襲撃(前編)
私は冒険者ギルドに入るなり、屈強な男達に囲まれていた。
「ようよう、ここはスルターナのギルドだぜ。姫さんよぉ。こんな場所になんのようだい?」
急に向けられる悪意。ただびっくりする。
彼らは冒険者ギルドにいるくらいだから冒険者なのだろう。
だけど彼らは冒険者であって冒険者ではない。
冒険者という名の日雇労働者。
あこがれている冒険者とはきっと違う人種であると私は思いたかった。
しかし、目立つドレス姿というのはマズかったのではないだろうか。
魔王はそれで良いと言ってくれたけれど。
やっぱりお忍びであればそれなりに冒険者風の服で変装するべきだったと思う。一発で「姫さん」だと分かられてしまった。
しかもリナも紺のメイド服であり、いかにも御付のメイド然としおり目立つことこの上ない。
囲まれるのも仕方がないことではないのだろうか。
『うわぁ。自己紹介ありがとう。これまた典型的すぎだねぇ。じゃぁパターンA:時代劇風で』
しかし魔王はまったく動じていないようだった。
私がリナが目配せすると、男達との間に入り、口上をあげた。
「控えなさい! この方をどなたと心得ますの? スルターナ家のご令嬢、ジア・スルターナ姫ですのよ、つまり冒険者ギルドのスポンサー。頭が高い。控えおろう!」
ドン。
それに合わせて私はアイテムボックスから徽章である西部黒鉄器の錫杖を取り出し、床をドンと石突で叩いた。事前に魔王にそうするよう言われたからだ。
冒険者達は驚愕する。虚空から大きな錫杖を取り出したのだ。
高位魔術師と思われても仕方がない。いや実際に土着の魔術でこれを実現できるのは高位魔術師のみだろう。
気づいたものは少数だったが、それも四大精霊魔術とは体系が異にすると思われるものをだ。
こんな魔術師に手を出したら幾つ命があっても足りない。
もしも本当に、スルターナのご令嬢であるとするならば、なおさら。
しかも場所は冒険者ギルドという公の場。
逆らったらどうなるか――
なーんて思ったのだろうか?
実際には、魔術師ですらないんだけどね。
「は、ははーー」
迷わず周囲の冒険者達は全員土下座モードに入る。
彼らは一瞬でひれ伏したのだ。
『ぷ。決まってるねぇ…(アハハ八八ノヽノヽノヽノ \』
私はその姿に吹きだしてしまった。魔王も笑っているようだ。
これはちょっと楽しいかもしれない。
だいぶ思っていたのとは違うけれど。
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「えーっと、どのようなご用件で?」
冒険者ギルドのスタッフと思われる女性に声を掛けられる。
いつのまに現れたのだろうか。
「冒険者ギルドのギルドマスターに逢いたいのだが」
「今日はご不在でして――」
「ではスルターナのジア邸に来いと伝えろ。いつならば来れる?」
「くっ……、少し調べさせてください……」
リナとスタッフと思われる女性とのやり取りが続く。
私はハラハラしながらそれを聴いた。
『うぉ、リナちゃん威圧的だねぇ。さすが≪鶯≫さんのところの――』
『ご存知で?』
『そりゃ、魔王同志だもの』
どうやら魔王間でもネットワークのようなものがあるようだ。
魔王との会話も人に知られることなく行えている。
ハラハラする会話ではあるが、魔王が付いていることで私はすごく安堵感を感じることができた。
今度なにか重大な事を起こすときは必ず魔王と一緒のときにしよう。私が対処できないものでも、魔王ならばきっと――
先ほどの執事長といい、今回といい、魔王は頼りがいのある一柱だった。
「今日の夜にはジア邸に行くことができるようです」
「そう……。では行きましょうか」
その言葉に私は頷くだけ。
踵をかえすと人垣が裂け、道が出来る。
そんなに怖れなくても……。私は思ったが阻まれても困るので甘受する。
「なんだったんだいったい……」
冒険者ギルドから去り際、誰かがそんなことを呟いた。
これだけ騒ぎになったら、もうここでは冒険とかできないんじゃないの? そんなことを考えながら――
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自宅に帰り、リナにはギルドマスターがいつでも来客できるようにお茶の用意をさせる。
自分はリビングのソファーに座り、息をついた。
『というこで、ギルドマスターがこちらに来る前に、職業設定しようか?』
さっそく魔王が話しかけてくる。
「職業設定、ですか? それをするとどうなるのでしょうか?」
『クラスによって開放する力の方向性が決まる』
「方向性、ですか?」
『大きく3つにわけると、肉体戦闘系、魔術系、生産支援系の3つに別れるな。ジアちゃんやりたいこと決まった? 俺は魔術師系にしようかと思っている。肉体戦闘って、ジアちゃんの細い体じゃ無理だろ? 生産系は貴族のイメージに合わないしね』
私のやりたいこと――
私は迷った。
これを言ったら子供的だと笑われたりしないだろうか。
「あのー。えーとー。私は空を飛んでみたり、妖精さんと戯れたり、してみたいです……」
それでも言ってみる。
さすがにそんなこと、どんな魔術師の体系でもできないことだと思っていた。はずかしい。顔が真っ赤になるのを感じる。
魔術といえば、火、水、風、土の四大精霊魔術しか知らない。それ以外なら神官が使用する回復魔法? もしかしたら空を飛ぶのは風系統の精霊魔術ならできるかもしれないが、それでも大魔術だろう。
『あぁ、ちょうど良かった』
「え、できるんですの?」
私は目を見開く。まさか――
『もちろん。ジアちゃんと思っていることが同じで良かった。じゃぁ、空間魔術師(Sky walker)を選ぶね』
魔王が矢印を動かしてここを押せと指示する。
あっけに取られながらも、それに従いボタンを幾つか押すと、ステータス表示が変わった。
『名前:ジア・スルターナ
HP:150/150
MP:100/100
SP:50/50
種族:人間
性別:♀
職業:空間魔術師 (Sky walker) Base.Level.1 Job.Level.1
ジョイント:貴族/王族 Level.3
称号:スルターナ公国第一公女
ハートフルポイント:100 (※0でBAN)』
「やりました! 魔王。魔法使いになりましたよ。それにHPも、MPも、SPもあがって……」
『はいはい。すごいねー。でもまだまだ魔法を使えるようにはなっていないからね』
「後はなにをすれば良いのでしょう?」
『経験点をぽっと稼ぐ、かな?』
「経験点、ですか?」
聴きなれない言葉。経験に点?
意味が分からない。
『経験点っていうのはね。そのクラスに相応しいことをした場合に発生する、魔王からのギフトのことだね。例えば敵を倒すとか、例えば冒険者ギルドが依頼するクエストの消化なんて感じかな』
「今回やろうとしているような?」
『そう』
「でも……。そんなことで経験が積めるのですの? 思いっきりズルしているようにしか見えないのですけど……」
でも魔王の言うことだ。きっと何かがあるんだろう。