園田菊乃との出会い
「あ〜ら〜、いいの?こんなの貰っちゃって?」
少し横幅のある、かなり化粧の濃いおばさんが、手に蓮達が渡した袋を手に持ちながら、わらいつつしゃべる。
「どうぞ、粗品ですが受け取ってください。これからよろしくお願いします。」
蓮はそう言って微笑みを浮かべる。
彩華も蓮の後ろで頭を下げる。
「ご丁寧にどうも。困ったことがあったら何でも言ってね。」
「はい、そうさせてもらいます。じゃあ、俺達はこれで。」
そういって会釈する二人。
そんな二人を見つつ、おばさんも会釈をしながらドアを閉める。
ドアがガチャンと音を立てて閉まると、ふぅ。と息を吐く蓮。
彩華は、そんな蓮の服の袖口を少し引く。
蓮が彩華の方を向くと、いつも通りメモ帳に小さくて綺麗な字で文字が書かれている。
『あとはお隣さんだけだね。』
その文字を見て、慣れた手つきで左手を彩華の頭にポン、と手を置く。
「そうだな。とっとと終わらせないとな。夕飯、作らないといけないし。」
そうして彩華に微笑む蓮。
現在二人は、引越しの挨拶まわりをしていた。
蓮達は、最後にお隣の園田さんという人の家の前に来ていた。
園田さんは、自分たちととおなじく今日入居したばかりだと、二人は管理人から聞いていた。
ピンポーンとインターホンを鳴らして少しすると、慌てたように女性らしい高い声で応答される。
「ど、どちら様でしょうか?」
「あ、隣に引っ越してきた篠田と飯田です。一応、引越しの挨拶をしに来たんですけど……。」
「そ、そうですか。少し待っててください。」
そういわれて、待つこと五分少し。
カチャリと鍵を開ける音がして、そーっとドアが開く。
中から出てきたのは、筆舌しきれないほどの美貌をもった女性だった。
綺麗な栗色の髪の毛、大きくて吸い込まれそうな瞳、桜色の唇、モデル顔負けの整ったスタイル、まさに、男性の理想をすべて集めたような女性。
まだ少し幼さを感じさせるその顔を、蓮はボーッと見つめていた。
「あ、あの。私の顔になにか付いてますか?」
「いや、なんでもないです。はじめまして。隣に引っ越してきた、篠田蓮です。こっちは幼なじみの飯田彩華です。お隣同士、よろしくお願いします。」
蓮に紹介されて、ぺこりと頭を下げる彩華。
「あ、こちらこそ、よろしくお願いします。私は、園田菊乃と言います。」
そう言って会釈する菊乃。
「園田さんは、大学生なんですか?」
蓮がそう質問すると、少し目を細めて睨むようにしてこちらを見る菊乃。
「……高校一年ですよ。そんなに老けて見えますか?」
「え?……い、いや、老けて見えるとかじゃなくて、ちょっと大人びてるから……。」
言い訳のような言葉を並べる蓮。
そんな蓮を訝しげな目で睨む菊乃。
そこで、シャーペンを走らせ始める彩華。
書き終わったメモ帳を、菊乃に見せる。
『美人さんですね、って言いたいんだと思います。』
その文字に目を丸くする菊乃。
蓮は少し顔を赤くして、恥ずかしさを誤魔化すように苦笑するのだった。
『色々と話したいこともあるし、俺達の部屋でご飯食べていかない?』
そんな蓮の言葉で、現在菊乃は蓮と彩華の部屋に来ていた。
キッチンに立って鼻歌交じりにご飯を作る蓮と、ポテトチップスをテーブルの上にパーティー開けをして広げてソファーに座り、ポリポリとまるで小動物のように食べる彩華。
菊乃は同じようにソファーに腰掛け、気になっていたことを彩華に質問し始める。
「飯田さん……だっけ?なんであなたは、筆談してるの?」
『失語症で、話せないから。あと、彩華でいいよ?』
「そ、そうなんだ……。いい……彩華ちゃんは、料理しないの?」
『私がキッチンにたったら悲惨なことになるって、レン君がうるさくて。』
「……な、何を作ったらそんなことを言われるようになるの……?」
『とりあえず、目玉焼きに間違えて砂糖をかけたね。』
「……ま、まあ、見ただけでは見分けつかないもんね、塩と砂糖。」
『あとは、お味噌汁のお味噌を入れ忘れたとかかな?』
「一番入れ忘れてはいけないものじゃない!」
『んーと……、あ、お茶のパックを入れたつもりが鰹節のパックを入れてたこともあったね。』
「……いい出汁がとれそうね。」
『あとでスタッフが美味しく頂きました。』
「え、出汁を?誰が飲んだの?」
『スタッフ→レン君。』
「……」
哀れむような目を、現在鼻歌を歌いながらキッチンに立っている少年に向ける。
蓮はその視線には気がつかないまま、楽しそうに料理を続けていた。
「よし。おーい、出来たぞー。」
そう言って、お皿についだホワイトシチューを三つ、お盆にのせて持ってくる蓮。
そんな蓮に、菊乃は質問を投げかける。
「篠田君、彩華ちゃんとはどんな関係なの?」
「どんなって……、普通の幼なじみだけど?」
その問いに、首をかしげながら答える蓮。
「普通の幼なじみは、一緒に住んだりしないわよ。」
「……そうなの?」
『そうなの?』
菊乃の言葉に、二人して同じ返しをする。
「普通はね。年頃の男女が同じ部屋に住むなんて、親が反対しなかったの?」
「うーん……、無かったな。アヤはなんか言われたか?」
『応援された。』
「ああ、それは俺もされた。まず言い出しっぺが親だからな。」
彩華の応援された内容と蓮の応援された内容が違うことは言うまでもないだろう。
そこで、菊乃が一番気になっていたことを聞く。
「……二人って、付き合ってるの?」
「いや?アヤをそんな目で見たことな一度もないな。」
そう答える蓮。
そんな蓮の言葉に、少し悲しげな表情を見せる彩華。
何を思ったのか、こんなことを書き出した。
『やっぱり、レン君はおっぱいが大きい人が好きなんだね!』
顔を赤くしてその文字を見せる彩華。
その文字に、慌てる素振りも見せず、彩華の髪をなでながら蓮は微笑む。
「そんなことないぞ、アヤ。俺は胸で人を判断したりしないさ。」
『……その割には、菊乃ちゃんと出会った時に鼻の下伸ばしてたよね。』
「え!?」
「伸ばしてないよ!?何言ってんの!?」
その文字にサッと自分の胸を隠す菊乃と、顔を赤くして否定する蓮。
出来立てのホワイトシチューは、少しずつ温くなっていくのであった。