かつて世界を滅亡させた少女
かつて世界を滅亡に追いやった少女がいた。
その少女には一人の魔王と、その魔王に仕える一人の亜人が憑いていた。
世界を破壊したその技は、その魔王から授かったものだ。
ちっぽけな破壊――たかだか数千程度の死んでいった者たちを救うため。
彼女とその魔王が選んだのはそう、更なる破壊をもって人々の魂を集め、その魂をもって最初からやり直すこと。
その名を大魔術≪巻き戻り≫
数多くの人の魂を得たその代償はこの一面の砂漠だ。
世界全土は砂漠と化した。
暑い日差しが少女――ジア・スルターナに飛来する。
そこには少女と砂漠と太陽以外、なにもない。
少女は分かる。この世界は死んだのだと。
そして少女は思う。騙されたのだと。
大魔術≪巻き戻り≫は確かに起こったのだろう。
私こと術者以外、生きとし生けるもの全てがこの世界にはもはや存在しなかった。
巻き戻った世界で、いにしえの魔王とその従者は何を想うのだろうか?
すでに少女のことなど忘れて、巻き戻った世界で同じことを繰り返しているのか?
それとももっと別の、楽しいことを面白おかしくしているのだろうか?
「はは……。あははは……」
少女は笑った。狂気に触れて。
「あははは……」
少女は笑い続けた。もはやそれ以外できないとでも言うように。
「あははは……」
強い日差しを浴び続けた少女は、笑い続けながら熱中症で崩れ落ちた。
(あぁ、このまま死ぬのだろう)
少女は最後のときを迎えようとしていた――
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「もー。そのタッキーとかいう魔王、本当に酷いよねー。そうは思わないのです? ジアちゃん」
「いや、貴女もたいがい酷いと思うのですが」
「だってさー、巻き戻った後、まさかジアちゃんがもとの世界に残っているとは普通思わないじゃない? だって、こっちの世界にもいるんだよジアちゃんは。気づくのに時間掛かってごめんね」
木森林太郎 (きもりりんたろう)の率いるゲームクリエーターチーム「雷精霊達 の 技術基盤機構」
魑魅魍魎の妖怪達が住むとされる、ひよしの地へと続く坂の中腹に彼らの研究所、夜神坂研究所はあった。
その研究所――ぶっちゃけアパートなのだが――の一室にはアルミン酸ストロンチウムを混合させた人の血で描かれた魔法陣が敷かれている。その周囲を埋め尽くすのは米国Cuaris社のサーバー群。
これこそが「魔王になろう」のMMO-RPGシステムハードウェアそのものである。
そんな魔法陣で召喚されたのは全裸の少女。ジア・スルターナ。
金髪巨乳の外国人風の容姿。倒れこむ姿は非常に艶かしい。
前述の≪巻き戻り≫前の少女だ。
その少女の視線は亜人の女の子に向けられている。
その亜人の名前は七日野ようこ。彼女こそ、日本のあの戦争を生き抜いた大妖狐。「魔王になろう」のゲームマスターの一人だ。
異世界を破壊させた張本人でもある。
「記憶は、あるのですね?」
ジアは、ようこに問いかける。
巻き戻りを起こしたのであれば、記憶も何も残らず最初からやり直すはず。
少なくともジアはそう聞いていたのだ。
「うん。≪巻き戻り≫前の僕は全魔力を消費して消えちゃったみたいだけどね。そのかわり僕に魔力と記憶が残って七日野なのに九尾狐の妖怪になっちゃったのです」
「それで、今の私は?」
「今のジアちゃんは何も知らないよ。タッキーもそう。この巻き戻った世界でジアちゃんとタッキーは今幸せによろしくやっているのです。僕としてはムカつくんだけど!」
「ほぅ」
ジアは思う。あの時の出会いは最悪だった。
無理やりこの世界に召喚させられ、隷属の魔法によってキャラクターにさせられた。その後は――
「しっかし、どうしようかね。私が術使用主体だから巻き戻り前の記憶が残るのは当然として、ジアちゃんが術者として身体まで残るって予想外、なのです」
「これからどうすれば――」
「うーん。困ったねぇ。本当はそのまま放置で知らないふりしておけば、ジアちゃんが巻き戻り前の世界で死ぬだけで終わったんだけど――」
「私、既に死に掛けていましたけど? 発狂しそうなレベルで」
「ごめんなさい。最大限譲歩するのです。でも元の世界に戻すとかできないのです。元の世界はシュレーディンガーの猫になったのです」
でもそれは当然か。
なぜそこに猫が出てくるのか意味は分からなかったが。シュレーディンガー? 誰?
「そして、今のこの世界では『私が』すでにいるから――」
「だから今の世界でも異世界に戻すことは――できるけど生活はきっと無理だと思うのです」
私がすでにいる世界で、「私」が出て行ったら私が2人になる。
今のこの世界の異世界に戻ったとしても、もはや以前のような生活はできないだろう。
「――それは、困りましたわね」
「なら、こっちの異世界で生きてみるのです?」
いたずらっぽい笑顔で女狐のようこは笑う。
ジアが頷くと、ようこは満足そうに頷いた。
「では、僕の異世界『地球』にようこそ。ジア・スルターナ」
「よろしく。七日野ようこ」
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≪巻き戻り≫という事象から着想を得た七日野ようこは、MMO-RPG「魔王になろう 」を新しい段階へと進化させるに至った。
それは、複数のサーバーを用意すること。
世界は次元で分割できる。だから複数のサーバーを用意することができれば、それぞれ違ったMMO-RPGを楽しむことができるのだ。
ディストピアの世界では魔王の数の増加に耐え切れない人口であっても、別の世界であれば耐え切れる。そういう事情もある。
そして公開用に用意されたのは2つのサーバー。
・人口約1億2730万人。日本風の世界観の「ルーピー・サーバー」通称ルーピー鯖。
・人口約12億5200人。東南アジア・東欧の世界観の「アジア・サーバー」通称アジア鯖。
それぞれに物語推進役のGMとして、GM3:七日野ようこと、GM4:七日野亜細亜が配置されている。
基本、アカウント登録は必要だが無料。
キャラクター選択初回時にキャラクターの検索項目を増やす毎に重量比例課金。これも猫耳/貴族/超美形などといったレアな属性が一切不要であれば無料で作成できる。そして、特に検索項目を増やさずともなぜか不思議と相性にあったキャラクターが選択されていた。
以後は、一般会員かプレミアム会員かの選択。その他アイテム課金。
プレミアム会員になると専用の高速回線で画質が良くなるなどのよりよいサービスを受けることができる。プレミアム会員となるとまるで実写のような画質で、かつ、いろいろなところを拡大表示できるとあってかなり好評を博しているようだ。
こうした環境で始まったオープンベータテストは無名の企業であったにも係わらず1万以上のアカウント登録があり (サーバが異なると別課金のため重複者あり)、正式オープン時には10万を超えるアカウント登録が行われるに至った。




