妖精帝国の攫われ姫
本話は以前書いた小説「魔王になろう(本当の異世界にMMO-RPG要素をぶちこんでみた)」の「第19話:妖精帝国の攫われ姫(前編)」のアレンジです。読んだことのある方は読み飛ばしてもたぶん大丈夫です。
スルターナ王国の西の隣国、スラッシュ王国――
スラッシュ王国の内部では建国以来といっても良い大きな変化があった。
およそ6ヶ月前。
突如冒険者ギルドが活性化され、スラッシュ王国のさらに西にある魔属領から生じる魔物の多くが駆逐された。
そして魔属領の森の一部を割譲することに成功。
スラッシュ王国は実質面積が2倍――もともと魔属領は名目上スラッシュ王国領としていたため名目上は同じ――となったのだ。
その冒険者ギルドの活性化の中心となったのが、第三王子、ケイン・スラッシュ。
「今後軍部を指揮する前の腕試しをしたい」などと言い一時期親元を離れた途端にあがった戦果である。
市民からは既に英雄だの勇者だのと称えられている。
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スラッシュ王国には3人の王子がいた。
第一王子は根っからの文化人の遊び人。人気は芳しくない。
第二王子は軍には所属していたが対魔族領に対しては専守防衛を基本としており目立つようなことはしていない。
今回の≪事件≫により、第三王子のケインは、突然表舞台に現れたダークホースといった存在になりつつある。
当然、他の王子、特に第一王子にとっては面白いはずがなく――
だが、第三王子であるケインはそんな不興を買っていることは露とも知らず―-いや、多少は意識していたが――、名声を欲しいままとしていった。
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「「「かんぱーぃ。」」
その王子ケインは3人のメンバーと共に冒険者ギルドの1階にある酒場で飲み明かしていた。
「今日はすごかったねー。なんといってもドラゴンだよ、ドラゴン!」
音頭を取るのはパティ。
さすがに室内のためローブは脱いでいるが、一歩外を出れば金色の魔導のローブを装備した、一流の精霊魔法使いである。
ローブを脱いだ今は、素早い行動を重視した皮の鎧。
それなりに胸も大きくかわいい女性だ。
「さすがにゴブリン退治に行ったらアレとか、一体どうなのかと思うよ。先週だったら危なかったねー。覚えたての技がなかったらダメがほとんど通らなかったところだったぜ」
剣士ケイン。
いまや英雄としたわれる男である。
王子であることは冒険者ギルドどころか街の人のほとんどが知るところであるが、気さくな性格であり受け入れられていた。三男であって、ほとんど放逐された身であるという噂話も含めてであるが。
王子補正を必要としない、当然のごとくなイケメンである。
「えぇ、ゴブリン退治に行ったらドラゴンがそのゴブリンを喰っているのを発見したときに、『おれのえものを取るなー』とか言いながらゴブリンをわざわざ吐き出させちゃって、そのうえドラゴン見逃してやるとか、もうアホとしか…」
続けて妖精族のエアリ。
長い耳が特徴だ。
ケインと同じ身長でしかし華奢な身体つき。
そんなエアリはパティとは対象的な癒し系の魔法使いである。
酒に酔ったのか、若干身体が若干火照っており、ケインに身を寄せる姿は愛くるしい。
「ふん。ドラゴンなんぞいつでも倒せる。だが依頼が出ていない。討伐しても意味ねーからなー。ビバ依頼料だぜ!」
ケインは、ははと笑った。
「――。その依頼費用は国庫なのですが」
そんなケインを冷ややかな目で見つめる魔術師兼騎士のおっさん。レイモンド。
軍から来ているケインの付き人である。
いわゆるじいや枠。
だが老けてはおらず、こと剣技の技術力は高い。
しかし当初はいざ知らず、最近では戦闘力においてまったく役に立っていない。
パワーゲームに負けた男は、今や単なる荷物持ちになってしまっていた。
「いいじゃねーか。どうせうちの国のもんなんだし? なぁ」
さらに自ら酒をのみ、さらにエアリに酒を飲まそうとする。
エアリは酒を飲ませるとすぐに酔いつぶれるのだ。
パーティの2人の女性は若く。美女そろい。
見るもの全てが羨むパーティ。
そして挙がる戦果。
剣士ケインのパーティはいつしかスラッシュ王国みんなの憧れになっていた。
その横で、レイモンドはなぜか暗い顔をしていた――
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その夜――
剣士ケインが宿屋2階の自室に入ると、エアリがベットで先に寝ていた。
エアリは酒に酔ったのだ。
愛くるしい寝顔を眺めるケイン。エアリに手を伸ばす。
慎重に彼女の背中から生える虹色の羽を摘むと、エアリをエアリ専用の果物籠の中に入れた。
エアリは既に先ほどのエルフの姿ではない。
体長約30cmの妖精族。
エアリの変身スキル≪人化≫は1回のクリックで1時間程度しか持たない。
それをケインは知っている。
ケインがキャラクターの能力に目覚めて数回の冒険を経た後、まっ先にやったこと。
それは大森林の中にある妖精帝国に侵入し、1人の少女エアリを無理やり奪ったことだ。
しかし、いくらキャラクターとはいえただの剣士が1人。
盗賊の真似事をしてもうまく行くはずがない。
すぐに見つかり囲まれ、そして乱戦となった。
妖精族側に死者は出なかったが妖精族達が召喚したゴーレムは悉く破壊。
ケインは森を蹂躙した。
ケインはエアリが同じキャラクターであることは魔王からの情報で知っていた。
だが2人が始めから知り合いであったということもない。
その上でエアリの生活を破壊したわけだ。
ただ、回復系の術者が欲しいという理由だけで。
なのに――
逃亡時に立ちはだかったのがパティ。
妖精帝国へ修行に来ていた精霊魔術師。
魔術を放たれる前に接近し、昏倒させ、縛り上げた。
パティの第一声は、
「く……。殺せ……」
だったような気がする。
――ともかく、紆余曲折あったが、今は大切な仲間だ。
「明日はドラゴン退治か…、当然依頼は出てるよな……」
エアリ専用の果物籠はエアリいわく、桃の香りがして気持ちがいいそうだ。
エアリの頬をつついて一頻り遊んだ後、ベットに潜ったケインは始めての出会いを思い出しつつ眠りについた。
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妖精帝国から1騎の妖精族が攫われる――
たった1騎の妖精ではあった。
たいした能力がある妖精ではない。
妖精帝国内の地位も特別なものでもない。
どちらかといえば下位。
たまに発生するこのような連れ去り事件。
今まではことごとく実行犯を全て妖精帝国の中で始末していた。
それを突破したものが現れたのだ。
大失態だった。
妖精帝国にもメンツというものがある。
およそ6ヶ月前、エアリが妖精帝国から連れ去れた事件は妖精帝国全土を震撼させる大問題だ。
すぐさま事件は妖精帝国の妖精皇女の知るところとなり、妖精帝国全体に非常事態宣言が発令された。
妖精帝国に緊張が走る。
1千5百騎の全妖精師団が一丸となってスラッシュ王国に突入し、その国土全てを血祭りにあげる、その寸前までいった。
だが、それに妖精皇女がストップをかける。
――そのニンゲンの剣士は妖精達が構築した大地のゴーレムによる包囲陣を突破し、あまつさえ助っ人である精霊魔術士すら撃破してみせたという。
そのニンゲンはフシギな剣術とも魔法とも言えぬ術を操っていた。
いつでもそのニンゲンは殺れる。
だが不思議な術の正体を確認してからでも遅くはない―-
そうして複数騎の妖精族が姿を隠しながらの観察が始まる。
実際のところ、その妖精族はすぐさま奪還しないといけないような特別な種でもないわけだから。
妖精族の少女――エアリ――はその後開放され、しかし逃げ出す様子もなく、その剣士の周りを自由に、そして楽しそうに飛びまわっていた。
そして数週間経ったある日。そのフェアリー すらも、従来妖精族が使う回復魔法の体系とは似て非なる回復魔術を使い始めていることに気づかれてしまう。
「詳しく調べ上げろ! その術を解析して我がモノとするのだ。
ただし接触はするなよ。よく分からない術だ。感づかれて逃げられたら捕まえられないかもしれない。
たかが下位の妖精族のやることだ。調べればすぐに分かるはずだ」
そして妖精帝国の妖精群が総出で調査に入る。
が、詳しいことは分からない。
しかし会話については問題なく聞き取れた。
・いわく、術の名称はスキルと呼ばれているらしい。
・いわく、スキルには剣士系、回復系と複数の体系があるらしい。
・いわく、空間上の何かを押すとスキルが発動する。その行為はクリックと呼ぶらしい。
・いわく、ピンク色の皮に包まれた果実は桃と呼ばれ、攫われた妖精族であるエアリのお気に入りらしい。
・いわく、妖精をさらった剣士は金髪のエルフが好きらしい。
・いわく、剣士は実はニンゲンの王子で、白馬に乗ると凄くカッコイイらしい。
・いわく、剣士の名前はケイン・スラッシュといい、普段はイケメンだが寝顔はあどけなく可愛いらしい。
…………
一行に進まない術の解析。
しかし楽しそうにはしゃぐエアリと王子の物語だけは面白おかしく妖精帝国内に妖精族の隠密を通じ伝わってくる。
働くことをあまり好まない妖精族。
それはいつしか術の解析そっちのけで全ての妖精達の大いなる娯楽になっていた。
だから当初は、
「したっぱの妖精族がニンゲンに捕まっていろいろ酷いことさせられているんだってー」
「なにそれかわいそう」
「コロセー」
といった会話が、
「あいつさぁー。今日も珍しい果物ゲットして、ニンゲンのオトコといちゃこらしてるんだってー」
「なにそれ赦せん」
「コロセー」
に変わっていくのにそれほど時間は掛からなかった。
さらにスキルの習得レベルが上がったのか、エアリがスキルでエルフの姿に変身できるようになり、2人の仲難しい姿が確認されると、
「「リア充死ね!」」
「「リア充死ね!」」
の大合唱の盛り上がりを見せる。
剣士ケインと、妖精族のエアリの物語はいつしか妖精族たち最大の暇つぶし、最大の憧れへと変わっていったのだ――




