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Fortune ―ファウストの聖杯―(Prototype)  作者: 明智紫苑
本編、アスターティ・フォーチュンの物語
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少女たちの歌

 なぜ、バールである私はフォースタスと婚約したのか?

 アガルタの研究者たちが言うには、人類は(しゅ)として限界に近づきつつあるという。その人類に新たな血を注ぎ込むために、人類とバールの融合が必要だというのだ。

 そもそも、バールたちは元々人間の亜種である人造人間であり、様々な点で人間より優れた資質を持っている。その「強い」血を人類と混ぜ合わせる。それで実験台に選ばれたのが、アガルタの研究者の一人ミサト・カグラザカ・チャオ博士の息子であるフォースタスと、古代フェニキアの太女神の名を持つ私だった。私は、アガルタの研究者たちから次世代の「聖母」「女神」となるべく期待されて産み出された。

「生ける偶像」「超人類」であるバールたちを、再び「人」に戻す。そんな重大な使命のために、私たちは婚約したのだ。だけど、私はまだまだ子供だ。フォースタスからは「妹のような存在」としか見なされていない。フォースタスは私に優しくしてくれるけど、私はあの人の後ろに他の女性の影を感じる。

 確かに私はまだまだ子供だから、フォースタスと深い関係になる訳にはいかない。だけど、私はあの人の心を奪う見知らぬ人たちに嫉妬していた。

 ただ、私自身も常に誰かに嫉妬されていた。いや、多分、今でも誰かに妬まれているだろう。バールたちはたいてい知能や身体能力の高い美男美女として産み出されるが、私は学校では見た目や学力や運動神経などで一方的に嫉妬され、距離を置かれていた。

 しかし、子供社会であからさまないじめを受けるのはむしろ、家が貧乏だったり、勉強や運動が不得意だったり、容姿やコミュニケーション能力に恵まれないなどという明らかな「弱者」の立場にいる子たちだった。私はその子たちに同情していたけど、何も出来なかった。なぜなら、私自身が新たないじめのターゲットになるのが怖かったからだ。それに、ああいう子たちは、下手に助け船を出されてもかえって逆恨みする場合があるのだ。

 実際、自分に馴れ馴れしく親しげに振る舞う「正義の味方」気取りのクラスメイトを罵るいじめられっ子がいたのだから。


 かつての日本には「姥皮(うばかわ)」という魔法のアイテムが出てくる昔話があったという。姥皮とは、若く美しい女が色々な意味での保身のために醜い老婆に変身する道具だ。この魔法の皮をかぶった女は他の女たちに嫉妬されず、対象外の男からの性的被害に遭わず、最終的には好条件の男に見初められて、玉の輿に乗った。

 そして、ある女性作家はこの「姥皮」を「女社会」のサバイバル術になぞらえた。女は自らの美質を鼻にかけてはいけない。さらに、自らの美質それ自体に対して「無自覚」のポーズを取らねばならない。他の女たちの嫉妬心をかき立ててはいけない。そして、他の女たちを出し抜いて男に取り入ってはならない。

 それで、過酷極まりない女社会でのサバイバル術として、いかにうまく「自虐のフリ」「自己評価が低いフリ」が出来るかが重要になる。例えば、他の女から「あんた、胸大きいね」と言われたら、すかさず己の腹の肉をつかんで「お腹の方が立派だよ!」と自らを笑いものにする演技だ。

 この「姥皮」理論の作家は日本人女性だったから、かつての日本の女社会限定であるかのように思える。しかし、実際には日本人女性だけの事情ではないし、現代の惑星アヴァロンだって例外ではない。

 性差や民族性などの違いを超えて、人は他人の優越感やナルシシズムを嫌う。


 私はヴォイストレーニングを受けている。それに、中学校に入学してから作詞作曲を始めた。ピアノやギターを弾いている。

 私は中学校では軽音楽部に入っているけど、後輩のルシール・ランスロット(Lucille Lara Lancelot)という女の子とは仲が良い。この子は明るくサバサバした性格で、他人に対して嫉妬心をあらわにする事態は滅多にない。さらに、ルシールの幼なじみで親友のフォースティン・ゲイナー(Faustine Daisy Gaynor)という女の子もいる。この子もルシールと同じく一年後輩なのだが、美術部員だ。ルシールが強気なキャラクターなのに対して、フォースティンは温厚でおとなしい性格だ。

 ルシールは日本人のご先祖様がいるらしいけど、燃えるような赤毛。それに対して、フォースティンは私の髪に似たプラチナブロンドだ。この二人は、髪の色からしていいコンビだ。

 ルシールの実家はラーメン屋で、結構人気があるお店だ。この店はラーメンだけでなくカレーもある。ご両親とお兄さんが、この店を切り盛りしている。

 フォースティンには二人のお姉さんがいる。上のお姉さんジェラルディン(Geraldine Rose Gaynor)は内科医で、下のお姉さんマリリン(Marilyn Lily Gaynor)はロックバンド〈フローピンク・アップルズ(Fluopink Apples)〉のリーダーでヴォーカリストだ。

 この二人に対しては、余計な演技は必要ない。ただ、自分がアガルタ生まれのバールである事を隠すだけ。


「ねえ、アスターティ。あんたのクラスにマークという男の子がいるよね? 作家のアーサー・ユエ(Arthur Nathaniel "Art" Yue)の息子」

 私たち三人は、学校帰りにオープンカフェに寄っている。そこで、ルシールが私のクラスメイトの話題を持ち出した。

 マーク…マーカス・ユエ(Marcus Alexis "Marc" Yue)。フォースタスの大学時代の恩師であるアーサー・ユエ先生の一人息子。彼は、私とはまた別の方向性でクラスの「異分子」だった。

 別に、誰かをいじめても誰かにいじめられてもいない。ただ、クラスメイトたちと距離を置いている。私が自分の正体を隠している上に、女子クラスメイトの嫉妬や劣等感を不愉快に思うのとはまた別の「影」が感じられる。

 外見は、そこそこ美少年と言っても良いくらい整っている。何しろ、父親のユエ先生は少年時代は天才子役俳優として売れっ子だったし、画家である母親のライラ・ハッチェンス(Lailah Bella Hutchence)さんはミステリアスな美貌の女性だ。私はライラさんを写真でしか見た事がないけど、マークは間違いなく母親似だ。

「あの人、しょっちゅう一人で駅前のゲームセンターに寄っているようだけど、友達がいないのかな?」

「確かに、あの子はクラスのみんなから距離を置いているね。私も話しかけづらいし、第一、下手に近づいて変な噂なんて立てられたくないもん」

「確かに、なんか暗そうだね」

 そう。もし私がマークに近づいたら、一部の女子クラスメイトが悪意たっぷりの噂を流すだろう。ミーハーで小賢しい連中。男子クラスメイトにいじめられて「男嫌い」になってしまっている女子クラスメイトに、わざとらしく「今、好きな人いるの?」と、相手の神経を逆なでしていたぶる質問をするバカ女たち。

 確かに私があんな連中から「孤立」しているのは大正解だ。さもなくば、私は精神的に汚れまくるだろう。

 そんな連中なんかより、このルシールとフォースティンの方がはるかに人間として、そして同じ「女」として信頼のおける子たちだ。少なくとも、今の私にとって「親友」と呼べるのは、アガルタの外ではこの二人だけだ。

「ロクシーの新曲、いいよね」

 フォースティンは言う。

 ロクシー(Roxy)…ロクサーヌ・ゴールド・ダイアモンド(Roxanne Gold Diamond)。元々カリスマモデルだった人気歌手。金髪碧眼の華やかな美人。今の私にとっては雲の上の人だけど、私がやりたい音楽とは違う。私がロック志向なのに対して、ロクシーはダンスミュージックの歌姫だ。

 少なくとも私は、歌手としてのあの人は嫌いではない。しかし、どうもあの人には何か秘密がありそうに見える。私が正体を隠して「普通の人間」として暮らしているように。

「これから歌いに行こうよ」

 ルシールは、これからカラオケボックスに行かないかと言う。私はもちろん、賛成した。これもヴォイストレーニングの一環なのだから。

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