ヒストリカル・ブラック(後編)
「じゃぁまずはアイテムボックスの使い方から。
ジアちゃん。これをアイテムとしてしまってみて?
まずはカバンの形をしたアイコンを押すの。
タッキー。私からはウィンドウ見えないからサポートお願い」
『はいはい。左上かな』
GMと呼ばれた少女が、架空から棒のようなモノを出す。
それは西部黒鉄器の錫杖だ。
「あ、地元の鉄器ですわ」
自らの魔王の姿は見えない。しかし、その代わりに矢印のような魔法映像を四角いカバンの書かれたウィンドウの上でぐるぐる回っているのが見える。これを押せ、ということだろう。
私はそのウィンドウのボタンを押すと、さらにあらたな枠線のウィンドウが開かれる。これがアイテムボックスというものだろうか。
「それを左手で持って左手を右手指のどれかと接触させながら、アイテムボックスの空いているスロットをクリックするのです」
ジアが操作すると錫杖は一瞬で消えうせた。
スロットというのはアイテムボックス内の枠の一つらしい。
アイテムボックス上の指し示した箇所に杖のマークの絵が書き込まれている。
「逆のことをすると取り出せるから」
言われたまま操作すると、再び錫杖が現れる。
「すごい、こんな魔術が簡単に……」
私は生まれて始めて行使する魔術に感動する。
何度も出し入れを行い、それらがすべて成功。
すごい、なんてすごいのかしら。
『いやいや、そんなのは魔術ですらないよ』
「そうなのです」
畳み掛ける魔王とGMと呼ばれた少女。
「これより、さらに凄い魔法が使えるなんて……」
『でもこれ以上はMMO-RPGなんだから職業設定してレベル上げていかないと駄目だよね?』
「いや、そんなことないのです。ジアちゃん。錫杖を取り出して掲げてみて」
「あ、はい」
素直に従い、錫杖を取り出す。
「そこで適当にジアちゃんが考えた最強のスペルを唱えれば最強の攻撃魔術が出せるから――」
「えーっと、それじゃ……」
私はさっそく魔法を使おうとする。
でも最強のスペルってなんだろう?
適当にそれっぽいのを考えれば良いのかな?
例えば絵本にあったあのシーンとか。戦いを挑まれた女剣士が、戦場の島を鬼ともども一刀のもとに切り伏せた、あの光景――
それとも、幾千の戦いの火豚を斬り落とし、進撃する鉄騎兵――
――などと考え始めたがそれを魔王が止めた。
『おぃやめろ。それってさっき、俺がOFF会でぶちあげたネタじゃねーか?』
「うん。そうだよカミに誓ったやつ。もちろんタッキーのは特に動画を参考しにた特別製だからぁ!」
『威力ってカミに書いた設定通り?』
なんだろう、OFF会? 魔王がカミに誓う??
「うん。そうだよ。全力で使えば――文字通り世界が崩壊し、世界一面の砂漠が出来上がるのです」
ジアはその威力に息を呑んだ。
OFF会とか何を言っていることはわからなかったが、世界を崩壊させるほどの力を持った魔王様が私に憑くなんて。すごい。
「魔王様はそんな強大な力を持っていらっしゃるのですね」
『ジアちゃん。それは公式には知られることのないヒストリカル・ブラックの禁呪だから絶対に使っちゃいけないよ』
諌める魔王。きっと本当に物凄い力に違いない。
「はい。分かりましたわ。魔王」
私は親しみをこめて魔王と呼んだ。
「ヒストリカル・ブラック。黒の歴史――」
GMと呼ばれた少女はなぜか笑っていた。
ヒストリカル・ブラック。なにか良い響き。
もしもこの禁術を使うならこの言葉をスペルの一部に取り入れよう。
魔王には止められたが、ジアは諦めていなかった。
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その後、魔王とGMと呼ばれた少女が何か2人だけで話をしていた。その時間およそ5分。何を話しているかは分からない。後で聞いた話だが、会話――ウィスパー/ウィスと呼ぶらしい――という2人だけで会話できる魔法を使っていたらしい。
姿の見えない魔王。私はその顔が見てみたかったが、それはできないと返されてしまう。なぜだろうか。
そんな会話も終わる。
「それじゃ、僕は次に向かうのです」
『次は魔王≪週末の金曜日≫くんだね』
会話を聞いた限りでは魔王は複数人いるらしい。
≪週末の金曜日≫、私の魔王の火炎剣と比べてかなりしょぼい名前だ。
やっぱり、魔王は強力な魔王の一柱なのかな、と思う。
「ジアちゃん、タッキー。僕がこんなにお膳立てしたんだ。赤羽ちゃんとか煽りまくって-―。だからね。お幸せに、ね」
『おぅ、まかせとけ』
「じゃ。タッキー、愛してるよ――」
そしてGMと呼ばれた少女は消えた。
『えーっと、というわけで今日から俺の嫁になったジアちゃんですがッ』
「え!? あ、はい」
いきなり嫁呼ばわりされて私は驚いたが、少しして納得してしまった。
そうか、やっぱり私はこの人に力の発現の代わりに魂と身体を売ってしまったのか――
一体、何をされるのだろうか。
もしかしたら、いやらしいことかもしれない。
私は身震いする。
だが代償としては仕方がなかったことだろう。
アイテムボックスといわれた術式ですら聞いたことがない。
これだけで、もしかしたら世界が変わるかもしれないような技術――
『明日から冒険に出るための――、冒険に興味をもったおてんばな姫様が冒険者ギルドで無双する回をやってみたいと思います。よろしくねー』
「はい! よろしくお願いいたします。魔王」
だが言われたこといやらしいことではなかった。少し安心した。
冒険、冒険者。
私にとってそれは、憧れであると同時になることは絶対に叶わなかったもの。
もしかして、それができるというの?
この力を使えば――
「レベルがあがったらジアちゃんにも好きなことさせてあげるから、考えておいてね。俺も考えておくからー」
会話はそこで途切れた。
静寂が訪れる。魔王は消えたのだろうか。
私の好きなこと。
閉塞されたこの屋敷で日々を過ごす私にとって、好きなことって何だろう?
窓の外を見た。夕日が沈み、夜へと移行する時間帯。
空には白い鳥が飛んでいた。
その先には妖精帝国。
妖精帝国は森林を国土とした、縄張り意識の強い妖精族たちが住む、何も考えず行けばそれだけで殺される不可侵地帯。
もしも、願いが叶うのならば――
「そらを自由に飛びたいな?」
「妖精族さんと戯れてみたいな」
「世界を冒険とか、してみたいな……」
この地域の少女が誰でも思う適わぬ夢。
もしかしたら、それが実現できるかもしれない。
矢印が、私の前で小さく揺れた。