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入学式の日

入学式。

多くの保護者たちが、子供の成長を実感させられ、涙する人も少なくない、通過儀礼。

しかし、親の気持ちとは裏腹に、子供たちはそんな感情を感じるはずもない。

その胸には、期待が詰まっているのだから。






かなり高齢の校長先生の、長ったらしい美辞麗句を聞きながら、少年少女は様々な想いを胸に抱く。

隣の生徒と話し出す生徒。

退屈そうに目を細める生徒。

どこかに意識を飛ばしている生徒。

真面目に校長先生の話を聞く生徒。

完全に眠りこけている生徒。

しゃきっと真面目に座る生徒。

そんな生徒達が各々のクラスに向かうことになるのはこれから約30分後の事であった。






篠田蓮は、ホッとしていた。

理由は単純で、彩華とクラスが同じだったからだ。

高校二年からならともかく、一年生の間、彼女を1人きりにするのは恐ろしすぎる。

常に見守れる場所にいなければ。

蓮は、そんな感情を抱いていた。

それは彼が高校生になった今でも彩華のことを妹のように大切にしているからであり。

そして同時に、彩華を異性としてではなく、保護者的な目線で見ているからでもあった。


蓮がクラスに入り、黒板に貼られた座席表を確認する。

座席表の前には人だかりができていて、何故かそこだけが穏やかな春の暖かさの中でもどこか暑苦しさを感じさせるほどの熱気がこもっていた。

彩華の分まできちんと確認し終えた蓮は、彩華に近づいて彼女の席を教える。

すると、彩華はいつも通りメモ帳の上にシャープペンシルを走らせて、


『ありがとう。』


と書き込む。

その文字を見て、「気にしなくていいぞ」と微笑み、自分の席へ向かう蓮。

自分の席に座ると、前に座っている少年が振り向く。

振り向くと、その綺麗な黒髪が揺れて、可愛らしい顔立ちがあらわになる。

蓮が驚いたようにその顔を見ているのに気がつかず、少年は蓮に話しかける。


「篠田君だよね。僕は、獅子丘光希。よろしくね。」


そう言って微笑む光希。


「……獅子丘、お前、彼女がいたこと、あるか?」


いきなりそんなことを言い出す蓮。

その言葉に驚きつつ、光希は言葉を返す。


「え?彼女?……無いけど。」


「そうか。やっぱりか。悪いな、いきなり変なことを聞いたりして。」


「ううん、気にしてないよ。篠田君は?」


「一度も無いぞ。告白されたことすらないからな。」


そう言って苦笑する蓮。

そんな蓮を、意外そうな顔で見る光希。


「そうなの?篠田君、モテそうなのに。」


「無い無い。寝ることしか頭にない男を誰が相手にするもんかい。」


「……そんなもんかな?」


「そんなもんだろ。」


そう言ってまた蓮が苦笑した時であった。


「え!?失語症!?」


そんな女の子の高い声が聞こえてきたのは。






やっぱりこうなったか、と思いながら、蓮は声のした方向を見る。

すると、彩華があわあわとしている真っ最中であった。

周りには人だかりが出来てきて、みんな近寄らずとも視線を向ける。

蓮は苦笑しながら、自分の席を立つ。

そんな蓮を、驚いた表情で見る光希。


「篠田君、行くの?」


「ああ。ちょっとあいつを助けてくるよ。」


そう言って、彩華の方へ近づく蓮。

人だかりの中を通らせてもらい、彩華の後ろに立つ蓮。

慌てる彩華の肩に手を置き、落ち着かせる。

そして、その行動を不思議そうな目で見るクラスメイトたちに声をかける。


「すまない。この子は失語症で言葉が話せなくてな。こうやって筆談で応答するから、コミュニケーションには問題がないから、みんな、仲良くしてやってくれ。」


そう言うと、納得したような表情で頷く何人かの生徒。

最初に声を上げた少女が、蓮に質問する。


「で、君は?」


「俺は篠田蓮。コイツの……そうだな、兄みたいな感じだな。」


「幼なじみってこと?」


「ああ。けど、ほぼ家族同然の付き合いをしているからな。兄妹と思ってくれた方が差し支えない。」


「ふーん、そうなんだ。」


そう言って納得する少女。

すると、蓮は肩に乗せた手にシャープペンシルの先でつんつんされる感触を覚えた。

彩華の顔がある下を見ると、彩華は怒ったように頬を膨らませており、


『私がお姉さんだよ!』


と、綺麗な字で書かれていた。






その後、担任の教師が入ってきた。

若い美人な女性の先生で、素直に喜びの声をあげた男子生徒が女子に白い目で睨まれていた。

その状況に先生は苦笑しつつ、プリントを配り出す。

時間割や、日程表などを配り終えて、簡単な挨拶をした後、その日は解散となった。

「このあとカラオケいこーぜー!」という声や、「部活見に行かない?」なんて声が教室に満ちる中、蓮は彩華の席に近づく。

すると、彩華も立ち上がってこちら側にやってくる。

蓮が彩華に、


「帰るか。」


と言ってポンッと彩華の頭に手を乗せると、彩華は嬉しそうな顔をして、


『うん!』


と、またシャープペンシルを走らせるのであった。






「しかし、優しそうなクラスメイトたちでよかったな。多少バカなヤツもいるみたいだったけど。」


帰り道、蓮が彩華と一緒に帰りながらそんなことを呟く。

その言葉に、彩華は、


『うん。みんな優しくて少し安心した。』


と書き返す。

その言葉を見て彩華に微笑みかけつつ、口を開く蓮。


「マンションについたら引越しの挨拶に行かないとな。」


『その前に、夕飯買わないとね。』


「確かにその通りだな。今日の夕飯は何がいい?」


『レン君の料理は何でも好きだよ?』


「そう言われるのが一番困るんだよな。……よし、ホワイトシチューでもつくるか。」


そんなやりとりをしながら、のんびりと商店街を歩く2人。

四月上旬の優しげな陽気が、2人を包んでいた。

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