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Fortune ―ファウストの聖杯―(Prototype)  作者: 明智紫苑
本編、アスターティ・フォーチュンの物語
4/32

暗転

挿絵(By みてみん)

 6月の雨は、しっとりとした曲を作るのにはちょうど良いだろう。

 今日は日曜日だけど、雨が降っているので、私は外出する用事もなく家にいる。そして、曲作りをしている。コンピューターに向かってキーボードを(文字を入力する方のキーボードではなく、鍵盤楽器の形のキーボードを)叩く。私は、何度も何度も音の「推敲」を繰り返す。

 私の曲作りは、歌詞よりもメロディの方が先だ。大まかなメロディを決めたら、仮の歌詞を載せる。この二つの微調整を繰り返して、歌詞とメロディを合わせる。

 すでにアルバム一枚分の楽曲は出来上がっているけど、まだまだ曲のストックは必要だ。今の私の部屋では、私自身の声をサンプリングした音声合成プログラムが仮歌を歌っている。私は、この仮歌以上の歌を歌わなければならない。さもないと、私自身が「歌手」である必然性はないのだから。もちろん、手作業での楽器演奏もそうだ。

 部屋の窓から庭を見ると、アジサイの花が雨に映えている。そのアジサイの中に、青とピンクの二つの花の塊が並んで咲いているのが目立つ。「夫婦紫陽花(めおとあじさい)」、そう呼ぶのがふさわしい。

 今月もアガルタに行って検査を受けた。そして、久しぶりにゴールディに会った。



「元気?」

「うん。ゴールディも元気ね?」

「今は訓練とかが大変だけど、何とかやってるよ」

 ゴールディは士官学校の学生だ。人間とバールたちが机を並べて学ぶところ。

 私たちは、研究所の敷地内のオープンカフェにいた。ゴールディはコーラを飲み、私は抹茶ラテを飲んでいた。そして、アイスクリームを食べている。

「あんた、抹茶味好きだね」

「え?」

「抹茶ラテを飲みながら抹茶味のアイスクリームを食べてるでしょ」

「あ、そうだ」

「チャーハンと一緒に白いご飯を食べているみたい」

「何それ!? 何か違うけど!」

 私たちは苦笑いした。そういえば、私は抹茶味のお菓子やデザートを好んで食べる。

「そうだ、これあげる」

 ゴールディはバッグから何かを取り出した。白地に淡いピンクの花柄が印刷された小さな箱だ。

「これ?」

「来月、あんたの誕生日だけど、来月も会えるかどうか分からないから、今日あげる」

「ありがとう」



 先週もらった、その箱の中身。押し花を樹脂で固めたものを使ったピアスだ。私は市販品かと思ったが、実はゴールディ自身の手作りだった。彼女は休日にアガルタ特別区内にある手芸店で材料を買い、それらでこのピアスを作ったそうだ。

 そういえば、フォースティンも同じように押し花を樹脂で固めたものを付けたキーホルダー・ストラップを持っていた。

 私はタブレット端末を開いた。

 女性週刊誌の記事が取り上げられているサイトがいくつかあるが、ロクシーの恋愛ゴシップは定番中の定番だ。私の部屋の本棚に鎮座するロクシー人形は何のスキャンダルも起こさないけど、生身のロクシー本人は、華麗な男性遍歴を誇る。

 芸能界にはゴシップこそが本業だと揶揄される人たちが少なくないけど、今のロクシーもその一人だ。

「…ん?」

 …あれ? フォースタス?

 私の初恋相手で婚約者、フォースタス・チャオ。あの人の記事が載っている。私は恐る恐るそれを読んだ。

「黒い瞳のランスロット」。その記事の見出しだ。それは信じがたい内容だった。


 もうすぐ7月7日、私の誕生日だ。だけど、今年はお祝いされても嬉しくない。ゴールディからのプレゼントが嬉しかったのは、あの話を知る前だったから。

 フォースタスのスキャンダル。恩師アーサー・ユエ先生の奥さんライラさんとの不倫疑惑。そして、フォースタスとユエ先生の同性愛不倫疑惑。

 ユエ先生との不倫疑惑は全くのガセネタらしいけど、ライラさんとの関係はどうやら事実らしい。もちろん、証拠とされる隠し撮り写真が偽物という可能性があるけど、その可能性は低かった。

 私は授業中、泣きたくなるのを必死で我慢していた。本当は学校を休みたかったけど、病気や怪我でもないのに休む訳にはいかない。私はルシールやフォースティンと遊ばず、学校からまっすぐ家に戻り、自分の部屋に閉じこもった。

 ミヨンママやミナはまだまだ会社にいる時間だ。ブライアンもまだ帰ってきていない。私は、一人だ。

「フォースタス! どうして、どうしてなの!?」

 私は布団に潜り込んで泣きわめいた。自分は前々からフォースタスに避けられていたけど、こんな形で裏切られるのは本当に悔しかった。

 あの人からはまだまだ子供として相手にされず、他の女の人に持っていかれるのは初めてではない。しかし、よりによって人妻との関係、恩師の妻相手の略奪愛だなんて、許せなかった。



「お母さん、どうしてこうなるの!?」

 今月も検診のためにアガルタに来た。一通りの検査を受けている間は、私はじっとこらえていた。カウンセリングを受けている時は、精神科の先生が私の様子を心配していたけど、私は適当にごまかした。ただ、仮にマツナガ博士が相手だったら、私の本音を見抜いていたかもしれない。何しろ、私とフォースタスの事だから。

 検診が終わってから、私はミサト母さん…ミサト・カグラザカ・チャオ博士の部屋に行き、母さんに泣きついた。ミサト母さんは悪くない。だけど、私は怒りのやり場に困っていた。

「アスターティ…」

「私、どうすればいいの? 学校に行くのがつらい! 勉強も曲作りもしたくない!」

 そこで、来客のチャイムがなった。ミサト母さんは、ドアを開けた。

「チャオ博士、大変です! アーサー・ユエさんの奥様が殺されました!」

 ミサト母さんの部屋に若い男性職員が入ってきて知らせた。私は、衝撃のあまり倒れた。

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