宣戦布告の
一人残された炎術家のミキ。
彼女はエアリのパーティの一人である精霊魔術師(4th user)のパティと街を歩いていた。
スラッシュ王国の王都。
その繁華街の市場。
隣接する旧魔族領から得られる魔獣に関連した品物が露天の多くを占めていた。
帝国が魔属領と面するというデメリットを嫌ったために残された小国であるスラッシュ王国だが、魔族領と面するがゆえに得られるメリットもまたあるようだ。特にエアリのパーティの中心となっている剣士ケインは、第三王子でありながら魔族達と相対することで隔絶した剣技を持ち、スラッシュ王国に比するほどの魔族の地をこの半年ほどで平定したという。
(噂では聞いていたが、まさか本当のこととは……)
オークの串焼きを食べ歩きながらパティが自慢げに語るのをミキは面白そうに聞いていた。
(スルターナの家に嫁ぐことになってから辞めていた冒険者家業だが、世の中にはまだまだ面白い連中がいる)
パティの精霊魔術師としての腕前は炎術家のミキから見れば決して高くはないが、一般の冒険者よりはかなり高く見える。ケインは人に恵まれているな。
「今度、術でも見てあげましょうか? 炎術であれば見てらげられる」
多少助けるのも悪くはない。ジア姫をすでに弟子の一人としたし、2人になってもたいした違いはない。ミキは考える。
「≪殺しの≫ミキに教えていただけるのであれば願ってもないことですが……」
「あぁ、裏とかないよ。しいていえば、少々自信がなくなりかけていてな。取り戻すために人に教えようとか思った感じかな」
妹になる予定のジア姫のことを思い出す。
あの杖の魔力。自身の破壊の炎術とは対極の≪空≫系統の魔術。
「へぇ……、ミキ様でも自信がなくなることがあるのですね」
「まぁ、そういうことだ」
あの系統は私から見ても破格だ。規格外すぎる。
(これからは破壊以外のことも求めてもよいのかもしれないな……)
そのジアは――、エアリに付いていったがまぁ大丈夫だろう。
身分が知られればどうこうされることもまずあるまいし、いざとなればあの魔術でいつでも逃げられる。
それにメイドのリナも隠れて一緒についていっている。あれは相当の実力を持っている。立ち振る舞いだけ見ても分かった。見て分かるのは間者としては失敗だとも思うがわざとだろうか?
などと考えていたそのとき、
ゴゴゴゴォォォォー
ものすごい地響きのような振動と音が街を襲う。
「何事だ?」
「城の方だぞ」
「見ろ! 城が崩壊しているぞ! 煙が――」
「なんだとー」
あたりの喧騒が聞こえる。
「パティ! 確かケイン氏は城に行ったと言ったよな」
「先ほどエアリが行ったのも城よ!」
「何があったか知らんが行こう、あれは尋常じゃない!」
人々が城から逃げてくるのとは逆に、ミキとパティは城に向かって走り出す。
数十分後、城の城門付近にて兵士達に止められた。
「おまえらは一体――」
「精霊魔術師のパティだな。ケイン・スラッシュは王国に反逆し、逆賊となった。お前達には人質になってもらうッ」
有無を言わさぬ言葉。
私は上から目線のその言葉に切れた。
「お前ら。ケインに何をした? 逆賊とかあるわけないわよ」
「さぁ、なんだろうなぁ」
いやらしく笑う男達。
「では、エアリに何を?」
「人質かな。今は逃げられたが捕まえるのも時間の問題だ」
「ほぅ。ところで、エアリの隣にいたのが誰だか知っていたのか?」
彼らは帝国と全面戦争でもしたいのだろうか?
その度胸があるとでも?
「しらねーなぁ。あ、それからいいのか? そこにいて?」
「え?」
王城の入り口に何があるというのか?
確かに、地の利はスラッシュ王国側にある。
考えられるのは精霊封じの魔法陣――
「アホだろう。捕まえる対象が精霊魔術師と知っていて陣を用意しておかないヤツがいるかよ。しかもここは城門前。国有地だぞ。日常的に陣は――」
「させるかぁー」
ミキは魔力の動きから無詠唱で唱えられる最速魔法≪火豚≫の術を放つが、威力がほとんど出ていない。それを兵士の一人が簡単に斬り落としてみせる。
「はは……、いくら強くても魔術を封じられれば単なる小娘だな」
言いながらその兵士がにじり寄る。
その時だ――
染み出すように空間から出現する、何か。
「カンシタイショーガキエタヨー。コマッター」
「ねぇねぇ、パティちゃん。エアリちゃん見なかった?」
「ヤネマデトンダ―」
それは数騎の妖精族。
「なぜ? なぜだ? こんなものが――」
「妖精族だと!?」
兵士達が口々に叫ぶ。
妖精族は縄張りを大切にする種族。
逆に言えば縄張り以外には――妖精帝国以外にはほとんど出てこない種族なのに。
「ボクラ、イッピキイタラタクサンイルンダヨ?」
「ボクラ、ジージャナイケドナー」
「でも、生態とか昆虫みたいなものだよねー」
「「ねー」」
「貴方達――。もしかしてずっとエアリや私達を監視してたの?」
パティが問いかけた。
「「そだよー」」
ドヤ顔で返す妖精族さん。
「まさか、エアリというオンナの正体は、魔族などではなく――」
しかし、この地には本当に精霊封じが施されているのか?
なぜ動けるのだろうか?
というか、そもそも、なぜ私は精霊封じの魔法陣などという、いわばありきたりなものに気づかなかったんだろう。
「あぁ、精霊封じなら解いたよ。だって、かくれんぼできないしー」
妖精族のいたずら。
そう、始めから陣が張りきれていないのであれば、ミキでもその存在に気づくことはできない。多少は効いていたようだが。
「エアリちゃん見つからないよー」
「カンシタイショードコー」
「でも見失ったー」
「うあぁぁー」
ぽッ。ぽッ。ぽッッッッ―-
数騎だった妖精族がぽつぽつと現れる。その数10。
たったの10騎ではない。
妖精族1騎でスルターナ地域の一般的な冒険者の約4倍の戦闘力。
さらに数が集まれば彼女達妖精族の戦闘能力は加速度的に向上していくのだ。
「カンシタイショードコー」
「キット、コワレテキエタンダヨ?」
「えー、皇女さまに怒られるぅぅ。草不可避ぃぃwww」
「サイコーノヒマツブシナノニィィィー」
妖精族たちの話を聞いてミキは理解する。
これは、城で何かあったか知らないが、「何かが」起きて、ジアが≪瞬間転移≫を使って逃げたな。彼女らはエアリを探すためにまずパティのところに来たと。
それならば大規模魔術を放ってもジアにはなんの問題もないはず――
「ははー。そう来るか」
「な、なにがおかしい――」
ミキはこれから起こす蹂躙劇に笑みを浮かべた。
「いかん、ミキが何か仕掛ける気だ――。取り押さえろ」
兵士達が近寄るが、今度はパティが、無詠唱で≪火豚≫の術を放つ。
兵士達はこれをなんとか斬り落とすが、だが勢いが激しく近寄ることができない。
「火豚ヲキリオトシタヨ?」
「なになにー、パティちゃんいじめるの?」
「あ~あ、戦いのヒブタを斬りオトシちゃったかー」
「ヤル? ヤッチャウ?」
ミキは腕を伸ばし詠唱する――
≪血縁の形代より来たれ、全てを奪う猛ける炎将――イフリート!≫
空間に出現する巨大な魔法陣の円環。
第三十階位術式五段。
妖炎術。高位召喚精霊術式:『奪炎の猛将』イフリート。
その巨大な炎が弧を描きながら人の形を形成し、ミキの前に姿を現す。
「き、貴様――まさか、たった2人で我々と戦争でもするつもりか―ー」
「不足かな? えーっと、妖精さん? 手伝ってくれないかしら? エアリ氏ならしばらくしたら戻ってくると思うから、その前にこの辺の敵を掃除しておこうね? 彼ら、どうもエアリ氏にちょっかい出したようだよ?」
その言葉に慌てふためく兵士たち。
その炎の前に、兵士達は彼女の正体をついに思い至った。
「まさか、貴様――。≪殺し≫の――」
「あ~あ、戦いのヒブタを斬りオトシちゃったからシカタガナイヨネー」
「オトシマエー」
「ミナゴロシ? ミナゴロシ?」
「えぇ、みなごろし」
「「ワーィ (・V/)」」
「ちょッ」
妖精族たちが思い思いに詠唱を始める。
そう、妖精族たちはたったの10騎ではない。
彼女達が強敵とみなされる理由。
召喚されるいろいろな形の≪大地のゴーレム≫。
それが、イフリートと共に並び立つ。
「なぎ払え!」
私の一声でイフリートが腕を一閃。
振りぬかれた先に光が走り、空間が爆発する。
その連鎖する崩落の爆発は止まらない。
城門、城壁、兵士達、すべて巻き込み粉砕するのだ。
「たたたッ、退避ぃぃー。あんなものどうしろと――」
一瞬で周囲は地獄と化した。




