妹のようすがちょっと
「最近、妹のようすがちょっとおかしいんだが」
ラキーブ・スルターナはスルターナ王国の第一王子。ジア・スルターナの兄に当たる人物だ。
「目撃証言が多数上がっている」
「家族なのですから、直接聞けばよろしいのでは?」
答えるのは、ハミール・ラ・ミキ。
こちらは帝国8賢者の一人ではあるが、没落した炎術系魔術師家の現当主の女性。二つ名は≪殺しの≫ミキだ。修行中の冒険者時代にいろいろとやらかしたらしい。
「いずれ、キミの家族にもなる、な」
政略的な側面があることは互いに認識しているが、彼らは歴とした婚約者同士である。ラキーブはミキとしばらく見つめ合い、そして白状した。
「妹には顔を合わせづらいんだよ。我が家が無欠開城で――ようするに国を売ってこの地位を得たことは知っているだろう? そのごたごたの最中で生まれたあの娘は――、暗殺を恐れて一時ひた隠し状態にした頃があったからな。だいたい俺ですら知らなかったくらいだ。それでろくな教育の施しもなく――」
「――続けて」
ミキは生まれてから婚約するまでずっと魔術の訓練に明け暮れる日々を過ごしていた。
苦労は多かったが充実した毎日でもあった。
それとは正反対の女性。どのように日々のモチベーションを維持しているのか。
これから妹になる存在でもある。興味はあった。
「あの娘には幸せになって欲しい。将来的には良いところ縁談を得て――と考えたとき、結局それって政略結婚だろう? うまく行けばよいがダメなときはどうにもならん。そうなると恨まれるよな。そんなことを考えると……」
要するに、嫌われたくないからなにもしないと。
それじゃ好かれもしないでしょうに。
「ラキーブのことは嫌いではないわよ私は。それはラキーブが私に情熱的なアピールをしたからでしょう? なぜそれができないの?」
「そこは好きだと言って欲しいな」
「なら、かなり好き。でも恨まれるかもしれないから逢いたくないって言うラキーブは嫌いだな。神経質すぎるよ。貴族が政略結婚するのって、普通でしょう?」
エンパイヤ帝国創始の八聖者の出身でありながら、政略結婚等の世俗が嫌いなために主流から逸れた家の者がいうセリフではないけどね。ミキは付け加える。
「多少嫌われたって、強引にいけばいいじゃない。あの時みたいに」
「そこは――。うーん」
「もう! 分かったわ。しょうがないわねぇ。私が逢ってくるわよ。それで、具体的にどのようにようすがおかしいの?」
ちょっとくらいおかしいのなら、別に放置すれば良いとも付け加えるが、答えは斜め上のものであった。
「どうも冒険者に憧れるのを拗らして、空を飛んだり、夜な夜な街道を徘徊しているらしい。それも首都からかなり離れ地域をだ。ミキ、君は魔術師だ。何か分かるか?」
「はぁぁぁぁぁ??」
ちょっとどころの騒ぎではなかった。
飛空術。それは精霊術士でも最高奥義に属する技だ。
確かアレは50騎以上の妖精族を犠牲にする大禁呪であったハズだが――
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「ジア姫様。お客様がお見えです」
「お客様? 私に?」
「こんにちは、ジア姫さま。私は八聖者が一柱。炎術家のミキと申します」
「とりあえず座ってください。リナ。飲み物とお菓子を用意して」
「畏まりました。ジア姫様」
私はミキと名乗る女性をリビングに通した。
詳しい経緯は知らないが、確か兄さんの婚約者だったはずだ。
彼女はどうして私のところに来たのだろう?
疑問に思っているが、彼女は特に話もなく辺りを見回している。
その先に視線を飛ばすが、特にこれとったものはなかった。
「今日は、どういった用件で?」
彼女は不思議な雰囲気の女性だった。
「(『魔力当て』になんの反応もなしか。これは外れか……)」
ミキが何事かつぶやくが、良くは聞き取れなかった。
が、メッセージウィンドウには文字として言葉が載っている。
魔力当て? なんのことだろう?
「え、何か?」
「いえいえ。なんでもありませんわ。ところでジア姫さま、最近冒険者になられたとかで――」
「えぇ、私、冒険者って憧れますの。それで憧れついでにギルドカードとか無理をいって作って頂きました」
なるほど。
冒険者ギルドの件で彼女は来たのか。
私はアイテムボックスからギルドカードを取り出してミキ様に見せた。
「はい、これが私の冒険者ギルドカードです。Bランクにしていただきましたのよ」
自慢げに私は冒険者ギルドカードを見せる。
『ジア:
冒険者ランクB (EXP:討伐1,317,採取0,運搬/護衛0)
クラス:魔術師
主武器:杖
発行国:エンパイヤ帝国/スルターナ公国/スルターナ王都
※注釈:スルターナ王都マスター権による名誉Bランク』
「は?」
それを見て間の抜けたような声を発する彼女。
私は冒険者ギルドを見返す。
特におかしな点はない。
「どこかおかしな所がありまして? 確かに私のわがままで作ったカードですからランクBとか、ずるしちゃってますけど……」
だんだん声が小さくなる。
一方の彼女の表情はだんだん険しくなっていく一方だ。
「貴方という人は……、確かに様子がおかしいと言われるわけよね……」
「ど、どうかされたのですか?」
「貴方には魔力がない。私の『魔力当て』にもまったく反応はなし。
それでどうして魔術師なんて名乗ろうと思ったの?」
「そ、それは冒険者への憧れで……。ほら、私剣士って感じでもないですし」
「それで急にこんなに活動的に?」
「ちょっと思い立ったら吉日かと思って……」
「その虚空からギルドカードを出した魔術は何?」
「あ、あれは魔術じゃなくて……、手品で――」
失敗した。彼女はアイテムボックスに反応したようだった。
あまりにも普通に使っていたため、魔術師ならアイテムボックスくらい知っているのかと思ってしまった。
なにしろ始めて覚えた術式がこれで、しかも私はほとんど苦労していない。
GMさんにもチュートリアルの一番最初に教えてもらったものだ。難しいものとは考えてもいなかった。
「へぇ……、どんな手品なの?」
「えぇっと、手品のタネあかしするのは魔術師としてはどうかと――」
なんとか取り付くろうと、しどろもどろになる私。
彼女はため息を付いた。
「貴方……、もしかしてと思ったけど、悪魔に魂を売ったの?」
「あんなのと一緒にしないでください!」
あ――。しまった。
私は思わず叫んでしまった。
「そう――、悪魔ではないけど、似たようなモノに魂を売ったと」
そのとき、私は魔王と始めて会話したとき、悪魔と呼んで怒ったマスターの声を思わず思い浮かべていた。
「ならば――祓うか?」
「祓わないでください!?」
私は躊躇わず西部黒鉄器の錫杖をアイテムボックスから抜き出し石突で床を叩く。
その瞬間、リビングの椅子や机がすべて吹き飛んだ。
机は壁に派手な音をたててぶつかって砕ける。
錫杖が私の怒りに反応している――
(これが、ヒストリカル・ブラックの力の断片?)
彼女は吹き飛んだ椅子や机に巻き込まれることもなく、そのまま立ち続ける。
気づけば、何かのチカラが彼女の前に渦巻いている。
しかし、彼女のチカラよりも、自分のチカラの強さに私はくらくらした。
錫杖が周囲の空間を書き換える。何か金色の砂に変換していくようなエフェクト。
その光の粒子は、彼女が発する力場と相反し、静かに、激しい鳴動を繰り返す。
私は構わず、彼女を睨みながら油断なく身構えた。
さらに力をこめようとして――
「まて。やめろ。分かった。戦うつもりはない。祓いもしない」
両手を挙げる彼女。
私はようやく錫杖を下ろした。
それに応じて砂のようなもの――実際に単なる砂だった――がそのままぽろぽろと床にこぼれ落ちていく。
「あの人のことを悪く言うのなら、たとえ兄さんの婚約者でも――赦しませんわ」
「我が炎術系魔術師家のミキ家によくぞ言い切った! ――だがその錫杖からは膨大な魔力を感じる。ジア姫。確かに姫が私を殺そうとすれば望み通りその手で殺せるだろう。だが良いのか? その後の君は悲惨なことになる」
「たとえば?」
「考えられるとしたら、私を殺したキミをキミの兄で私の婚約者が殺しに来たり、かな。たとえ事件が隠蔽され殺されなくても、その後一生修道院で暮らすことになる、あたりかな? いや違うか。キミがいう『あの人』のことが世間に流れるだけで修道院行きは確定だ」
「黙っていてはいただけませんか?」
「無理だ。正直に言おう。ジア姫のところに私が来たのは、君の兄から『妹のようすがおかしい』と話があったからだ。すでに幾つかの目撃情報がある。私が言わなくてもバレるのは時間の問題だ」
そんな――
ばれないように空を飛ぶときは夜の時間帯にしたし、出歩くときだって夜だったのに……
「そこで提案だ。ジア姫。ここに助かる方法がある」
「なんでしょう?」
「私の弟子にならないか?」
「はい?」
どういう意味だろう?
「実のところ、悪魔と契約して力を得ようとする魔術師はいないわけではない。総称して彼らのことは≪徒≫と呼ぶ。悪魔と契約したのならば≪悪魔の徒≫だな。大抵の場合乗っ取られて身を滅ぼすけどね。私の弟子となれば君は貴族としてだけではなく、魔術師として世間から見られることになる。そうなれば何かが憑いていたとしても『そういうものか』で済まされるだろう。だから――」
「だから?」
「その魔術教えてくれないか? 大変興味がある」
彼女の目は好奇心に湛えられていた。
こうして、私と彼女の新たな師弟関係が始まった、
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金曜日、夜。
『――というわけなんです』
『へぇー。その美人さんがねぇ……。あぁ、もっともジアちゃんには数段劣るぜ。世の中でもっとも可愛いのはジアちゃんだから』
私と魔王はスラッシュ王国を一路、遊覧飛行を楽しんでいた。
ミキは私の後ろに抱きついて座っている。
――若干怖いらしく、その手は強かった。
「聞こえているぞ。キミたち。どうやら密着すれば私にも魔王との会話が聞こえるようだ」
ミキが背後から囁く。その言葉はメッセージウィンドウに載り、魔王にも伝わった。
『それはそれは。俺は火炎剣のタッキーという』
「私は八聖者が一柱。炎術家のミキだ。ミキで良い」
『しかしとんだ穴だなそれは』
魔王が言う穴とは、会話による会話が抱きつくことで漏れることを言っているのだろう。
『取らないでくださいよ魔王。師匠は既に婚約者がいるんですから』
『横に嫁がいるのに人妻を取りに走るバカがどこにいる。ジアちゃん以外には目もくれないさ。どれ、ではミキにはしばらく俺とジアちゃんがいかにラブラブか、ずっと会話を聞いて悶え苦しむが良い』
『えーっと……、ありがとうございます?』
「ははいいねぇ。胸焼けしそうだ――、いい魔王かどうかは疑問だが」
「ミキ様。そこは良いマスターと言ってくれませんか?」
「あぁ、ところで明日も付いていくからな?」
『え?』
「え?」
「なにその嫌そうな声は。リナも付いていくんだろう。それなら別にデートじゃないんだから良いだろう?」
『え? デートじゃないのか?』
「え? デートですよね?」
「ふむ……。しばらく監視が必要なようだな。お前ら……」




