妖精さんに逢おう!(前編)
あのギルド長とのやり取りから一週間後、私は屋敷の屋根のベランダの上で一人、風に当たっていた。
心地いよい風。
季節は夏から秋にかけて徐々に過ごしやすくはなっているが、まだまだ熱いといったところか。
今、私は少し厚手の服。
この暑い中、なぜ厚着なのか。
これから、空を飛ぶからだ。
私はこのためにズルをした。
冒険者ギルドカードを取得し、クエストを消化するためのズル。
討伐部位を高いお金で冒険者ギルドで買占め、今日朝、それをそのまま全てギルドに提出したのだ。
ステータス表示を見る。
クエストの消化によって私はLevel.35、リナはLevel.36になっていた。
『名前:ジア・スルターナ
HP:342/342
MP:3855/3855
SP:824/824
種族:人間
性別:♀
職業:空間魔術師 (Sky walker) Base.Level.35 Job.Level.35
ジョイント:貴族/王族 Level.3
称号:スルターナ公国第一公女
ハートフルポイント:100 (※0でBAN)』
冒険者ギルド内での地位も私とリナはギルド内でBランクまで上昇した。
Fから始まり、最終的にはSSSと続く体系だ。
実は、貴族関連では自らの強さを証明するため自己顕示などの理由でランクを『購入』するケース結構多いらしい。
スルターナ家は昔から冒険者ギルドとは懇意にしている間柄、ギルドマスター権限でBランクまでは付与してもらえるということであったが、今回はわざわざ討伐証明部位を購入し、討伐実績を偽造までしてもらった。
クエ消化によるレベリングなど裏の事情については迂闊には話せない。あくまで、『冒険者にあこがれる貴族の少女がだだを捏ねた結果』、まるで本当に『討伐実績を持ってランクアップした (かのような)ギルドカードを手にしたくて』、起こした『事件』を装わないといけない。
少なくとも冒険者ギルドにはそう認識させたはず。
もちろん、そんなカードではなんの役にも立たない。
そんな方法で得たギルドカードで、冒険したお貴族様が実際に痛い目を見てもギルドは感知しないのだ。基本自己責任。だいたい、貴族がお遊びで狩りをしたいなら優秀な護衛を付ければいいのだ。そして、失敗とはそれすなわち醜聞である。自ら隠蔽に入るのだ。冒険者ギルドに隠蔽の依頼こそあれ、苦情が来ることはない。
このスルターナの地でまっとうにPTを組むことはもうできないだろう。これら不正はスルターナの冒険者には知れ渡っている。この1週間で討伐部位を必死に集めたのが誰か、と考えればそれは自明だった。もっとも、そもそも公爵家の娘がいるPTなんてものに、下心などまっとうでない理由で入ろうとする冒険者がいるのだろうか? 私にはそんな冒険者はごめんだった。
冒険者ギルドマスターはPTは無理だ、冒険なんて出来ない、などと何度も指摘された。わざわざ何度も注意したのはこのおてんばな姫に釘を刺したかったためだろう。自分でも十分におてんばが過ぎると思っている。そこは笑ってごまかすしかない。
そして、魔王にも私にも、『スルターナの街』の冒険者ギルドを今後使う考えはなかった。なぜならそれは――
私には自由に空を飛べる翼があるから――
「じゃ、いきますね……」
『おう、見てるから頑張れ』
西部黒鉄器の錫杖を傾け腰掛ける。
私は魔王に見守られながら、≪飛行≫スキルのアイコンをクリックした。
『スキル名:飛行――
習得可能 Job.Level.20 / Skill.Level.1 (MAX 5) (飛行中はパッシブ 1MP/10sec消費)
空間魔術の代名詞スキルの一つ。ホウキ/モップなど、杖上のものに跨ることにより空を飛ぶことができる。スキルレベル上昇で速く移動が可能。持てる容量は自身の1.3倍まで。効果はMPが0になるか着地まで有効。飛行中に効果切れを起こすと落下ダメージ (kg・m2)を受けるので注意すること』
錫杖から力強い、黒を思わせる力場が放出される。
私の身体は徐々に空へと舞い上がった。
速度はでない。
スキルレベルを初期の1しか振っていないからだ。
だけどそれで問題ない。いきなり速い速度で飛んでも、きっと身体が付いていけない。
それでも街がすべて一望できる高さ。
たくさんの家の窓から小さな薄明かりが漏れる。
『もうちょっと後か先の時間帯だったら、上空から朝日か夕日が眺めれたかもしれないな』
「えぇ、そうね……」
見上げる。空には満天の星空。
「きれい……」
ちょっとだけ星に近づいただけなのに、星がキレイに見えた。
そういえばずっと家に引きこもることが多かった私は、こんな風にただ空を眺めたことはなかった気がする。
風がでてきた。少し肌寒い。魔王に言われた通り、厚手の服にして良かったと思う。
『はは、俺はこの空より、ジアちゃんの方がきれいだと思うけどな。
しばらくは飛行を楽しもうか。MP切れには注意してね。
500MPは残すようにしようか』
私たちはゆっくりとこの世界を飛びながら、夜景を存分に楽しんだ。
『次は――妖精さんと戯れる、だっけ?』
「はい」
『んー。これは難易度高いな。スキルで召喚できるわけでなし――。
ここでいきなり北の妖精帝国に良くと妖精さんに蜂の巣にされちゃうだろうからね』
妖精族はその見た目とは裏腹に自らの縄張りに侵入する者には容赦がないことで知られている。妖精帝国に行くことができるのは、妖精さんともとから知己のある精霊術士の中で、さらに素質を認められた限られた者のみ。
『というこで、まずはさらに西のスラッシュ王国にいってみようと思う』
「西、ですか?」
スルターナ公国の西側にはスラッシュ王国という帝国外の小さな国がある。
小さな国であればすぐに帝国に飲まれてしまうと思うのだが、さらに西側には魔族領があり、征服すれば魔族領に面してしまうため、緩衝地のように存続している国だ。
そういえば、リナもスラッシュ王国の間者さん、だったか。ステータス上は。
『あそこにはGMの小説で書かれている妖精族のエアリちゃんがいるからね。実物見てみたいし、そこからツテも得られるんじゃないかと』
「小説?」
『あぁ、GMが書いている――魔王たちがみんな夢中で読んでいる小説に『妖精帝国の攫われ姫』というのがあってね。スラッシュ王国を中心に剣士のケインくんとか、妖精族のエアリちゃんとかが活躍している物語があるのだよ。ジアちゃんもその物語の中心に参加してみないか?』
「それは――。素敵ですね」
魔王たちが熱中する物語の中心へ――
憧れた絵本などの登場人物に私がなる。胸の高鳴りが止らない。
以前の私なら考えられないことだ。
「行きたいです。大好きです。魔王」
私は素直に感謝の言葉をメッセージウィンドウに載せた。