ねこみみあつめ
姉と共に窮地を救われた私――ドーラは、いつの間にか、ギルドのサブマスターに祭り上げられていた。
いままでの常識であればありえない展開である。
だって私、猫耳族なのに。
私は危ないところをGM4と呼ばれる存在に助けられた。
ここまでは分かる。
そして助かるためとはいえ、魔王と契約してしまう。
普通、魔王なる存在と契約なんてしてしまったら、魂を盗られ意のままに操られ、そして破壊衝動のままに厄災を振りまく存在になるだろう。
だが、その魔王は違った。
いまの私には確かに意思があり、いままでとの違いは目の前に多数のウィンドウが表示されていること、くらいだろうか。
生活は劇的に変わった。
魔王と契約した人間は複数存在し、その数は5万を超えるらしい。
その彼/彼女らはキャラクターと呼ばれる存在となり、魔王が付与した特性によって様々な能力を持つに至っている、らしい。
かくいう私でさえもシーフという特性を得て盗賊系のスキルを有している。隠密隠れの術だ。
そんな彼らが集まれば国程度あっという間に掌握することが可能。
ギルドを再編し、新たにキャラクター専用の窓口を作ることなど、難易度としては最低の部類に入るらしい。ギルドマスターがキャラクターであるならば簡単だ。
そこで猫人族は、なぜか魔王の間で崇拝の念をもって崇められた。
いわく、「萌え」らしい。
意味が分からないが、その「萌え」とかいう理由でギルドサブマスターに収まった私は指導する立場となった。はずである。
方針だけ示して部屋で3食昼寝するのが指導というのなら。
なぜか私のことをみんなが「この泥棒猫!」とか言ってくるのだが、確かにただご飯を食べるだけならそういわれても仕方がないかもしれない。でもそこに侮蔑の念はなく、楽しそうに言うのはさらに謎だった。理由を聞いたが、猫耳でシーフだからだそうだ。まったく意味不明で考えるだけ無駄ということがよく分かった。
そしてその「方針を示す」というのも今は1つしかない。
「今週の日曜日、つまり明日、トイザーの街に猫耳族を集めろ」
これももともとギルドマスターが出したものである。
受け売りでしかない。
猫耳族を集めてなにをするのだろうか。
ギルドマスターの話を聞くにオークションを開いて新たな魔王と契約させる、とのことだ。が、本来蔑視の対象である猫耳族の男女を好む魔王なんて、いるのだろうか。人気というのがいまいち信用ならない。
虐げられている猫耳族を助けてくれるのであれば素直にうれしい。
町では多くがメイドや労働力として扱われ、多くが町以外の森などで原始的な生活を送る猫耳族。その生活が今のように改善されるのであれば。
その頭にGMという文字をくるくる回転させているギルドマスターは、冒険者ギルドの執務室で先ほどからつっぷしていた。
何かを見るように指を机の上に這わせているギルドマスター。
キャラクターになったために分かるが、あれはおそらく、自分にしか見えないウィンドウの操作によるものだ。
「私、死ねばいいのかな……」
そんな彼女の呟きを聞いて、私は耳を疑った。
世にキャラクターという存在を放ち世界を変革した恩人は、何を思い悩んで悲しんでいるのだろうか。
「どうされたのですか? ギルドマスター?」
出来うるならば助けてあげたい。私を助けてもらったように。
「あぁ、猫耳族の方を今後どうしたら良いかと思ってね……」
うめく様に呟くギルドマスター。
「えーっと、集めたけど猫耳族をキャラクターにしたい魔王がいないってことでしょうか?」
やはりそうか。
なら集めた猫耳族はどうなってしまうのだろうか。
「それはないわね。魔王にとって猫耳は圧倒的な大人気で順番待ちができるレベルだから」
「なら問題は――私達の方、ということですか?」
「いやがる娘っこ達をむりやりキャラクターにするってのは良くないからね。で、私達は一つの案を考えた」
「それはどんな――」
「集めた猫耳族さんで魔王の徒になりたくない子たちには、安住の地、異世界の空中庭園を持ってこようと思って――」
砂丘トトリー。それが空中庭園の名前だそうだ。
天空の空に浮かぶ大庭園。完成時面積がおよそ3,507km^2。とはいえ現在は実装途中でトトリーという世界は砂丘しかないそうだが、それでも約550ヘクタールもあり、護岸工事で波を打ち消し、防風林で風を防ぎ、農家系生産スキルを駆使すれば簡単に緑化して住める大地になるとのこと。
「それは凄い。凄いですね」
猫耳族は今までの住民からは阻害されてきた一族だ。
多少改良が必要とはいえ、そんな土地が、猫耳の帝国が作られるのであれば歓迎すべきことだと素直に思った。
本来であればそんな美味しい話は疑ってかかるべきだが、ギルドマスターが嘘を言っているなど考えられない。
今までも――。そうだったように。目の前に展開される魔方陣はホンモノで、押せば押した通りに反応するのだ。こんな強力な力を簡単に手渡せるギルドマスターが、手の込んだ嘘を付く意味がない。
だけど、そんな悲しそうは表情をするのは何故なんだろう――
「でもそんなものが簡単に手に入るわけがないでしょう?」
「え……」
確かにそれはそうかもしれない。が……。
「ともかくドーラちゃん。みんなを集めてくれるかな。詳しくはそこで話すよ。ねこあつめイベントのスキル配布は明日だけれども、今日のうちに来週のイベントの告知をしないといけないからね」
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熊のような大男は言った。
「ようするにそれは人質、ではないのかね? GMよ」
多くの人が集まる中、ギルド前広場の壇上でグローバルメッセージを使い話す、GMでかつ冒険者ギルドのマスターたる七日野亜細亜。
グローバルメッセージ、それはこの世界全域のキャラクターのメッセージウィンドウ全てにメッセージを流す方式だ。
これは公式勇者スキルの一つでもあるが、魔方陣を敷き、壇上にいれば熊の発言もグローバルで展開される仕掛けも作ってある。その他には課金での行使も可能だ。
その壇上に立つのはその亜細亜の他、サブマスターのドーラ。
そして熊のような大男――熊の亜人たるエセネアもいた。
その熊はユーザー代表としてその場に立っている。
熊の元にはパーティ参加者のメッセージと、会話によるメッセージも流れているはずで、かなり世話しない状況になっているはずではあるが、熊はy表情一つ変えていない――顔が熊なので表情というものがよく分からない。
だがみんなの声を抽出して喋っているためか熊は比較的冷静だった。
「そうかも知れないわね。でも猫耳族は既に土地を追われたしまった。その代わり猫たちが暮らす大国として、12ヶ月に1度、世界の神々が集まる大地を賜するのは良いとは思わなくて?」
もっとも、土地から追い出してここに連れてきたのは私達だけれど。と付け加える。
「追いやったのは自らの商業主義――猫耳を魔王に配布しようとする企みであろうが。違うのかGM?」
熊の言い分は正しい。事実であるから仕方がない。
「そうよ。悪い? でも、キャラクターになることは猫耳の人たちにもメリットはあるはずだけど? それでもさらにキャラクターになることを選択しない人にも空中庭園という安住の地を与えるのだから悪くはないでしょう? もちろん後からでもなれるし」
「く……」
「そうですよ熊さん。私たちだってスキルが使えるようになれば――誰からも虐げられる、なんてことはなくなるでしょう? 良いことじゃないですか――」
それにいきなり魔王と契約しろといっても不安に思う人もいるでしょう? 僕たちが活躍して不安が解消できたら、そのときはもう地元に戻っていてなれません。じゃ、酷だと思うし……。と続ける。
「猫さんがそういうなら……」
二人の一瞬だけ目が合う。
「だがその前に問題がある。で、その土地を得るためのイベントが――」
「サーバ間交流戦ね」
しかしそれもタダで提供されるわけじゃない。
その空中庭園を得るためのイベント。それがサーバ間交流戦。
来週土曜と日曜。元ネタのクローズドベータ版であるディストピアサーバと、アジアサーバとの交流戦をその空中庭園で行い、最後まで生き残った人数が多いサーバーを勝利者とするちょっとした遊び。さらにサーバ間で最も優秀なパーティを庭園の国主とするというルール。ちょっとした遊び程度にそこまでの土地を用意するとか、魔王たちはいったいどれだけの力を有しているのだろうか。
「それで勝てるのか? その交流戦とやら? 我々は公開開始直後でレベルキャップもあるから、最大でレベル50。平均でレベル15くらいしかないはずだ。その点、ディストピア側は最終奥義まで使えるのだからレベル110のキャラクターがぼろぼろいるはず」
「しかし相手は最大で15人。こちらは万単位よ。そこそこ良い戦闘になると思うけど? 多量のPCがぼろぼろ死にながらボス戦に挑む。MMO-RPGの醍醐味だとは思わない? 弱い敵を相手にしてどうするのよ」
「圧倒的に虐殺されるシーンしか思い浮かばぬ」
「友情、努力、勝利。がんばればなんとか。私が聖戦モードを宣言するから例え死んでもちょっとの経験点減で各人が故郷とする場所に戻るだけで安心安全だし、それに、たとえ来週負けても今度はルーピーサーバーの人達と≪修羅の国≫フコーカを掛けた交流戦があって、それでもダメなら残念賞でー――」
「あー。あい分かった。あまり喋りすぎると今回がんばろうというモチベーション下がるからやめてくれ」
「ならテンションがあがる設定の話でもしてみる? このイベントに私の命が掛かっている、とか」
「ほう、それは――」
「私たちがサーバを複数に分けたことによって分かれた2つの魂が、ドッペルゲンガー・エフェクトという不条理によって1つが消滅してしまう。それを回避するためにこんな時期にサーバ間交流戦を仕組んだ。そんなストーリーはどうかしら?」




