遊ぶ金が欲しかった、わけじゃない
「えーっと、もう一度メキド共和国に行くんだけど、もう一回掴まってくれない」
「あ、ちょ、ちょっと待ってください」
私は急かすジア姫を強引に止めた。
「なに? 急いでいるんだけど――」
「その、移動の魔法は荷物とかも運べるんでしょうか?」
「――えーっと、何か荷物でもメキド共和国に行くときに持っていきたいの? 岩とか?」
「岩はちょっと……。たとえば馬車とか」
もし、移動の魔法で馬車までも出せるのであればこの瞬間、運輸の概念が確実に変わる。
「岩なら確実にできるけど、馬車はちょっと試してないから分からないわ。けどもしかしたら出来るかも?」
「本当ですか?!」
身を乗り出しならばぜひ、と私が意気込むとジア姫は頷いた。
しかし、なぜ岩なんだろう。そんなに岩がいいんだろうか。
「まずは、できるかどうか試してみるから、持って行く馬車の場所まで連れて行って」
「はい!」
もしも、メキド共和国とスラッシュ公国の間で馬車をジア姫の魔法で瞬時に移動させて物の輸出入ができたら――
当然エンパイヤ帝国間内でもできるだろうし、そんな超特急の案件を取れるんだったら、いったいどれだけの利益になるか。
私は心が躍った。
・
・
・
・
・
・
のだが。
「駄目みたいね」
左手でぺたぺたと馬車を触りながら空中で右手をひらひらさせるジア姫。
どうやら無詠唱で発動できるようだが、そのかわり指が空間を制御するように動いている。その動きは複雑で、空間上の平板で何かを動かすような動作や、何かを押すような動作。それが呪文の代わりのようだった。
「そう、ですか…」
私の声にも落胆の色は返せない。
「1つ。馬車だけど馬は運べない。
1つ。名目上でもなんでも一旦私の所有物にしないと物は運べない。
この条件がないと駄目っぽいのよね。それからたぶんだけど、荷台に何か生きているものが入っていたら最初の条件で駄目だと思うわ。たとえば鶏の雛とか。まだ生きているカニだとか」
なにやら条件が必要らしかった。
馬が運べない。次に出された生き物の話と合わせると、この大魔法での移動では人とか妖精族とかの知性のあるものは移動できないのだろう。
しかし自身の所有物しか物が運べない。これは条件としてどうなのだろう。
「あー。荷物を運ぶための術式はアイテムボックスって言うのだけれど、自分の所有物でないと入れられない。という理由で――」
補足を受ける。確かにそういう理由ならば理解できる。
おそらく盗難防止のための、なんらかの制限条項なのだろう。
「分かりました。名目上でも差し上げます。後で返していただけますよね?」
「ふふ。なら次回からは5%の利益をくださいませんか? 私の個人的な収益の柱にしたいので――」
笑みを浮かべるジア姫。私はやられた、と思った。
さすがにジア姫もこの魔法の有用性を理解していたか。
ならばジア姫。あらかじめ分かっていてロージス家を頼ったということになる。
面白い――
「3%で――」
「えーっと、こういうとき何て言えば、『そちも悪よのぉ』だっけ……」
「はははー―。誰かに仕込まれましたか」
確かに誰かブレーンがいないとこんな話はできないか。
「なら3%で、稼ぐお金は私一人生きていければ十分ですからね」
「では馬を切り離して、一旦荷台をジア様のものに、ですね。分かりました」
答えた瞬間、荷台は掻き消えた。
馬が2頭。ぽつんと残っているのが滑稽に見える。
馬は事態が飲み込めないのか、そのままぼーっとしていた。
「では向こうで取り出しますから、私に捕まって頂けませんか? リナ――、いくわよ」
再び左手を差し伸べるジア姫。
私はそれに手を合わせる。
ジア姫が右手を動かすと、再びメキド共和国へ――
・
・
・
・
・
・
メキド共和国、ロージス家別邸。
荷台に収められた新鮮な魔獣の肉に、現地の人間は色めき立った。
しかもワイバーン、オーガーといった、強大な魔獣の肉だ。
加工されたものが出回っても、まさに取れたてなものが流通することはほとんどない。
それに見返りに要求されたのは南方であるメキド共和国では一般的な果物類。
それらはスラッシュ公国にとっては高額な商品であっても、メキド共和国では安価なシロモノである。十分すぎるほど利益の出る交換条件だった。
その条件であれば呉服系ギルドの要員から複数人を呼び寄せる程度、どうということはない。
もちろん、高価なウェディングドレスの購入となれば呉服系ギルドであっても否も応もなかった。そもそも、この手の貴族の衣服の購入は購入家に商人側が行って対応するのが基本である。呉服系ギルドでも違和感はなかった。相手の素性は大いに気にはなったが、そこはロージス家の力で黙らせる。
「あの程度の果物でよかったのかかしらね」
今、採寸を終えたジア姫は、私と一緒にメキド共和国の南国料理に舌鼓を打ちながら尋ねる。
「えぇ、エンパイヤ帝国では非常に高値で売られます。普通は日持ちしないために輸出すら検討されるようなものではありませんから」
「出来れば苗とか、育成を任せられる人材とかも欲しいところね――」
それを聞いてアートは舌を巻いた。
購入だけでなく、生産にも目を向けているのか。
確かに購入であればお金が掛かる。だがもし、生産が可能であれば?
成功例は聞かないが、それはエンパイヤ帝国に知識がないからであり、もし人材をも調達できたとしたら?
しかし思う。ジア姫がなぜそのような知識を持っているのだろうか?
「ジア姫は、どうしてそのような知識をお持ちなので? 普通であれば交換だけで満足されて、自製まではなかなか考えないと思うのですが」
いや、そもそもなぜ、ジア姫はこのような魔法を知っているのか。
「そうね、アートさんにはこれからもお世話になると思うから言っておく必要があるのかしら。実は――」
語られた内容はこんな感じであった。
・この結婚は偽装であること。
・本当はジアには好きな人がいること。
・その人に魔法やら知識を教えて貰ったこと。
その好きな人とは、きっと強大な魔術師かなにかだが、表の世界に出れない事情があるのだろう。だからスラッシュ公に頼んで偽装で結婚をし、スラッシュ公はエンパイヤ帝国と繋がりを持つ手段とした。といったところだろうか。
「その方はどんな方なのです?」
「普通の人よ。魔術を付与する能力があるから普通とはいえないのかしら。でも今は遠いところにいる人」
うっとりとした表情で答えるジア姫。
それは恋する乙女のようだ。実際そうなのだろう。
「その人のところに行けるようになるまで、私は経験を詰まないといけないし、お金も稼がないといけない。だって、ケイン様には頼れないでしょう? 本当の妻じゃないんだから、それで「養って」とか言えないもの……」
そのとき、私は出来る限りジアに協力しようと思った。
(こんなかわいい娘を放置して遠いところに行くアホは誰なんだ)
私は女同士共感し、私はアホに憤慨した。




