着よう!ウェディング
「お呼びでしょうか、ジア様」
私の名前はアート。ロージス公爵家の家臣の一人。商人の娘。
エンパイヤ帝国の中でも流通を手がけるロージス公爵家。その家臣である私は近年発展の目覚ましいとされる、スラッシュ公国に来ていた。
魔族領に面するスラッシュ王国は、エンパイヤ帝国とは友好的ではあったが、常に魔族や魔獣からの侵攻に晒されており、不安定な状況が続いていた。しかしその侵攻に終止符を打ち、スラッシュ王国の領土を倍に広げたのが現国王のケイン・スラッシュ第三王子だった。
しかし――、彼の目覚しい功績に嫉妬した第一王子が剣士ケインの仲間を亡き者にしようとしてから国は傾き、ケインは妖精帝国――多数の妖精達が支配する森林地域のことだ――からの支援を受けてスラッシュ王国に政変を起こし、新たに妖精帝国の属国として、スラッシュ公国として新たなスタートを切ることになる。
そんなスラッシュ公国には政変を確定させた妖精族たちが大量に入り込み、彼女らの作成した珍しい工芸品や、旧魔族領にて家畜化/量産加工された魔獣の肉などが生成され、それらを武器としてエンパイヤ帝国内の隣国、スルターナ公国を通じて交易を盛んにし、かなりの活気を呈している、といいうのが今の状況だ。
その盛況ぶりはエンパイヤ帝国ではかなり有名となっており、スルターナ公国は第一王女をスラッシュ公国に政略結婚で輿入れさせるほどの熱の入れようだ。
その輿入れさせた姫が目の前にいるジア・スルターナ、スルターナ公国第一王女。
あと一ヶ月と少し経てば整式にジア・スラッシュ姫になる女性だ。
ロージス家としてはこの活況を自分のものとするべく、ここスラッシュ公国内に戦略拠点を構築し、おこぼれを貰う。というのが基本戦略。
骨子としてはスラッシュ公国の要人に取り入りからの販路拡大だ。女性である私にとってはこのジアを攻略するのがここで生き残るための戦術だと理解している。国王などの攻略は本家の人間に任せておけばいい。私には私しかできないことをやらなければ「私に対する旨み」が生じないのだ。
色を好む公王ケイン・スラッシュは、さすが英雄か現在4人の女性と婚約をしている。
――とはいえすべて政略結婚であるし、国王という立場を考えればそれほど多いというわけでもない。エンパイヤ帝国の皇帝などは大きな後宮すらあるのだ。
結婚式はあと1ヶ月と2週程度後。いろいろ生活が変わるこの時期に取り入っておくことは、後の商売において有利に働くと私は考えた。
さて、そこでその4人の后のうち、誰を取り入るターゲットにするかが当初の問題であった。私一人では全ての女性に取り入ることは物理的に厳しいのだ。
1人目は珍しい回復の魔術を使うエアリ。妖精帝国の妖精族の一人であり純然たる政略結婚である。第一姫も彼女だ。明らかに妖精帝国の息が掛かっており攻略は難しそうだ。
2人目は精霊魔術師のパティ。魔族領攻略の第一人者で、政変でも八聖者ミキと共に城攻めの中心人物、だったらしい。精霊魔術絡みといういうことは彼女も妖精帝国の絡みであることは間違いない。彼女も攻略は難しそうだと判断した。
3人目はスラッシュ公国南部出身のサナ。たいした実力は無いと聞いているが、国内向けの基盤強化としての政略結婚らしい。ただただ周囲を安定させるためのものだと思われる。実力がない以上優先度は引くいと思われた。
そして最後が、ジア・スルターナ。エンパイヤ帝国の貴族からの輿入れである。帝国内の力関係も考えればこちらからの要請を無下に断られることはまずない。
そう、最も組みやすいと考えたのが彼女だった。
はずなのだが。
ジア姫は合うなりこう切り出してきた。
「待っていたのよ。流通系に詳しい商人の人。特にメキド共和国に詳しいと聞いたのだけれど」
「はい。確かに私の出身はメキド共和国ですが……」
帝国の領外、南方のメキド共和国は温暖な気候でエンパイヤ帝国とは唯一まともに戦争が可能とされる大国だ。
「地元っ娘なのね!」
ジアは手を叩いてよろこんでいる。それは喜ぶべきことなのだろうか。
普通、エンパイヤ帝国外の人間がロージス家に入り込んでいるとなると、エンパイヤ帝国の公国の姫であるジアの立場からすれば嫌がるはずなのだが。
「ロージス家の方にお願いがあるのです。今度結婚式があるでしょう。そのときにウェディングドレスを着る必要があるのだけれど。それをちょっとメキド共和国で買い付けて欲しいのよ。異国情緒あふれるウェディングドレス。良いと思わない?」
「え? それは無理なのでは? あと1ヶ月とちょっとしかありませんよ」
行くだけでも1ヶ月以上、いや、準備等含めればそれよりもっと掛かるのが普通だ。到底不可能にも思える。
「それに……。急な結婚式とはいえ、さすがに準備は――」
いくらスルターナ公国が貧乏だといっても、今の段階で用意ができていない、なんてことはありえるのだろうか?
「確かに用意はしていたのだけど、これだけ人数がいると被ってしまって……、エンパイヤ帝国としてはパティちゃんやサナちゃんに変えろというのも――。どうせならもっと凄いものをって……」
確かに合同で結婚式をやるのに同じ形式のウェディングドレスというのも良くないだろうし、変えろというのもスルターナ公爵家の度量の無さを示すようなものではある。確かに困ったのだろう。ウェディングドレスなど大抵は決まりきったものではあるし、4人もとなるとどうしても被るってしまうのは当然だ。
だからといって、結婚式はあと1ヶ月と少し。
すぐに発注すればぎりぎり間に合うくらいだろう。移動等を考えなければ、だが。
――実は魔王がいろんなドレスが見たいといっただけで、スルターナ家がもともと用意していたドレスはパティに着させて釣り合いを取らせようと魔王が画策した、という真相はジアもアートも知らない――
「やはり、移動を考えると――」
私は断ろうとしたが、返ってきたのは意外な答えだった。
「あら? 行くだけなら簡単よ。あらかじめ一週間かけて≪飛行≫しておいたから」
そう、ジア姫は確か最近、妖精族の力を借りて空を飛べるようになり、≪天空のシロ≫という2つ名を得るほどになった、らしい。
それは聞いていたが見たことはない。本当なのだろうか。私は箔を付ける為のある種の誇張表現ではないかと疑っていた。
そして彼女はスルターナ公爵家の姫である。間違っているなどと指摘して不興を買うような馬鹿はロージス家にはいない。
「じゃ、みせてあげるよ」
ジアは左手を差し出す。
「触って。いまから『飛ぶ』から」
普通、姫の手を握るのは恐れ多いことだが、本人が言っているのだから大丈夫だろう。私はジアの手を取った。
一体、なにをするつもりなのか?
「じゃ、飛ぶからね?」
まさか、今から空を飛んでメキド共和国まで行こうというのか?
ジアは彼女の代名詞とも言われる西部黒鉄器の杖を所持していない。
このような状況で魔法を使うと?
スラッシュ公国と南東にあるメキド共和国へは直線距離で飛んで行っても5日は掛かるはず。しかもずっと海を隔ててだ。休憩するような場所もない。
そう、スラッシュ公国の南部とメキド共和国は海を隔てた向かい側にある。
しかし海があるにも係わらずメキド共和国との交易が帝国本土を経由した陸路に頼らざるを得ないのは、スラッシュ公国側の海岸がリアス式で船の接岸が難しいのと、主因としては海洋系の魔獣が海に生息しているからであり、海路を使えば魔獣に襲われる危険性が非常に高い。
などと考えていたら――
「え?」
瞬間的に切り替わるように周囲の景色が変わる。
そこは、メキド共和国の首都が見える丘の上だった。
「え、えぇぇぇ――」
思わず呻き声を上げる。
夢を見ているのか。
これはまさか、空間魔術による転移術なのだろうか?
「≪瞬間転移≫の魔法スキル! どう? すごいでしょう?」
肯定の言葉。
誇るジア姫。それは確かに十分に誇るに値した。
「ばかな……」
「ぱないよねー」
どこからか上空から声がした。見あげるとそこには、スラッシュ公国の姫たるゆえんだろうか。ジア姫の周囲近くを妖精さんが飛んでいるのが見えた。
「さ、いきましょう。服関係のギルドって分かるかしら?」
「メキド共和国の首都にはロージス家の支店も小さいながらにありますから、そこに行けば紹介は可能かと。しかし妖精さんを連れて行くと何が起こるか……」
さすがに首都に妖精さんを連れて行ったら大きな騒ぎになる。
「あぁ、アリーナのこと? 確かに、妖精帝国の隣にあったスルターナでも見かけたことは今までなかったものね。妖精さんといきなり行ったらパニックになるのかしら? なら、護衛としてはアリーナじゃなく、メイドのリナを連れてきた方が良いのかしらね」
ジア姫は右手で空間に線を描く。その瞬間、ふたたび景色が変わった。
変わるというか、もとの場所に戻ってきた。
先ほどまでいた部屋だ。
その光景が私には信じられない。
ジア姫はこんな大魔術を、なんでもないことのように行使している。
「リナー、いるー? いたらちょっと一緒に付いてきて欲しいんだけどー」
ぱたぱたと足音を立てて護衛とするメイドを探しにいくジア姫。
私は一連の事態について行くことができず、しばし固まった。
「たた、大変だ――」
だがすぐに頭を切り替え、そして考える。
もしジア姫を使って自由にモノの移動が可能だったら?
馬車などに投資する必要がなく物流で利益が得られる。
戦争では補給の問題がなくなる。そう、改善するのでなく、なくなるんだ。
もはや、ロージス家の戦略的物流、などと言っている場合じゃない。
スラッシュ公国に取り入る、とか言っている場合じゃ、ない。
それはまさに、革命――
その額は、コストの掛からない運輸による利益は、多大なものになる。
私はその中心人物になれるのだ――




