修羅場回
ピンポーン、とチャイムとしては酷く普通の音がした。
もっとこう、尋常でないものを想定していたのだが。
頭にセが付く警備会社のシールも張ってあるし、ちょっと上を見ると防犯カメラもある。警備はしっかりしているようだ。
「はいはいーぃ。今出るのですー」
間の抜けた声。それはどこかで聞いたことがある声だ。
扉が開かれる。
「あー。タッキーだー。超久しぶりなのです!」
そこには自称中二の美少女が立っていた。
「さ、入って入って。ジアちゃんもこんばんわ。こちらの世界では始めまして。GM3こと七日野ようこです。あ、タッキーは知っていると思うけど、部屋の中では靴は脱いでね。ここ日本だから」
言われるままに段差のある入り口から入る。
そこに広がる光景に俺は目を見張った。
「なんじゃこりゃー」
どこかの外国製メーカのサーバが所狭しと並んでいて、しかし中央には何層もある大きな魔方陣が鈍い血色の光を放っている。その連結は職種っぽい何かだ。とても1つの部屋に入りきるような大きさではないのだが、なぜか部屋一つに収まっていた。錯視かなにかなのだろうか。
「ちょっと手狭になって空間広げているのです」
「そんなことできるわけが……」
「異世界とここを繋ぐよりは遥かに楽ですがナニカ」
「それもそうですよねー」
俺の質問に的確に答えてくれる自称中二の美少女ちゃん。
さすがに「魔王になろう」の異世界のときのように狐耳に金色の七尾に巫女服ルック、ではなく、ここの地元の中学校らしい制服を着ていた。
その魔方陣を抜けて俺たちはリビングへと向かう。魔方陣の部屋に対して休憩室といった方がよいだろうか。さらに奥にはシャワールームと、仮眠室――要は寝る場所――があるようだ。
そこのリビングは魔方陣のある部屋の1/2くらいのスペースではあったが、サーバ類がない分意外と広かった。
丸テーブルに6席の椅子。中央に煎餅系の御菓子のたぐい。
その1席に一人の少女が座っていた。
「こんにちは。タッキー。そして私さん」
優雅に一礼してくるのは、最近転校してきた七日野亜細亜だった。
ジアの腕を組む力が強くなる。少し震える様子。
「こんにちは。私? 始めまして」
「ふーん。意外と――。うまいことやっているのね」
そのジアと俺を亜細亜はなめるように眺める。
「以前のタッキーは結構酷かったけど、今ではまともになったのかしら?」
「今も結構酷いですわよ。お風呂覗いたりとか?」
「こらー。ここでバラさないで――」
亜細亜の視線が冷たくなる。
ジアはそれに「ひぃ」と声を上げた。
「って、そんなことを言うためにここに来たわけじゃないだろ?」
このまま修羅場会に突入することはやばい。
俺は話を逸らすことを試みた。
「えーっと、で何しに来たのタッキー&ジアちゃん。って予想付くけど」
ポットから出のコーヒーを配る自称中二の美少女ちゃん。
「聞きたいことがあるからですわ。貴方は誰? ということと、どうして私の魔王に近寄るの? ということ……」
ジアちゃんは言葉こそ丁寧な感じだが、雰囲気的には敵意むき出しの獣のそれを思わせる感じだ。「がるるぅ」とかい声が聞こえてきそう。これはまさか世にいう修羅場というヤツなのだろうか。
やべぇ、修羅場から逃れそうにねぇ。
手に汗を握っているのか腕からは少し湿った感じがした。
というか、温かみが俺の心にやべぇ。胸がもろに当たっていてやばすぎるぜ。こんな修羅場なのに顔がにやけそうなのだが。俺はHENTAIなのだろうか。いや違う。不健全な肉体に不純な精神が宿っているだけなのだ。
「えぇ、ちょっとした縁でね。私も以前、このタッキーに召喚されたことがあってね。何度も何度も、殺されたこともあるのよ」
「俺はそんな記憶はまったくないのだが?」
「それはそうよ。いろいろ遊びつくして、取り返しの付かないことが起って、世界が滅亡して――、そして一旦、世界を巻き戻したのがこの世界なんだもの。異世界の名前を『ディストピア』にしたのもそういう理由からね」
「今の世界が一度滅亡したことがあるだって? そんなこと、ありえるのか……。できるわけないだろ……」
飛躍についていけない俺は疑問を呈した。
「ふふふ……。僕の魔力を舐めないで欲しいのです。それに異世界は『なんでもできる世界』だからね。例えばタッキーが、『リア充、爆発しろ!』とか叫んでも現実で爆発が起きるわけがないけど、小説の中でそう書き込んだら実際に爆発して人類まるごと滅亡するでしょう? それと同じ原理なのです。その異世界をユークリッド幾何説と融合させて、無限遠点上の――」
「う。難しいことは分からんがなんとなくは分かった」
俺はそうそうに考えることを放棄した。
そりゃそうだろう。考えても分からないのだから。
大体、ジアちゃんという実物が2人いる時点で信じるしかないのではないだろうか。
「でも2人の様子を観て安心しましたわ。よろしくやっているって聞いてはいたんだけどね。信じられなくて……。タッキーのことだから私をまた殺しまくって大破壊とか、酷いことをしているなら私が人身御供になって全部受け止めようとか考えていたのに。馬鹿みたい」
「って、そのときの俺ってそんな酷かったのか? おれ、こう見えてもものすごいチキン野郎だぜ?」
「そなのです。ハートフルポイントとか導入したのもそのせいなんですよ。それに僕のこと使い魔とかいって弄んだり。それに僕をこ、こここ恋人として――」
「こらこら、嘘教えたらだめでしょう?」
中二の美少女ちゃんを捕まえて両手でこめかみをぐりぐりする亜細亜ちゃん。
顔に怒りの青筋が立っているように見えるのは俺のキノセイなんだろうか。うん、キノセイだよね。
「なら誤解は解けたと思っていいの? 私の魔王を盗ったりしない?」
「えぇ。そうね――。じゃぁ私は大崎くんでも狙おうかしら?」
そこへジアちゃんは右手をすっと出す。
「仲直り、しましょうか? ごめんなさいね。私、貴方が魔王のこと寝取ろうとしているのではないかと思ってたの。黒の歴史書も見たし――」
「黒の歴史書? なにそれ? ともかく仲が悪かったわけでもないけど、仲直りというならしましょうか。私さん」
その手を握る。2人の間に握手が交わされた。
そのとき。
「う……。あぁぁ」
急にジアちゃんが苦しみだし膝から倒れこむ。
あわてて俺はジアちゃんを抱き起こした。
ジアちゃんは既に気を失っている。
そのジアちゃんの周りにはちらちらと金色のモザイクのようなエフェクトが――
自称中二の美少女ちゃんが叫んだ。
「まずいのです。これはドッペルゲンガー・エフェクトだ!」




