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Fortune ―ファウストの聖杯―(Prototype)  作者: 明智紫苑
本編、アスターティ・フォーチュンの物語
9/32

ロクシー

 私とミヨンママはテレビ局に到着した。私たちは楽屋に向かった。

 廊下の向こう側に、艶やかな長い金髪の女性がいた。彼女はサングラスをかけており、何人かの付き添いに囲まれていた。彼女がサングラスを外したのを見て、私は「あっ!」と声をあげた。

 ロクシー…ロクサーヌ・ゴールド・ダイアモンド。

「は、初めまして、こんにちは。私はアスターティ・フォーチュンと申します」

 私はロクシーに挨拶をした。しかし、彼女はしばらく私の顔を見てから、冷たい声でそっけなく答えた。

「あら、あなたがアスターティ? よろしくね」

 そして、プイとソッポを向いて、付き添いたちと一緒に自分の楽屋に入った。

 私は正直言って、彼女のそっけない態度に不快感を抱いた。大物芸能人には色々な種類の人たちがいるけど、彼女のような無礼な人は、あまり育ちの良くない成り上がりが少なくない。私はロクシーの出自を知らないが、おそらく下流層出身だろう。

 私たちは本番に向けてリハーサルをしている。サーシャたちもデヴィル・キャッツも真剣だ。

 ロクシーも真剣にリハーサルをしているが、私は彼女の取り巻きたちの中に若い黒人女性がいるのを見て思い出した。

 いつか、カフェで見かけた二人の女性客。一人は金髪の白人で、もう一人は黒人。私は彼女たちをそこら辺の学生だと思っていたけど、実はロクシーと付き添い人だったのだ。私が生身の彼女と「会った」のは今日が初めてだけど、彼女を「見た」のは二度目なのだ。

 そして、本番。ベテラン司会者と人気アナウンサーのやり取りの後で、私はステージに立った。

「Lucidity」

 私たちは無事に演奏を終えた。観客席からは大きな声援や拍手が鳴り響いた。しかし、私はスタジオを見渡し、ゾッとした。

 ロクシーが私をにらんでいる。

 やはり、彼女は私を快く思っていないのだ。

 番組の生放送が終わり、私たちは楽屋に戻った。

《何て嫌な人だろう》

 私は口には出せなかったが、ロクシーに対しては間違いなく嫌悪感を抱いている。「敵」…そんな言葉すら思い浮かぶ。多分、彼女も私を「敵」だと認識したはずだ。

 私は確信した。彼女と私が間違いなく不倶戴天の敵同士である事を。


 ロクシー…ロクサーヌ・ゴールド・ダイアモンド。私はあれ以来、しばしば彼女について考えている。

 彼女自身も一般人から嫉妬される立場だけど、彼女は自分より若い私に嫉妬しているのだ。しかし、私は彼女の悪感情に対してカマトトぶる気などない。ただ、私は自分の彼女に対する悪感情を公にする訳にはいかない。下手をすれば、大スキャンダルになってしまう。

 この業界には、口は災いの元という言葉通りの人間が少なからずいる。ロクシーの後輩の中にも、そのような女性歌手がいた。彼女はラジオの生放送中に中高年女性を蔑視する発言をしたのが問題となり、しばらく謹慎処分になっていた。それに、彼女は先輩ロクシーやその他女性歌手をバカにする発言をしていたので、余計にヒンシュクを買っていた。だから、しばらく干されていたのだ。

 少しでも自分を善人らしく見せるために「嫉妬という感情が理解出来ない」フリをする人間がいるが、私はそんな人に対してうさんくささを感じる。生身の人間ならば、大なり小なり他人に対する嫉妬心を抱くのが自然なのに、それを否定するのはいやらしい。それに、嫉妬心が薄い人間とは、よっぽど自信があるか、よっぽど他人に対して無関心か、よっぽど他人を見下しているかのいずれかだろう。私はロクシーをそんな人だと思っていた。

 しかし、私はあれでロクシーが「ただの人」「ただの女」であるのを知った。いかにも常人離れしたイメージのスターだけど、実際には平凡な悪意を抱く人だ。


 マリリンは今、妊娠中で休業している。予定日は10月だという。私はマリリンからロクシーについての話を聞いた。マリリンの旦那さんは色々な女性相手に浮気をしているようだが、その中にロクシーがいるらしい。しかし、ロクシーの男性関係はそれだけではない。政界・財界・芸能界の大物相手の交際が話題になっている。むしろ、スキャンダルが当人の本業みたいだ。

「あんな人にはなりたくないな」

「枕営業」という言葉がある。女性芸能人が有力者と肉体関係を持ち、そのコネで仕事を得るという汚いやり方だけど、ロクシーには常にその噂がある。さらに、元々そういう仕事をしていたのが成り上がったという噂もある。

 幸い、私はミヨンママや業界の有力者たちからそれを強制されていない。全くの処女だ。何しろ私はフォースタスの婚約者であり、大切な使命があるのだ。

「フォースタス、会いたい」

 ブライアンから聞いた話だけど、あの人は今、劇団〈シャーウッド・フォレスト(Sherwood Forest)〉で裏方の仕事をしているらしい。この劇団の団長がフォースタスの大学時代からの友達らしい。それで、この人はフォースタスに同情して、あの人を雇ったそうだ。

 いずれにせよ、私はまだまだあの人には会えない。

 私は、夢の中でしかあの人には会えない。

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