性は流れる沈黙を射つように口を開いた。
「いや それだと 貴女が」
私は女性の言葉に流されるように言葉を発する。
どちらがどちらをと気をかけては何も出来ず、歩きだすこともままならない。時を進ませることさえ出来ないでいる。ずっとその場に居るのならそれはそうと構わない。けれど、居座る場所では無いのなら一も速く動かなければならぬ。しかし一人ならまだしれず、怪我をおう人を見捨てるようなことも出来ずに、相手の気持ちを察しても、ついつい気を揉んでその場を離れられないというもの。
「貴女は 何処にむかうのか?」
どうも進みが悪いのは、目的というものが無いからである。目的を持っているのであれば、時さえも動かせるというもの。しかしそんな目的など持ったこともない。気になることさえその場でやるだけで、大層な時をかけては求めるほど野望めいた木など育てたことがない。一日一日コツコツと飯の種にと野菜を育てただけである。
「私は 隣のあの場所へ」
女性は汚れた手で歩く先を指差した。
「ならば そこまで一緒に」
目的など持ったこともない己の心に、一つ作ることにした。それは時を進めるというもの。他人のものに写り被せそれを己の目的とする。迷い流れた場に置いて、それは間違う事なき作り形である。目的さえも見失えば動けなくなるというもの。時を動かすには、他を使うのも一つの手であるということである。
酉の誘いに見失い、ここは何処かと消えいく時が、些細な出会いで動いていく。
「では 行くとしますか」
女性の手をつかみ肩を貸しては歩いていく。何か入った風呂敷を女性から受け取り、暗闇の中に消えていく。




