わらわらいた
夕食、ジアにとってそれは常に味気ないものであった。
別段夕食だけではない、毎日、すべてが味気ないものであったが。
たとえ姫であっても、贅を凝らす必要性はないからだ。
楽しむのであれば嫁いでからで良い。そんな考えなのだろうか。
しかし明らかに公爵家としては貧相すぎるのではないか。
確かにスルターナ公爵家は貧乏である。
帝国に併合されるとき、戦争を回避して無血開城することでその地位を得たスルターナ家。要するに国を売ったのだ。
その代償として、いろいろな、ありとあらゆる名目で多額の金をむしりとられ、兵力も奪われている――ということを聞いたことがある。父は『我がスルターナ家の徽章が「黄金の剣」から「西部黒鉄器」になってしまった!』などと、なぜか誇らしげに語るぐらいの貧乏な家。
だが、腐っても公爵家だ、お金がないはずがない。
(執事長あたりが持っているのかしら?)
私は考える。帝国本土出身の執事長は、軍人肌のとっつきにくい人。
だが執事としては優秀。それがメイド達の会話から聞こえる他からの評価。
執事長が今後の支度金などのために節約しているとか、かもしれない。
カラーン――
そんな思案を中断するかのように、入り口でメイドが粗相をしてお盆を落とした。
運ばれてくる料理。それほど品数も、量みも多くはない。
そして入り口にお盆を落とすような段差があるわけでも、ない。
そして貴族家のメイドが普通、そんな粗相をするわけはない。
「も、も、も、申し訳ございません――。ただいま代わりを――」
メイドが慌てふためく。
「いらないわ」
私は冷たい声で応じた。
「その代わり――、あなたと話がしたい。片付けたらここに来なさい」
そう、私は見てしまった。
彼女に紐付いているステータスを。
『名前:リナ
HP:412/412
MP:103/103
SP:201/201
種族:人間
性別:♀
職業:盗賊 (Attack burglar) Base.Level.3 Job.Level.2
ジョイント:侍女 Level.2 密偵 Level.3
称号:スラッシュ王国・密偵
ハートフルポイント:80 (※0でBAN)』
私がリナのステータスが見えたように。
きっと彼女も私のステータスを見て驚いたから粗相をしてしまったに違いない。
話し合いが、必要だった。
私の魔王が、私以外にリナも手篭めにしたのだったら、タダではおかないんだから――
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「ということは、やっぱり私のステータスも見えているのね?」
「はい……」
申し訳なさそうに俯き謝るメイドのリナ。
俯いているが、手が微妙に動いているのを見逃さない。
たぶん誰かと連絡を取っている。たぶんリナの魔王だ。
「貴方は誰と契約しているの?」
「≪泣くよ鶯≫様です」
「そう……」
私はリナと私が同じ魔王でないことにまず安堵する。もし同じであれば会話に嫉妬してしまいそうだ。
しかし、それにしても他の魔王は火炎剣とくらべてどうしてこう「しょぼい」名前ばかりなの? 私はやはり自分の魔王が最強だという結論を出し、笑みを浮かべる。
「あのぉ、これから私、どうなっちゃうんでしょうか?」
「どうもしないわよ。そのかわり私にも魔王が付いたこと、黙っていてね?」
「はい……」
そういいながらも手を動かし続けるリナ。
「貴方の魔王からは何て?」
気づかないはずがない。
問い正す。
「ジア姫様の魔王を聴きだせと……」
「やっぱり私をおいて魔王と話をしていたんだ――」
「あ……」
「――私の魔王は≪火炎剣のタッキー≫よ」
魔王の名前は言って良いものだろうか。迷ったが私は答えた。
リナも自分の魔王の名前を言っているし、大丈夫だろう。
「何か、私の魔王について聞いている?」
「――えーっと、かっこいい、青年?」
「そう……」
どうやら、魔王の間でも火炎剣の名前は轟いているらしい。
嬉しくなった。
――単にOFF会用の掲示版に自称中二の美少女ちゃんが、自身の活動報告に適当な情報をいろいろ書き込んだけなんだが、それには気づかない――
「えーっと、明日から私の魔王が『冒険に出るための、冒険に興味をもったおてんばな姫様が、冒険者ギルドで無双する回』というのをやるらしいんだけど、リナ。貴方も手伝っていただけないかしら?」
「はい。分かりました――」
とりあえず明日。
今日は眠れない夜になりそうだ。
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次の日。
「いけません。冒険者ギルドなど。あれは日雇い労働を行うようなものが行くところです。貴族が、特に公爵家の令嬢が行くようなところでありません!」
最初のハードルは、当然のように執事長だった。
「いいじゃない! その昔、炎術系魔術を得意としたミキ家は女の身でありながら冒険者として――」
「それは我がエンパイヤ帝国の建国時の話です。建国からいったい何年が経っていると思うのですか!」
72年。
リナの会話から、すぐさま回答がメッセージウィンドウに表示されていたが、重要なのはそこではないだろう。
「そのようなことを申し上げられますと、引き止められなかった咎を受けてこの屋敷を辞めなければなりません」
「そう……」
執事長が強くでてくる。いつもの私であればここで引く場面だ。
これは確実に、私のわがまま。そう分かっている。
でも――
『くう。過去踏襲による口説き落としは失敗したか――。じゃぁ次の釜掛けいってみよう。ジアちゃん。手はず通りに』
私は他からは聞こえない魔王からの呟きに小さく頷いた。
「なら、辞めれば良いんじゃないかしら?」
「な――」
いつもと異なる私からの反撃に執事長がたじろぐ。
その隙に私は執事長に近づき、耳元で囁いた。
「あなた――、本当は帝国からの間者なのでしょう?」
「なぜそれを――。まさか、リナ……裏切ったのか?」
『わー。てきとーに釜掛けたら見事にあたったよ。マジか(棒』
驚愕し、リナの名を漏らす執事長。
魔王からの会話で手を叩いて喜ぶ音が聞こえる。
まさか、本当に間者だったの?
「私からは何も?」
リナは手を横に広げ、あくまでシラを切る。
知っているなら、始めから話してくれればよかったのに。
「で、いま私が使えるお金はいくらありますの?」
「――。1300金貨。これは将来の結婚資金や家の維持費なども含んでいます。今すぐにというのであれば300金貨です」
動揺しているのか、ことの他正確に答える執事長。
あるいはリナがその辺りを知っていて、隠すのは無駄と思ったのかもしれない。
ものの価値はあまり分からないが、それはかなりの高額のはずだ。
「では100金貨は執事長。あなたにあげます。私に200すぐ頂けます?」
「は?」
「100金貨は口止め料です。それからリナは私の専属の間者とします。手を出せば――。分かりますね?」
「は、はッ――」
敬礼する執事長。
私は魔王からの会話通りに事を進めていく。
「よろしい。ではリナ。冒険者ギルドに案内して」
「はい」
ジアとリナは、ジア邸からギルドに向けて出発した。
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(一体、どうなっている??)
執事長はジア姫の変わりように唖然とする。
(あの受け答え。誰か強力なバックアップが付いた。と考えるのが自然だな。だが誰だ?)
スルターナ公爵本人か? と思うが執事長は首を振った。
(それはない。それであれば一介の執事長などすぐさま首が飛んでいるはずだ)
スルターナ公。帝国で1、2を争う肥沃な農耕地を領地として持つ公爵。
兵力をほとんど有せず、戦闘力のほとんどを冒険者ギルドが担っているような家ではあるが、その分を諜報力に傾けており、対処能力は高いとされている。
もし自分が間者だと知られていれば、すでに粛清されていることだろう。
(100金貨を口止め料、などと言ってくるとすると、第一王子か。ともかく仕方がない、金に見合った情報隠蔽を図らねばな……)
もしも、ジア姫を自由奔放に行動させていることが知れたら執事長はクビになるだろう。クビになること自体はいいが、この地で諜報の拠点の一つを失うのは痛い。なるべく隠蔽しなければならない。確かによほどのことを仕出かさないかぎり100金貨もあれば容易いことではあろうが。
変な面で気まじめな執事長は「おてんば姫」に協力する体を保ちつつ隠蔽工作を周囲に指示した。当然、もしそれを咎められても全てをジア姫のせいにできるような工作も必要だ。
(しかし、誰が、何の目的でー)
執事長は悩む。
単にジアが、『魔王になろう』というMMO-RPGのキャラクターとして選ばれただけ、という荒唐無稽な回答に執事長が達することは、これからもないだろう――