下着売りの少女
ジアちゃんがこっちの世界に来た場合に必ず全裸なのはマズイ。猛烈にマズイ。
目のやり場に困るから。そしてなにより出かけられないから。もしも来るのであれば、でで、デートとかしてみたいものじゃないか。そう思わないかねキミ。
いや、服着ていたとしても大抵の場合中世風のドレスなのであんな服を着ていたら目立つから出かけられないが。
そういうわけで俺はジアちゃんの服を購入するため、バイトに走った。
ちなみに学校では基本バイト禁止である。いちおうの所、受験校なので。ともかく、友達の大崎のツテを頼って肉体労働系のお仕事を何本化こなすことができた。予断だがこれ以上は法律とかがいろいろあって無理だ、とのこと。何か良い手を考えねば。
そんなこんなで、俺はどうにかこうにか多少の服が買える予算をgetすることができた。使っていない小遣いとか、削った昼飯代なんかもここぞとばかり投入すればなんとか。
清楚な姫様の休日。めざすのはその辺だ。
インターネットを調べまくって、セレクトショップというところの服関係のいいところを何箇所か選んではある。
あぁ、ジアちゃんなら何を着せても可愛いのだろうが、せっかくこっちに来るのであれば、女物のちゃんと服を来てもらいたい。
ここでコスプレ系のいろいろなものも一瞬頭を掠めたがまずは普段着だろう。友よ。そんな衣装代がどこにあるというのだい? 服だけでもきついというのに。予算があればもちろんGOするところだ。
それはさておき、今日である。
「んじゃ、≪瞬間転移≫クリックしてみてー」
「はぁーぃ。では試してみますわ」
躊躇なく≪瞬間転移≫を押す。
「えへへ。来ちゃった。やっぱり一度『見たことがある』なら私一人でも来れますのね」
やっぱり全裸のジアちゃん。
だからその姿で抱きつくのはヤメレ。
「あー。早くそこの下着を着てよ。ブラでなくキャミだからなんとかなるだろ。俺目をつぶっているからさ。上着も俺ので済まないが着てくれ」
あわてて用意した女物の下着を指し示す俺。
上着は男物の服でもなんとかなるだろうと思って俺のものを用意した。まぁ今から買いに行くわけだが。
上下ともぶかぶかだがなんとか耐えてくれ。サイズなどわからん。まぁ、下はヒモパンだからサイズは調整可能だろう。え? なぜそんなものを購入できたかって? いやぁ、ブラジルの奥地の森にはなんでもあるのだよ。なんでも(棒
しかし、サイズかー。後で聞いておくとか? でも怖くて聞けない。いや、ジアちゃん帰ったあとに買うことも考えると……
などと考えているとジアちゃんの着替えが終わったらしい。
「着替え終わったわよ」
「おぉ…」
なんだかこっちに来てから始めてジアちゃんをまともに見たかもしれん。
「か、かわいぃねぇ……」
「えへへ――」
はにかむ笑顔は恋する乙女のよう。ってそのセリフ、俺が言っていいのか?
「では、出かけますか」
「異世界探索。緊張します」
「いや、そんな緊張しなくても」
「いやだって異世界ですよ、異世界。どんな世界なんだろうって、わくわくしてきませんか?」
「しないなぁ。だって俺はここに住んでいるわけだし」
「でもせっかく異世界なのにウィンドウ類もぜんぜん表示されないし。スキルも使えないとかちょっと不安――」
「それは普通」
さすがに現実世界でMMO-RPGのようなウィンドウが表示されているままだとか怖いと思う。
「何かあったら、マスターが守ってくださいね?」
「あぁ、そこは任せておけ」
だが、いきなり守れそうにないのだよジアちゃん。
最初のデート先は、下着屋だ――
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ジアちゃんは自動車にびっくりしながら興味を示したり、始めて電車にオドオドしながら乗り込んだりしていたため、移動だけでもかなりの時間を必要とした。
そりゃそうだろう。中世風の世界『ディストピア』とこちらの地球とはなにももが違う。何世紀以上の違いがあるはずだ。魔法と剣の有無以外は。
だが問題ない。いくらオドオドしていてもジアちゃんは金髪巨乳のモロ外国人にしか見えない。始めての日本で戸惑っている風を装えば気にも留められない、と思う。うんたぶんきっと。まるでゲームのキャラクターから抜き出してきた超美形の美人であることを除けば。ちらちらと周囲の視線を感じるがまぁそういうものだろう。ここが秘境のような田舎でなくて本当に良かった。
といことで下着屋に到着したわけだが。
いや、そもそも下着屋に来たかといえばサイズが分からないからなのだよ。何度もブラジルの森林の名前を関した通販サイトにお願いするのもなんだし。まず下の問題をなんとかして、それから上着を買いに、という流れだな。
「で、なんでこんなところにタッキーがいるの?」
だが、そこに立ちはだかる一人の女店員。蔑むような視線。
この小柄な少女は、同じクラスメイトの浅井留奈だ。
「なんでおまえ、そんなところで下着なんて売ってるんだよ。だいたいバイト禁止だろうちの学校」
この際、自分のことは棚に上げよう。
「ときどき巡回しているセンセイはみんな男だからね。こういう女の園には来ないのよ。って、なぜタッキーが? 彼女いない暦長すぎて、ついに目覚めちゃったの?」
まるで俺をHENTAIかゴミかを見るような、氷点下ゼロの抹茶ラテのような視線だ。
やべぇ、一番見られてはいけない奴に見られた気がする。
女子ネットワークをあまく見てはいけない。
ここはなんとしても話をてきとーにズラさねば。
とはいえ、これはちょうど良いかもしれない。
俺は後ろにいたジアちゃんを押し出して、むりやり浅井くんに押し付けた。
「えーっと、彼女は? もしかしてタッキーの彼女? それで下着を……、あんた、まぢHENTAI?」
戸惑う浅井くん。
よしジアちゃん後はがんばれ。教えた通り「実は流暢な日本語喋れるけど、カタコトの日本語で日本のこといろいろ間違って覚えているガイジン」を装うんだ。
「ワタシ。ジア・タキガワいいます。アニがお世話になっておりますね」
「え?」
「え?」
いきなり自己紹介で兄ってどういうことやねん。
なぜか大阪弁だ。
(え、兄ってどういうことやねん)
俺は小声でジアちゃんを問い詰める。
(GMさんが、結婚は無理だからとりあえず『籍をいれとこー』って)
(は? そんなことできるわけが。っていつのまにGMと話してるん?)
(えーっと、何でも『権力という名の魔法のステッキ』を使って、マスターのお父様を『二時間ばかり豚箱で説得』したら素直に応じてくれたとか、なんとか?)
(なにしてくれちゃってんの自称中二の美少女ちゃん!)
(これで『じじつじょーのこんいんかんけー』完成ですよ。おにいちゃん(はーと))
(いきなり重過ぎるだろ、それ?)
(なに? 私のことは遊びだったの?)
(……)
(そこ! 黙らないで不安にさせないで)
「ちょっとー。なにひそひそと、見せ付けないでくれる?」
「えーっと、とりあえず、客はジアちゃん。日本語そんなに詳しくないって設定だから懇切丁寧に教えてくれ。はい予算はこんだけ。俺はここにいると注目あびまくりだから早く外に出たい……」
「ふーん。ま、それは了解。バイト戦士としては予算ぎりぎりに良いものを売りつけてあげますから。じゃ、タッキーはさっさと外に出てけこのケダモノがッ」
「退散、たいさーん」
俺は浅井くんにお金をわたすと逃げた。
正直、下着売り場とか目のやり場に困るぜ。
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「えーっと、実際のところジアちゃんとタッキーってどういう関係なの?」
「ワタシが弱っているところに付け込んでいろいろしてくれちゃったのでーす」
「――。ほほう。そこんところ詳しく」
下着の試着の最中に繰り広げられる、浅井の「事情聴取」と、ジアによる「既成事実」の積み上げ。
明後日の朝のホームルームはさぞかし面白いことになるだろうと浅井はほくそ笑む。生徒からは浅井留奈の吹聴は全米が震撼するレベルで怖れられていた――




