黒の歴史書
全53巻。150,202文字――
それが僕の黒の・歴史書。
「小説家になろう」という異界の図書館に無造作に転がっていた1冊の図書。ID: n9672cl
この世界、『ディストピア』の物語。
それは過去の歴史だけでなく、未来の歴史すら書かれる預言書である。
そこには今までの歴史家が語る歴史とは似て非なる見解で世界が綴られていた。
それは異界の魔王という側面から見たこの世界の裏の事情。
これまでの過去の世界の動きは全て書かれた通りに進行している。
その書を始めて見たとき、僕は思わず戦慄した。
その書には、僕の名前、ネーム・ゲイードも出てきており、決して行動から現れることのないその心情や内面まで描かれているのだ。暴かれている。誰にもこんなことは話したことはないのに。
だからこの未来の歴史も概ね正しいのかもしれない。
だが、それは到底受け入れられない史実だ。
黒の・歴史書の中で『ディストピア』はあと少しで終焉を迎える。
空間魔術で押しつぶされた赤い血で染められた大地。一面の砂漠。
「主人公最強」キーワードの名に恥じぬ、世界最悪の大破壊。
それを成し遂げた人物は、スルターナ公爵家の令嬢、ジア・スルターナ。
(しかし、直近の世界は少しづつ、変化しているのか?)
先の仮面舞踏会でジア姫と出会った僕は、ジア姫に恋をする。はずだった。
しかしジア姫は仮面舞踏会には来ていない。
だから、もしかしたら、この黒の・歴史書のような危機は訪れないのかもしれない。
だけど、そこに世界破滅の可能性があるなら――
僕は立場上、表立って動くことはできないが、幸いにして裏でナニカを動かす程度の力は、ある。
(帝国の闇で暗躍する旧王家の黒の集団。悪くはないか――)
キャラクターを倒す手段は、ある。
自身がキャラクターであることから思いついた、異世界の住人をこの地から駆逐する悪魔祓いの術式。
それはあまたの人々を犠牲にする最悪の所業。
だが、それでも――
いつか訪れる世界の決定的な破滅を防ぐためであれば。
帝国の真たる主である僕が世界を守らなくて、どうするというのか?
この僕が、世界を守る――
エンパイヤ帝国の旧王家たるゲイード家。その当主たるネーム・ゲィードが率いる、黒の集団。
その尖兵が、今動き出した。
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7日ごとに悪徳と噂される貴族の家などを襲い、しかし盗んだ金品を貧しい人々に配って廻る盗賊団「ゴールデン・リトリバー」。
しかし、彼らは断じて義賊ではない。
盗みを働くたびにその貴族の家にいる家臣たちは執拗な惨殺を受け、その後には凄惨な血の海が残されるのみ。「悪徳な貴族」とはいっても何から何まで酷いわけではく、政治的に仕方のなかったもの――より充実した都市を目指すための拡張工事などで仕方なく一部地域の住民退去を願ったもの――などが大半だ。
金品を配るにしてもそれは金ではなく宝石などに限った話であり、足が付きやすいものばかりで、明らかに自らの隠蔽を図るための措置に他ならない。
そんな盗賊団がこのキルフィアの街に入る。
その情報がギルドにもたらされたのは、たった1日前だ。この街にいる貴族は1家しかない。比較的良政とされるキルフィア家だ。
冒険者ギルドの連中は全面的には頼れない。冒険者ギルドの冒険者達の誰かが盗賊団と係わっていたら、その時点でこの情報は無駄になる。集まったのは地元の衛兵の精鋭1名。そして地元に昔からいて貴族家と親交もあったAクラス冒険者1名と、Bクラス冒険者が2名。そして当主のキルフィア候。
しかしキルフィア候は安心していた。さらにそこにこの情報をもたらした力強い援軍が来ていたからだ。キルフィア候程度の身分では口にすることも憚られる、大権力の持ち主とその下部たち――
彼らはキルフィア家の邸宅に潜み賊を待ち構えていた。
「来たぞッ! まさか本当に……」
「者ども! であえ! であえー!」
賊はこともあろうことか正門を正面突破して突入してきた。
「ちんけな悪党が。他の貴族と同じように死ぬがいい」
「キルフィア侯はおまえら賊が惨殺するような悪党とは違うはッ」
「は。ほざけ! 冒険者風情がッ」
首領と思しきやせぎすの男がAクラス冒険者を相手取る。
Aクラス冒険者は相当な実力者だが、あっさりと倒される。
「まさかッ」
「ナカスさんがこうもあっさりと倒されるなんて」
動揺する衛兵。このままでは直にでも邸宅は賊によって制圧されてしまう。
だがその流れを一瞬で止める黒装束の男たち。
その中心に佇む青年が語る。
「異界が魔王、≪週末の金曜日≫のキャラクターとお見受けする。
盗賊(Attack burglar)、リトリバーだな。
者ども! 掛かれ!」
周囲は「異界の魔王」という言葉に躊躇するが、反対に黒装束の男たちは首領に勢いよく切りかかり、しかし簡単に斬り伏せられ、倒される。
「このような雑魚どもが何匹掛かってこようが、どうとでもなる。お前が掛かってきたらどうだ? エンパイヤ帝国が旧王家、ネーム・ゲィードさんよぉ。こりゃぁ大物がひかっかったものだ……」
ネームがリトリバーの名前を当てたように、リトリバーもネームのステータスウィンドウを素早く確認していた。
「だがこのようなものであっても、我が大切な、我に絶対の忠誠を誓う者であってな。
殺れ!」
「「はッ 今こそ我が帝国の礎となるらん!!」」
倒され、傷を付けられた黒装束の男たちは、立ち上がると、一人が自らの首を自分で刎ねた。
「は?」
まの抜けたリトリバーの声。
「リトリバー、自分はキャラクターだからまかり間違って死んでもどうせ一瞬で各人が故郷とする場所に戻るだけだ、とか考えているのだろう?」
不敵に、壮絶な笑みを浮かべるネーム・ゲィード。
そして、一人、また一人…。
不敵にも笑顔を浮かべながら死んでいく男たち。
「なんだこれは……」
異様な光景にたじろぐ首領。
傷を付けられた3人目の男が死んだとき、首領、盗賊リトリバーからパリーン、という不吉な音が響く。
まるでガラスが割れたような不快な音――
「あぁああー。なんじゃこりゃぁぁー」
その瞬間、盗賊リトリバーの正面に展開されていたウィンドウが粒子となって一瞬で消えた。ネームからもリトリバーのステータス表示が急に見えなくなる。
「人や妖精族などのNPCを殺せばハートフルポイントが減り、ゼロになればアカウント削除される。お前は既に2人、殺していたのであろう? 人を殺せばそれが減り、アカウント削除されることは分かっていたはず」
「くそう。こんなことでは死なん。おれは一流の盗賊なんだ!」
「ほぅ。そりゃすごいな。お前ら絶対に逃がすなよ。殺されたあいつらの死を無駄にするな」
「「はッ」」
「ちきしょうがぁ!」
盗賊リトリバーが身構える。
しかし、一流といえどステータスの加護が無くなったリトリバーが、旧王家直属、帝国随一の暗殺者軍団に抵抗できるわけがない。
盗賊団が完全に討伐されるのに、10分と掛からなかった。




