陰謀渦中
スルターナ家はエンパイヤ帝国内4公爵の中で最弱の地位を欲しいままとする一角である。
肥沃な国土を持つスルターナ家。モンスターの出現も少ない。本来であれば裕福であるだろうが、実際にはエンパイヤ帝国に貢献という名前の税金を搾り取られているため、貧乏である。
私の軍隊はほぼない。帝国から反逆を怖れられて取り上げられた。なにかあれば冒険者ギルドに頼るような有様。
公爵家の中では新参で格式は最低。エンパイヤ帝国と隣接したとき、ろくに戦うこともせず無血で併合されたからだ。
その見返りとして得た公爵家という地位。その高い地位をエサに釣られたスルターナ家は、併合後すぐにでも適当な濡れ衣でも着せられて誅殺されるだろうと誰もが思っていた。今では回復している領民からの支持も、当時は最悪に近い状況。
そんなスルターナ家がいまだに生き残っているのは、軍隊をほぼ放棄したことにより得られた資金を帝国への貢献としての提供したことや、活動の場を諜報に移して権謀術中を巡らせたことによる。
人呼んで謀略のスルターナ家。その当主ワリィ・スルターナ。
それが古狸の異名を持つ、ジア・スルターナの父親である。
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エンパイヤ帝国、帝都ステート、ゲィード旧王家邸宅。
俺は、そのワリィ・スルターナに怒鳴り声をあげる。
「それで、なぜすぐにでもジア姫の救出に行かない?」
スルターナ公爵家の第一王女ジア。
近年になってその存在が公になった姫であり、帝国外への越し入れが決まっていた。その国の名前がスラッシュ公国。だが、その国での結婚式の当日、ドラゴンを含む魔物に襲われジア姫は攫われてしまったという。
スラッシュ公国は半年以上前から大規模に魔族領を攻略しており、その復讐を受けた、というのが一般的な見方である。
「ネーム様。あの国にも面子というものがあります。既に魔物からの襲撃で面子を潰されたところに、さらにその面子を潰すようなことは――。それに、我々スルターナ家はご存知とは思いますが派遣する兵にも乏しく」
「自公国の姫が攫われるような事態で面子など気にしているような場合か?」
普通に考えて、大事件だ。
しかし、この古狸。どうも歯切れが悪い。
「なんだ。まともな兵がおらんのなら俺が『鶴の一声』でウェイバー公爵家に働きかけて――」
「やめてください!」
帝政の表舞台からは退いたとはいえ、ゲィード家は帝国旧王家であり、ゲィード家に対しては現皇帝を排出する公爵家であってもその発言は無視できない。一声かければ1万からの軍隊が2週間もかけずスラッシュ公国に向けて進撃するだろう。
「妖精帝国と戦争がしたいのですか貴方は。スラッシュ公国はほぼ形だけとは言え妖精帝国の属国なのですよ」
「ぐッ――」
「それに兵力といえばスラッシュ公国もあなどれません。ドラゴンですら数時間のうちに屠る戦闘力。その彼らがなお攻めあぐねる魔物」
確かにドラゴンといえば恐怖の代名詞だ。
ドラゴンの怒を買ったことにより、数万の市民がいた町が一瞬の内に崩壊させられた、などという事件も過去にはあった。
敵はそれを上回るというのだろか。
「さらには敵の中には≪魔王≫を名乗る魔人もいたとか――」
「は? 魔王? それはまことか? スルターナ公爵」
「はい。いたようですが、それが何か?」
魔王? まさかこの世界の人物ではなく異世界の魔王がこちらに来ているというのか? 考えられるのは黒の歴史書にあった魔王ロロ。
彼女は確かの妖精族エアリの魔王だったはずだ。
そして気づく。よくよく考えれば、そのエアリも、ジア姫も、ジア姫の夫であるケインも、全員がキャラクターだと書の中ではされていたはずだ。ドラゴンでさえも彼らにとっては雑魚。魔物程度、すぐにでも一蹴できるはず。それをしないのは?
なにか――、俺には1本の糸が繋がったような気がした。
「ふむ――。まさかその魔王の名前はロロというのでは?」
「そこまではさすがに……」
このワリィという男は老獪なのか、それとも素なのか。
(まずは、確かめるしかないか――)
自らの魔王――黒の歴史書を渡した存在――からは契約以降ほとんど反応はない。
一度だけ聞いた言葉は、『その書を読みどんな行動を採るのか、せいぜい楽しませろ――』それのみ。
「ところでスルターナ公爵。その杖はどのような経歴のもので?」
疑いの目でワリィを観察したとき、目立つ鉄器の杖がことのほか気になった。
なんの意味もなくそのようなものを持ち歩くだろうか?
陰謀を身上とするスルターナ家が。ただの疑心暗鬼なのかもしれないが。
「我が地産の西部鉄器で作った錫杖です。いま公爵領ではスラッシュ公国が開いた鉱山から大量に得た鉄鉱石から、急速に鉄製品が広まっておりまして、足腰の弱った老人用の杖として、または安価な武器として急速に広まっておるものですよ。よろしければお譲りしますが?」
誇らしげに杖を掲げるワリィ。「娘が所持していたものの複製なのですよ」と付け加える。
(それはまさか。ジア・スルターナのヒストリカル・ブラック……)
その杖のホンモノは何を使うことができるのか。
単なるなまくらか、あるいは世界を終焉に導く引き金か――
俺は目を細めじっと杖を観察するが、その場で答えが出るはずもなかった。
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調べたところ、最近のスルターナの動きはかなりきな臭かった。
どうもスラッシュ公国、つまり妖精帝国との商取引を活発に行っているらしい。商取引となれば帝国内で流通を扱うロージス家の動向もおかしなものがある。そのきな臭いスルターナと手を組み物流の改革に乗り出しているらしい。
らしい、というのは諜報活動には疎い旧王家であるため、複数の箇所から情報入手に対して妨害活動を受けているからだ。なぜに物流の改革ごときで妨害活動を受けるのか、当初はわからなかったが、どうやら馬車や船以外の新たな物流手段の開発を狙っているようだ。
(まさか、黒の歴史書にあった空中庭園≪秘境≫のことか――)
とも思ったがどうやら違うらしい。
その名を汽車。
意味が分からず、自らの魔王にだめもとで聞いてみたが、答えは「あぁ、ぽっぽーのことだよぽっぽー。見に行って度肝を抜かれればいい。楽しみだ」とのこと。要するに鳩のことだろうか。鳩ごときで度肝は抜かれないと思うのだが。
そして市中に出回る桃などの果物。そして柑橘類。
これらは南国であるメキド共和国で採れるものだ。スラッシュ公国やスルターナ公国のような西側の国々で、採れないものではないのだが極めて希少とされるものでもある。
それがいま、ロージスとスルターナの手によってそれなりの量が帝国王都を中心に出回っている。なぜか正反対のスラッシュ公国、スルターナ公国側から。
(まずは行ってみるしかないか……)
俺はスルターナ公国に行くことを決めた。
もし、ジア・スルターナが何か悪いことをしているのであれば、その時は――




