ヒストリカル・ブラック(前編)
「じゃぁまずはアイテムボックスの使い方から。
ジアちゃん。これをアイテムとしてしまってみて?
まずはカバンの形をしたアイコンを押すの。
タッキー。私からはウィンドウ見えないからサポートお願い」
『はいはい。左上かな』
俺はマウスを操作してアイテムボックスのところでぐるぐる円を描くようにまわしてみる。
あれ、やっぱりジアちゃん。マウスの動きに反応している!
これは面白い。猫じゃらしみてぇ。
ジアちゃんはおそるおそるといった様子でそのマウスで描いた円の中心――アイテムボックスのアイコンをクリックする。すると新しいウィンドウ、アイテムの一覧が表示させた。
始めての動作のためか、アイテムの一覧が出たときに大きく手を引っ込めるジアちゃん。なんかういういしいな。
自称中二の美少女ちゃんはアイテム一覧が出たであろうことに頷き、棒のようなモノを虚空から取り出した。
「あ、地元の鉄器ですわ」
ジアちゃんは地元の――とかなんとか言っているが、どう見てもそれは鉄パイプで、先っちょにわっかが付いているだけのシロモノにしか見えない。
そして、その鉄パイプには見覚えがあった。
あれは――いろいろな意味でヤバイ。
「それを左手で持って左手を右手指のどれかと接触させながら、アイテムボックスの空いているスロットをクリックするのです」
ジアちゃんが操作すると鉄パイプは一瞬で消えうせる。
「逆のことをすると取り出せるから」
ジアちゃんが逆の動作でアイテムボックスからアイテムをドラッグ&ドロップすると、再び鉄パイプが出現する。
ジアちゃんの顔が笑顔になった。くっ、可愛い。女騎士ならばくっ、殺せとか言い出しかねないレベル。
ジアちゃんは練習なのか、アイテムの出し入れを何度も繰り返した。
「すごい、こんな魔術が簡単に……」
「いやいや、そんなのは魔術ですらないよ」
「そうなのです」
ジアちゃん。それ魔術じゃないから、単にアイテムボックスにものしまったり、出したりしただけだから。
「これより、さらに凄い魔法が使えるなんて……」
「でもこれ以上はMMO-RPGなんだから職業設定してレベル上げていかないと駄目だよね?」
やはりここはレベル上げだろう。しかしこのジアちゃん、姫様って設定なのにこの後山にモンスターしばきに行ったりとか大丈夫なんだろうか?
姫様でも狩りしちゃう世界感とか何気にすごすぎるんだが。
「いや、そんなことないのです。ジアちゃん。錫杖を取り出して掲げてみて」
そこで畳み掛けるのが自称中二の美少女。
「あ、はい」
「そこで適当にジアちゃんが考えた最強のスペルを唱えれば最強の攻撃魔術が出せるから――」
「えーっと、それじゃ……」
思案にふけ始めるジアちゃん。だからそれはダメだ。
「おぃやめろ。それってさっき、俺がOFF会でぶちあげたネタじゃねーか?」
俺はそれを止めた。それは黒歴史すぎる。
「うん。そうだよカミに誓ったやつ。もちろんタッキーのは特に動画を参考して作った特別製だからぁ!」
カミって、神じゃなくて、紙にひたすら中二設定で書いたやつじゃないか。
『威力ってカミに書いた設定通り?』
俺は冷や汗をかいた。もし書いたことが全て採用されていたら――
「うん。そうだよ。全力で使えば――文字通り世界が崩壊し、世界一面の砂漠が出来上がるのです」
OFF会で話をしたのが今日の昼。OFF会から帰ってきてインストールしたところだから数時間も経っていない。それらなのにこんなに速く実装してくることに俺は正直びびった。これは始めから用意していたんじゃないだろうかと疑うレベル。
「魔王様はそんな強大な力を持っていらっしゃるのですね」
ジアちゃんはそれに対し、こんな人が私の魔王だなんて、魔王様すごい。とかいった感じでキラキラした笑顔を俺に魅せる。
やめてー。俺恥ずかしさでしんじゃうー。死かけた魚のようにびくんびくんしちゃうから。そんなんじゃフィオレフィッシュ作れないからー。
「ジアちゃん。それは公式には決して語られることのないヒストリカル・ブラックの禁呪だ。だから絶対に使っちゃいけないよ」
俺はこの黒歴史を闇に葬るべくジアちゃんに言いつくろう。
なんとしても闇に滅するのだ!
「はい。分かりましたわ。魔王」
だから、その尊敬のまなざしはやめてー。
俺は悶えた。
「ヒストリカル・ブラック。黒の歴史――」
自称中二の美少女は面白そうにころころと笑った。
こいつ、笑いすぎである。
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その後、俺と自称中二の美少女はチュートリアルという名前の注意事項を会話で話し合った。
この会話というのはどんな遠隔であっても2人だけで念話ができるという、MMO-RPGではよくある機能の一つだ。
なんでも、ジアちゃんに直接言わないのは、ジアちゃんは伯爵家の姫様なので世間を知らない、魔王である俺がいろいろ教えた方がロールプレイを楽しめるだろうという理由だ。なるほど、俺色に染めろということだな。
そこでまず話題になったのが、この世界「ディストピア」は時間軸がこちらの世界とまったく一緒だということ。それじゃぁ今夜なんだから狩りにいけないじゃん。ばんばん山に行って敵をしばきにいこうと思っていたのに。
次の話題としては経験点だ。クラスを選択後、そのクラスっぽい活動をすると経験点をゲットできる仕組みだということで、それなら単に魔法を使うだけでもOKか、と聞けばOKという返事が。だが、ジアちゃん魔法を持っていなかった。となれば、最初は定番の冒険者ギルドでクエストしまくる方向になるだろうか。
「それじゃ、僕は次に向かうのです」
そんな感じで5分ほどで話が終わり、チュートリアルは終了となった。
「次は魔王、≪週末の金曜日≫くんだね」
今回のOFF会のメンバーは俺、自称中二の美少女、大学教授の≪週末の金曜日≫くん、そして自称≪単体最強≫(笑)くんだ。GMは全員に『魔王になろう』のソフトを配っていた。
そして≪単体最強≫くんはまだログインしていないとのこと。逆にいうと≪週末の金曜日≫くんは既にログインしていて、自キャラと会話を始めたところだろうから速めに行ってあげないといけないだろう。
「ジアちゃん、タッキー。僕がこんなにお膳立てしたんだ。赤羽ちゃんとか煽りまくって-―。だからね。お幸せに、ね」
「おぅ、まかせとけ」
俺は力強く答えた。俺の自キャラだぜ。さて、なにして遊ぼうか。
「じゃ。タッキー、愛してるよ――」
そしてGMは画面から消えた。
いきなり可愛い娘から「愛してる」とか言われるとリップサービスでもドキリとするのでやめて欲しい。
チキンハートが持たないぜ。
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「えーっと、というわけで今日から俺の嫁になったジアちゃんですがッ」
「え!? あ、はい」
あれ? そこなんで疑問系? 俺の自キャラなんだから俺の嫁でいいよね?
「明日から冒険に出るための――、冒険に興味をもったおてんばな姫様が冒険者ギルドで無双する回をやってみたいと思います。よろしくねー」
「はい! よろしくお願いいたします。魔王」
「レベルがあがったらジアちゃんにも好きなことさせてあげるから、考えておいてね。俺も考えておくからー」
今日はこんなものだろうか。
ちなみに今日のOFF会は土曜日。明日は日曜日。
要するに明日は1日中ジアちゃんをすきに出来るのだ――
楽しくないわけがなかった。