俺が木森林太郎だ
「まずは彼女をバックヤードに。奥のドナたんの寝室借りてよいか? 亜細亜君の部屋は気が引けるからな。俺が。緊急事態だし良いだろ?」
「畏まりました」
デブでメガネのおっさん、木森林太郎が、OL風のオンナ――実際この研究所のOLなんだろう――に指示をする。
「さ、こちらへ――」
確かにこのままではマズイと感じた俺はそのままジアちゃんを横抱き――お姫様だっこで抱き抱えると寝室に案内され、ベットにジアちゃんを降ろした。
OLの人がシーツをかける。
「技術的なことは分かっても妖術的なことは分からんからな。そっちによる回復はようこたんに任せるとして、問題は存在感――だったか。そいや、君誰?」
「火炎剣のタッキーなのです。キモたん」
「ほう。君がようこクンが熱を上げているタッキーかね。で、そこの娘が、って言うまでもないが」
「ジアちゃんですね……」
「なるほど――。七日野亜細亜そっくりだな。さすがはオリジナル――」
ふむふむと考え込む木森。どうやら中二の美少女ちゃんからはキモたんと呼ばれているらしい。木森だからキモたんなのか、きもいからキモたんなのか。そこはそっとしておいた方が良いだろう。
「で、存在感だったな。それならば簡単だ。ネットで周知すれば良い」
「だけど、「魔王になろう」の小説版ではジアちゃん出ているんだろう。これからさらに周知って、どうすれば……」
「ふ、そんなの決まっているだろう。サーバー間交流戦だ。そこでジアちゃんと亜細亜ちゃんの両方を戦わせて、ジアが1人ではなく2人いると認知させる。その様子を周囲に見せ付ければ、動画でも取らせて周囲に広めれば存在感はアップするだろう? そうすれば2人が消えることはないさ。たぶん」
「サーバー間交流戦……。そんなこと技術的にできるのか?」
「このキモたんこと、木森林太郎に技術的にできないことなどない! がっ」
「がっ」ってなんだよ。「がっ」て。
というか、話すたびにポージングはやめようよ、まじでキモいから。
「妖力的にはようこたんが、技術的には俺様でなんとかなるが、そもそもサーバ間交流戦自体を広めるための広報的にはちょっとな……。ドナたん。ようこたん。そこのジアちゃんはどのくらい持ちそうなん?」
「バイタルは安定してきています」
「んー。とりあえずもうちょい回復したらディストピアに戻すとして、2週はなんとかなるのです? それ以降はちょっとって感じ? 余裕を見るなら1週以でみないと?」
中二の美少女がベットの上の空間に魔方陣を描きつつ答える。ホログラム? なにげにすげぇ。
ドナたんというのはOLの人のようだ。彼女はジアちゃんの服のボタンを緩めて脈を取っている。彼女もそれに頷いた。
「なら明日告知、来週イベントで、再来週予備というあたりか? もともとサーバ間交流戦はやる予定だったけど、半年後くらいの、ユーザーが慣れた頃を想定してたんだがなぁ。しゃあない。しばらく徹夜か……」
木森林太郎は頭を掻きながらつぶやく。
そして俺の方に向き直った。コロンビアのポーズをしながら。
「で、俺様であるキモたんこと木森林太郎はそっちでがんばるとして、亜細亜くんはアジアサーバで告知するだろう? ってことは必然的にタッキー。ディストピア側の広報をお願いできるかな?」
「僕は?」
「ようこたんはタッキーのサポート。それから幼女なんだからがんばって妖気しこたまだせや」
「うぇ」
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アジアサーバ、トイザーの街の冒険者ギルド最上階に≪瞬間転移≫した、私――七日野亜細亜はメッセージウィンドウを開き、文字だけではあるが、タッキーとようこや、キモたんとの会話を眺めていた。
ギルドマスター用の、私のために用意された椅子と机。私は椅子に座り机につっぷしながら。
「そうか、愛されているんだなね。今の私は――」
そこで私は知ってしまった。
タッキーが如何に「今の」私のことを愛しているかを。
「しかし酷いな…」
私を殺してでも――タッキーは確かにそういった。
私がその場にいないからといって、見てもいないと思っているのだろうか。
「私、死ねばいいのかな――」
でも死ぬことではできないだろう。
「魔王になろう」がゲームである限り、この異世界では死んだとしても生き返るのだ。
試したことはないが、地球に戻って死んだとしても、もしかしたらこっちの世界で生き返るかもしれない。
「本当に酷い――」
そしてさらに追い討ちを掛けるように続くサーバ間交流戦の話題。
いつの間にか、私がアジアサーバでの告知をすることになっている。
タッキーはきっと分かっていないのだろう。
今の私の認知度が上がり、私が今の私の『影』であることがみんなに知れ渡ったとき、ドッペルゲンガーエフェクトで私がどうなるか、なんてことは。もちろんそんなことはないかもしれないけれど。でも、多少でも私のことも見てくれてもいいのに。
いや――。私がどうなっても今の私を助けないと。
もともと今の私が酷い目に合っているのなら、今の私を助けるために人身御供として身を委ねよう、などと考えていたくせに、何を迷っているんだろう。死ぬくらいなんだというのだろうか。前の世界で私は何回殺されたというのか。
それでも私は――
閉塞感におかされた私をタッキーが開放してくれたあの日を思い出す。
遥か天空から大地である異世界を星として眺めて、ゴブリン倒して、それから魔王ロロと戦ってこれも倒して、舞踏会では男どもを手玉にとって、対人でいろんな戦闘をしまくって……。
タッキーに無理やり引っ掻き回されて、確かに酷かったけれど、でも不幸ではなかった。
それでも私は、今の私も幸せにしてあげたかったんだ。もっと良い形で。
「どうされたのですか? ギルドマスター?」
ふと目をあげる。そこには猫耳族の少女――確か名前はドーラ――が不安そうな瞳で私のことを見つめていた。




