異世界転生時のキャラメイキングで粘れるだけ粘った男の話
今日も短編を書いてみました。
「――……ん? ここは?」
気がつくと俺は、どこか知らない真っ白な空間にいた。
――ああ、そうか……確か俺は、道に飛び出した子どもをかばって……。
トラックにはねられたのだった。いや、上から落ちてきた鉄骨に押しつぶされたんだったか? そもそも子どもなんかかばったっけ? バナナの皮で滑って転んだのかも知れない。良く分からん。とにかく俺は死んだのだ。
「細山田さん――細山田甚五郎さん――」
誰だ、俺の名前を呼ぶのは。振り返ると白い空間の中に椅子があり、女が一人座っている。どえらい美女だ。
「私は女神です」
「女神……だと?」
とてもそうは見えない。女は確かに美人だが、その服装はどこかの信用金庫の受付のような格好だ。
「小野恵理子」
「ちょっとやめて下さい!! 名前を呼ばないで下さいよ!!」
胸のネームプレートに書いてある名前を読み上げると、女は咄嗟に名札を隠した。
「小野恵理子? 女神っぽくない名前だな」
「失礼な! 気にしてるのに! 仕方ないでしょう!? 現代日本担当なんだから!」
わめく女神をよそに、俺は冷静に何の用だと聞いてやった。
「ず、随分ふてぶてしい人ですね……。おほん、実は天界の方で手違いがありまして……。あなたは死ぬ予定では無かったので、特別に転生させる手続きを取りたいと思います」
「転生だと?」
「はい、転生先は元の世界ではない、どこか異世界になりますが……細山田さんにはそこで、勇者として世界を救う役目が与えられます」
「ふぅむ、勇者か。悪くないな。で? 手続きっていうのは何なんだ?」
「別に難しいことではないですよ。これからあなたには、転生先の肉体をデザインしてもらいます」
――何?
俺の目がきらりと光った。
「新しい身体を、自由に作れるのか」
「はい、それが天界からあなたに与えられたサービスですね」
俺は腕を組んで考える。これは中々おいしいことになりそうだ――と。
「え~と、まずは性別を決定してください」
いつの間にか目の前にはカウンターが出現し、女神はその上で書類を読み上げている。
「性別か」
「はい、これは男性でいいですよね」
「待て」
俺は女神を遮った。せっかく転生するというのに、再び男に生まれるというのはあまりにも芸が無い。TS物が流行っている昨今、ここは女に生まれ変わるというのもありだ。
「え……まさか女性になる気ですか? 精神は今のままですから、ギャップも多いですし、色々と苦労しますよ?」
「ちょっと待て、考える」
一度は女になってみたい。これは男子ならば誰しもが考える夢だろう。同世代の女子たちとキャッキャウフフしたり、堂々と女風呂に入ったりだ。
しかし女神が言っていることも理解できる。女には女にしかない悩みなどもあるだろうし、下手に男に言い寄られることになっては目も当てられん。――いや、それはそれでありなのか? 男にちやほやされる俺……そういうのも悪くないかも知れん。
一方、男になった場合はどうだろうか。異世界転生といえばハーレムだ。チートなスペックを利用して、そこらの女をホイホイ引っ掛けまくる。これはお約束として外せない。勇者として、パーティーを女で固め、あっちこっちに現地妻を作ってウハウハだ。いや、だがしかし、女になってもハーレムが作れないわけではない。これは一体どうするべきか…………
「――……男だ」
四時間ほど悩んだ俺は、結論を出した。
「あ~、はい。ようやく決まりましたか。じゃあ次に行きますね」
「待て」
「……なんですか? やっぱり女性にしますか?」
「これは後で変更できるのか?」
「え、一応できますけど――」
「分かった。後でもう一度考える」
女神は勘弁してくれという顔をしているが、これは人生における重要な決定だ。俺は構わず次を促した。
「はい……え~と次は、種族を決定してください。――これは簡単ですね。人間にしておきます」
「待て」
「なんですか?」
「人間以外にもあるのか?」
「あ、はい。ここに書いてあるものには全部なれますけど――」
そう言って女神が書類を差し出す。――人間から始まって、エルフ、ドワーフその他諸々。おっと、魔物なんかにもなれるのか。
「エルフにでも転生しますか?」
「待て、考える」
エルフか。ふむ、それも悪くないな。迫害される立場にありながらも、魔王を倒す使命を負ったイケメンダークエルフ――そんなのも格好いいじゃないか。
しかし魔物というのもありかもしれないぞ。ドラゴンなんか強そうだしな。ワーウルフなんかも渋くていい。
いやいや、オークになって異種族をはべらすというのも興奮する。かたつむり? ――それはそれで未知の快楽があるかも知れん。郵便ポスト? 郵便ポストって種族か?
しかしなぁ、下手に異種族になって、感覚の違いに戸惑うのも辛いかも知れないしなぁ……――
「――……やっぱり人間にしておく」
「ふぇ? あ、は、はい」
十時間ほど考えて決断した。カウンターに頬杖を突いて居眠りをしていた女神は、慌てて姿勢を正している。おいおい、口の端に涎がついているぞ。
「次は何だ」
「は、はい。次はですね……基礎能力を決定してください」
「基礎能力?」
「筋力・器用さ・健康度・知性・判断力・魅力の6つですね」
女神はざっと基礎能力の説明をした。この数値によって、自分の力や魔法に対する適正、生命力などが決まるらしい。
「それも自由に決められるのか?」
「いえ、これを使います」
そう言うと、女神はカウンターの中からいくつかのサイコロを取り出した。
「このサイコロを振って出た数値が、あなたに与えられたボーナス値になります。それを割り振って決めてください」
「これは――一度振ったらそれで終わりか?」
「いえ、サービスですから。一応何度でもやり直せますが……」
俺はにやりと笑った。そうでなくてはならない。
「ちなみに、ボーナスの最高値はいくつだ?」
「え、82ですけど……まさか。最高値が出るのって、ものッすごく低い確率ですからね! それまで粘るなんてやめて下さいよ!?」
「…………なあ、小野さんよ」
俺は涼しい顔で呼びかけると、女神の肩をぽんと叩いた。
「いや、何ですか。なれなれしく触らないでもらえませんか。あと小野って呼ばないで下さい」
「――俺はな、ずっと思ってたんだ」
「聞いて下さいよ」
「もしも俺を作った奴がいるのなら、何でそいつはもっと粘らなかったんだ――ってな」
「はぁ」
「もうちょっと能力値高めに作ってくれれば、こんなに苦労しなくて済んだのになぁ――ってな」
「…………」
「知性とかINTとかのポイントがあるなら、もっと多めに割り振ってくれりゃあ学校で楽できたのになぁ、とか、魅力やカリスマのステータスがあるなら、とにかくそれに振っておきゃあ、女に貢いでもらって、人生楽勝だっただろ!――とかな」
「割と最低ですね」
女神は憐むような瞳を向けてくるが、こんなのは人間なら誰だって考えることだ。俺はサイコロを手にとって微笑んだ。
「――……いくぜ?」
そこから、俺と女神の果てしない挑戦が始まった。
◇
「――」
「――」
「――」
「32」
「27」
「え~っと、ひい、ふう、41」
「14」
「24」
「24」
「あ、また24だ」
「34」
「43」
白い空間の中で、俺は延々とサイコロを振り続けている。もう半日は経っただろうか。ここに居ると時間の経過が良く分からない。女神はうんざりした顔で数字を読み上げているが、中々最高値が出てこない。さらに百回ほどサイコロを振ると、女神が叫んだ。
「75――あ!! 結構高い数字ですよ! もうこれで我慢しましょう!?」
「最高値まで8ポイントもあるじゃないか」
「70以上が出るのは天文学的な確立になるんですから、これ以上の数字なんて出てきませんよ!! 大体一々サイコロの数字を合計しないといけないから、ものっすごく面倒なんですよ!!」
「駄目だ。――78以上が出たら我慢する」
「その数字はどこから出てくるんですか……もうサイコロを数えるのは嫌ですよぉ。こんなの拷問だぁ!!」
女神はさめざめと泣き始めた。泣く位なら初めからこんなシステムにしなければいいのだ。俺と同じ立場になれば、絶対に皆粘るに違いない。
せめてお前はサイコロの合計値を瞬時に出す機械でも持ってこい。俺は再びサイコロを振り始めた。
「――」
「――」
「――」
「50」
「次だ」
「21」
「次」
「65」
「次」
「12。あ、最低値だ」
もう5日は経った。俺はサイコロを振り続けている。女神は数えるのに大分慣れてきたようだ。パソコンでマインス○ーパをしながら、横目で数字を読み上げている。俺も段々面倒くさくなって、並べた椅子に寝そべりながら、機械的にサイコロを振っていた。
「44」
「次」
「18」
「次」
「82」
「次」
「78? ……――あー!!!! 今最高値だったのに!!」
「何!? 何で止めない!!」
俺は慌てて身を起こした。
「いやもうボーっとしてたから……」
「やり直しだ!! 戻せ!!」
「だめですよ!! もう新しく振っちゃったんだから!!」
「ぐぬぬぬぬ」
「もう勘弁してください! 地味に今の数字だって高いじゃないですか! 目標の78ですよ!?」
「いやぁ……実際に最高値を目にした今となってはなぁ……」
我慢出来るだろうか、いや、出来ない。
「もうやめて下さい! もう耐えられない!! ――これ以上続けるなら、あなたを殺して私も死ぬ!!」
女神は髪を振り乱しながら、物騒なことを言っている。この空間で死ぬことは可能なのか?
――いやあ、それにしても後4ポイントかぁ。う~ん。
「お願いします!! 何でもしますから!!」
何でもしますと言いながら、いつの間にか俺の額には、女神がカウンターから取り出した拳銃の銃口が当てられている。何でそんなものがあるんだ。
女神が妙に据わった目で撃鉄を起こす。――オーケーオーケー、分かった。話し合おうじゃないか。
「――……じゃあこれで我慢する」
「はあ~。……ありがとうございます」
息を吐いた女神は、拳銃をごとりとカウンターの上に置いた。――そいつは仕舞わないのか?
「次は何だ」
「……次はその数値を、6つの各基礎能力に割り振ってもらいます。各能力には上限が無いので……どう割り振るかは自由です。――私が適当に決めてもいいですか?」
「駄目だ」
これこそが重要な部分だ。限られたボーナス値をどう割り振るか。これは永遠の命題と言える。
「はいはい分かりましたよ――。それで? どうしますか」
「最優先はやっぱり魅力だな。これは外せん。平均的な人間でどれくらいだ?」
「どの能力も、8あれば普通の人間ですね。7だと平均よりもちょっと落ちます。1だったら目も当てられません」
「ふむ。ハーレムを作るにはどれくらい必要だ?」
「よくそんな下衆なことを率直に聞けますね……。15で絶世の美男子というところでしょうか。人間の女性相手なら、これで十分過ぎると思います」
「頭を撫でただけで惚れられるレベルか?」
「何ですかその表現……まあ、そうですね」
それだけあれば十分な気もするが――一応聞いておこう。
「30くらい振ったらどうなる?」
「衝撃のあまり、老若男女を問わず、あなたを見ただけで即死します」
そうか、そりゃあ意味が無いな。じゃあとりあえず15くらいにしておくか。
知性も高くしておきたい。これも15くらいあれば良いか。俺は女神に聞いてみた。
「知性や判断力を高くしすぎると、今の人格を維持できなくなりますよ?」
「何? それは困るな……。今の俺の知性はいくつだ?」
「2です」
「舐めてるのか」
「本当ですって!! ほら、今のあなたのステータス!!」
女神が手をかざすと、空中に俺のステータス画面が開かれた。
――こいつは……ひでぇ。俺はそこに書かれた数字を見なかった事にした。
「まあいい。少々知性が高くなったところで、俺の強靭な精神は揺るがん」
「何なんですかその自信は……」
そう言って知性にも多目にポイントを割く。およそ丸2日をかけて、他の基礎能力にもボーナスポイントを割り振っていった。
◇
俺がこの世界に来てから、ざっと一月は経過しているのではないだろうか。決定してはやり直し、決定してはやり直しを繰り返し、ついつい時間がかかってしまった。
「はい、これでスキルの選択は終了ですね……」
およそ2万通りの組み合わせを試して、スキルの選択が終了した。
女神の目は既に死んでいる。この目は前の世界でも見たことがあるぞ。ブラック企業に勤めるOLの目だ。もしくは公園でブランコを漕いでいるスーツ姿のお父さんの目かも知れない。
「なあ、やっぱり剣術の才能はやめて、槍の才能にしようと思うんだが、スキルを組み直していいか?」
「…………っ!!」
「分かった。剣術の方でいい」
女神が無言でカウンターの上の拳銃に手をかけた。最近は何かというとすぐこれだ。お陰で手続きがスムーズに進行して仕方が無い。
しかし次の項目を読み上げようとした時。女神の瞳に再び光が宿った。
「次は――ああ!!!! 次で最後だ!! やった!! これでお家に帰れる!!」
何と、こいつは通いだったのか。まあそれも当たり前か。こんな何も無いところにずっといたら、女神だって気が狂うわな。
「次は何だ?」
「名前です!! 名前を決めてください!! 早く!! 決まったらすぐに転生させます!!」
喜びのあまりか、女神は冷静さを欠いている。忍耐力というものが足りんな。こいつには。
しかし――名前か、ふむ。
「小野さんよ」
「次その名前を呼んだら撃ちますからね!!」
「俺の名前――知ってるな?」
「……え、細山田――甚五郎さんです」
「そうだ。甚五郎だ。……平成のネーミングセンスじゃあない。あんたと同じように、俺もこの名前がずっと嫌いだった」
「……だ、だから何だと?」
「自分で名前を付け直せるなら――あんただって、そう思った事があるんじゃあないか?」
「…………」
「だから考える。最高にカッコいい名前をな」
これだけは譲れん。俺の真剣な表情に、女神も顔を引き締めて頷いた。
「――……分かりました。私も協力します」
◇
それから俺たちは、俺たちの考えるカッコいい勇者の名前を、ああでもないこうでもないと話し合った。
「☆十六夜鏡夜☆なんてどうでしょうか?」
「う~む。パンチが弱いな。大体転生先はヨーロッパ風の世界なんだろう? 漢字ってのはちょっとな。大体その☆は何なんだ?」
俺も女神も、こういうのは苦手だったが、それでも一生懸命考えた。
「このジェネレータを使えば、ドイツ語風の名前を考えてくれるんですって!」
「ネット繋がってんのか、ここ」
俺の新しい名前を、誰かと一緒に考えている。その行為には妙な充実感さえあった。
「いっそ『傷ついた片翼の堕天使』とか、そういうのもいいんじゃないか」
「いいですね! それ!」
そして二人で10日間考え続けて、ついに俺の――異世界の新しい勇者の名前が決まった。
「――ようやくお別れですね」
「ああ……色々あったが、世話をかけたな」
お互いに、ぶっきらぼうに言葉を掛け合う。いよいよキャラメイクも終わりだ。気のせいか、女神の目にはうっすら涙が浮かんでいるように見える。
「異世界に行っても頑張って下さい。穢――」
「おっと、その名前はまだ呼ばないでくれ。……今の俺はまだ、細山田甚五郎だ。そうだろ、女神――小野恵理子」
俺が名前を呼んでも、女神はもう怒らない。俺たちは片手を差し出し、握手する。
「じゃあな」
眩い光に向かって歩き出す俺。女神はただ、立ってその背中を見送っている。
――この光を潜れば、そこはもう異世界。その光の扉の前で、俺は女神を振り返った。
「……なあ、やっぱり能力値を振り直したいんだが――」
「撃ち殺しますよ?」
そうやって、俺は異世界に叩き出された。
もし名前が被った人がいらっしゃったら、申し訳ありません。