公開処刑
スルターナ公国の首都、スルターナ城。
兵力の多くを削り、その代わり諜報を強化した国王ワリィ・スルターナ公は、頭を抱える事態に愕然となっていた。
「娘の屋敷に賊が侵入し、屋敷ごと破壊されたとは本当か!?」
「はッ。ジア邸は武技と思われる物理攻撃で完膚なきまでに破壊されております。ジア・スルターナ姫、その他侍女1名が行方不明。執事長が足の骨を折るなど重態――」
「最優先でジア姫を探せ。誘拐となったらどれだけの身代金を請求されるやら。それから首謀者を捕まえるんだ!」
「現在、冒険者以下20名で捜索活動を――」
そこへ、新たなる衛兵が報告を告げる。
「今度はなんだ!」
「隣国スラッシュ王国にて、かの地の英雄である剣士ケインが謀反を起こしたとのこと」
「なっ。第三王子ケイン・スラッシュのクーデターだと――」
ワリィ・スルターナは知っていた。
確かに第三王子は、第三王子は第一、第二王子と仲が悪いということを。
しかし昨今のスラッシュ王国は魔族領に切り込み大きく領土を増やしたと聞く。
その中心人物が第三王子ケイン・スラッシュだったはずだ。
それが謀反だと?
――あぁ、だから「叩かれた」わけか。
どうせたいした実力もない第一王子あたりが「攻めた」のだろう。
そして暴発か。よくある話だ。
「それで。クーデターはどうなった?」
「はッ。首謀者である第三王子ケイン・スラッシュと、ジア・スルターナ姫は――」
「ちょっと待て。いまなんと言った」
そこで信じられない言葉が出てくる。
「ジア・スルターナ姫と」
「まさか、うちの娘に限ってそんな……」
娘は屋敷に半ば幽閉するようにして大切に育ててきたはずだ。
なぜ屋敷にいない。
なぜそんな場所にいる。
娘の屋敷が崩壊したのと、関連はあるのか? ないのか?
クーデターの間でそんなに時間的な差はないはずだ。 なのに、どうして?
確かに妹の様子がおかしいと息子である王子からは聞いてはいたが。
おかしすぎであろう。
状況を把握するためワリィは話を促す。
「はッ。首謀者である第三王子ケイン・スラッシュと、ジア・スルターナ姫はスラッシュ王城を破壊したのち逃亡、しかし≪殺しの≫ミキこと、八聖者ハミール・ラ・ミキ様が――」
「まてまて、ハミール・ラ・ミキってうちの息子の婚約者だろう。今は息子のところにいるはずだ。なぜそんなところに」
「それは――分かりませぬ」
確かに衛兵には荷が重いだろう。
「よい。続けよ」
「ミキ様は逃亡したケイン様ジア姫様の変わりに、妖精族たち数騎と共に、にスラッシュ王城を占拠。スラッシュ国王軍は敗走して北に向かっておりー。北軍の主力と合流――」
「なんだそれは――完全に喧嘩を売りに行ってるじゃないか!」
頭を押えるワリィ・スルターナ。胃に強烈な痛みを感じる。
問いただそうとする間もなく、さらに城内が騒がしくなり、新たな伝令が報告をあげる。
「今度はなんだ。報告中の衛兵を遮るとは。クーデターより酷いものなのか?」
「申し上げます。妖精帝国にて妖精族が終結。その数1,500――」
「なんだとぉー」
ワリィ・スルターナは今度こそ立ち上がって叫んだ。
「その妖精族群体の中心に、妖精皇女とおぼしき王冠を被った大き目の妖精族がおり、西に向かって進撃を開始しております!」
「なんだと!? それは妖精皇女による全力投入 戦術じゃないか!」
妖精族は1騎、1騎が優秀な精霊魔術師であり、彼女らが戦闘力として≪大地のゴーレム≫を召喚することはあまりにも有名だ。
その≪大地のゴーレム≫は1体で通常冒険者の3倍、つまり妖精族1,500とは人間兵士換算で行けば6,000人の兵力に相当する。さらに妖精帝国の中心人物である皇女その人が出張ってきたとなると支援魔術の加護があることを意味し、その兵力はさらに倍程度の能力を見積もっておいた方が良い。
兵士を多く持たないスルターナ王国はすぐに集められる兵力が100、冒険者――土木関係の日雇い労働者を除く――が50、退役兵士等あつめれば倍、老若男女徴兵したとして直ぐにまともに使えるのはおよそ1,000。妖精帝国の全力投入に相対する戦力としてはまったく足らない。むろん帝国本国から兵力を召集してもらえば対抗できる。が、本国からの挙兵となればあまりにも時間が掛かりすぎる。
妖精帝国から見て西といえばスラッシュ王国側であり、まずは安心、と言えなくはないが油断ができるはずもなかった。
「まったく、何をやらかしたんだ。スラッシュ王国は。そしてうちの女どもは――」
結論としては現状、スルターナ公が動かすことができる大兵力は、ない。
小兵力は難民等の対策としてスラッシュ王国付近に待機させるとして、ともかく諜報情報収集は進めるべく、ワリィ・スルターナは必要なメンバーを緊急召集した。
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スラッシュ王国、北部――
王城から敗走した王国軍であったが、北部には第一王子の母方の生家があり、母方の貴族家の私兵、さらに地方からの地域兵を集めれば含めればまだ戦力的な余地があった。
はずなのだが。
「申し上げます。東部地域では帝国・スルターナ公爵家に動きがあり。この機に乗じて攻められる可能性もあり派兵は無理だとの返事が――」
「えぇい。なにをやっておる! 帝国に攻められる前に国軍が落とされたらおしまいなのだぞ」
「お忘れですか? 城を制圧した相手の名を。帝国に攻める気があるのは明らか。国軍が助かったとしても帝国軍に東部の砦を占拠されればそもそも国の命運が尽きてしまいます」
帝国の八聖者であり、炎術家である≪殺しの≫ミキ。
確かに、彼女が帝国と通じていることは明らかだ。
「申し上げます。南部、子爵家郡は王子ケインを指示すると表明しました」
「く……。やつらなどどのみち小兵力しか持っておらん。次だ!」
南部はもともと剣士ケインを子爵の姫と婚礼させ、追いやろうとしていた地域だ。ケイン支持は当然かと舌打ちする。
「申し上げます。西部地域家の代表より伝言を承っております。『スラッシュ王国は魔族領を割譲し、今や領土は2倍となった。その立役者たる剣士エアリが逆賊なぞ笑止。反逆者とはお前らのことだ。以上』とのことです」
「なんだとー。西部の連中は土地に目が眩んだか――。そうだ。冒険者ギルドはどうだ? あいつらは金さえ積めば――」
「申し上げます。冒険者ギルドは冒険者仲間たる剣士ケインを指示すると。逆に冒険者を首都の冒険者ギルドに集結させ気勢を上げております」
「なんだとー」
確かに剣士ケインは冒険者として活動していた。
冒険者ギルドとして仲間意識が働くのかもしれない。
「たたた、大変です――。妖精帝国から大妖精族兵団が接近中。その数1,500。その他妖精族による多数の大地のゴーレム群を確認! その中心に妖精皇女、逆賊ケイン、および、スルターナ王国第一王女、ジア・スルターナの姿を確認。到着時刻はおよそ3時間後です」
「おのれー。ケインめー。国軍! 向かい討て――」
怒る王子、しかし報告を聞いていた周囲の兵はシーンと静まり返った。
「なぜだ、なぜ動かん。なぜ黙っている!」
「王子。もう分かっているのではないですか? ここはもう大人しく降参した方がよろしいかと……」
「く――」
「我々はたかだか2人の魔術師と10騎程度の妖精族に敗走したのですよ。1,500の妖精族に勝てると思おいで? あぁ――、剣士ケインがいれば可能かもしれませんが」
その言葉に王子は怒り狂う。
「なぜだ!
なぜあいつ、ケインばかりが持て囃される!
あいつは昔から――子供の頃からちやほやされて、宮廷ではあいつにばかり関心が――
それに豪を煮やして騎士団に送り込めばそこでも女作りやがって。
係わる人間全部地方に飛ばしてやったら、今度は地方にも人脈作りやがる始末。
それからついに騎士団追い出したと思ったら今度は冒険者として活躍しやがっただと!
そしてあのエアリとかいう妖精族?
あんな美人を捕まえて幸せそうにしやがってだな。
あの女の正体が人ならざるもののようだと聞いて喜んで殺してやろうとしたのに実は妖精族だったとかありえねぇ。
なぜだ。それ以外にも絶望の淵に何度も何度も落としてやったのに。
さんざん、さんざんいぢめぬいてやったのに。
なぜあいつばかりが――
そうだ、今回の件だって全てあいつが悪いんだ。
そう思うだろう? やつをなんとかしろ!
頼む、やつらをなんとかしてくれ――」
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妖精帝国の皇女は巨大なスクリーンの前で第一王子の独白を聞いていた。
王国軍の様子は巨大スクリーンにはっきりと音声付で映っている。
妖精族たちはその高度な隠密の技術と精霊魔術を惜しげもなく使い、遠隔の光景を切り取って巨大スクリーンに表示させている。
妖精皇女の隣にはケイン、妖精族の姿に戻ったエアリ、そしてジア。その周りを取り囲む妖精族、およそ1,500――
「しかし妖精族こえーな。まるまる写ってるじゃん?」
「もしかして、私たちの様子もこんな風にすべて全員の妖精族に知らされていたの?」
「モチロンだよー」
「エアリチャン、カワイカッタヨー」
「オタノシミデシタネー」
ケインは映像に驚愕し、エアリはケインとの痴態を思い出し顔を赤くする。
妖精族たちはものすごい良い笑顔だ。
いったい何をしていたのだろう。ジアは訝しんだが分からなかった。
「――などと供述していますが、どうしますか?」
映像を見つつ、妖精族の一人が妖精皇女に判断を促す。
答えを全員が固唾を呑んで見守る。
「とりあえず、判決はもちろん、速攻 処刑で」
「「了解!」」「「了解!」」「「了解!」」
妖精族たちが処刑の言葉に喚起をあげた。
そのとき、スラッシュ王国の命運は決まったのだ。




