回想-後編
「樹くんのせいだからね。」
突然そんなことを言われて俺は混乱した。
「何が?俺何かしたっけ?」
「樹くんに会ってから山に来る理由が現実逃避じゃな
くなった。」
それ俺悪くねーじゃん。
「ほんとは分かりきったことだったんだけどね、現実
に生きてるのに現実から逃避するなんて不可能だっ
てことなんて。」
「前まではここに来てたのは家にいたくないからだっ
たんだけど.....山に来るのが楽しくなったんだ
よ。」
「樹くんのせいで今まで逃げてたのがばかばかしく思
えて来ちゃったんだ。」
「そりゃどーも。」
樹くんのせい、なんて言われたがそれは心咲の自嘲が入ってたからだ。
むしろ自分のおかげで楽しくなれたと言われたような気がして少し嬉しかった。
「現実が好きになったわけではないけど。」
と、心咲は補足を加えた。
心咲が立ち上がった。
「木の実採ってくるね。」
「採れるのか?」
前は木の下でぴょんぴょんして結構悪戦苦闘してるように見えたけど。
「樹くん、人は日々成長するもの。」
そう言って心咲は木に向かった。
.....。採れてねーじゃん。
相変わらず木の下でぴょんぴょんして木の実に手を伸ばす心咲。少し微笑ましいが、危なっかしいので自分で採った方が良い気がしてきた
と、思ったら心咲が帰ってきた。
「ほら、採れた。」
心咲の手には幾つかの木の実が握られていた。
「おぉ、成長するもんだな。」
「でしょ。」得意気に言ってきた。
「ん?これいつものやつじゃない?」
「ん、今日のは違うやつ。」
食べてみた。
「へぇ、こっちもいいな。」
「気に入った?」
「そうだな。」
「なら嬉しい、かな。」
これを期に心咲は毎日木の実を採ってくるようになった。
別の日。
「ねぇ、樹くん。」
「ん?何だ?」
「あのね.....やっぱり植物にはなれないよ。」
「はぁ?」
「露骨に意味不明って顔されても。」
いや、意味不明。歴代最高に意味不明。
「どういうことだよ。植物なりたいんじゃねーの?」
「ぼくらは人間として生まれたわけだから、植物には
なれないなって。」
「植物になるのは辞めるってことか?」
「“ことわり”だからね。しょうがない。」
昔、漢字で書かれた“ことわり”を“り”って誤って読んだな.....とどうでもいいことを思い出した。
この次の日に心咲は植物状態になった。




