妖精さんに逢おう!(後編)
魔王サイド。ちょっと時間戻ります
月曜。
一般的な高校の学生である俺には行かなくてはならない場所があった。
そう、絶対に行ねばならない。
学校だ。
さすがにその日はちょうど祝日でした。とかそんなご都合主義はなかった。
教室。ホームルーム。
「おはよう!」
「よぉ、タッキー、おはよう! 今日はまた一段と機嫌が良さそうだねぇー。朝っぱらはらお楽しみでしたか――」
「ふ、自明だろう」
こいつは俺の男友ダチの大崎。
「ふふーん。さてはあの銀髪ちゅーがくせいの美少女とお相手かねー。青春。いいねー」
「いやいやいや。それはない」
「あんなにべたべたくっついといて?」
大崎は自称中二の美少女とOFF会で逢っていたことを目撃されてしまっている。そのことを言っているのだろう。だが違うのだ。
「いやいや、あれは単なるOFF会だから、俺が気分がいいのは、そうだな新しい嫁を作ったからだ。ふははー平伏すがよし」
俺の嫁発言に即座に周囲からの視線が来たが、俺は無視した。
「OFF会……、嫁……、つまり名探偵大崎さんの推理によるとゲームの……」
正確には『魔王になろう』という小説サイトのOFF会なんだから、まぁ似たようなものだろう。
「これがまた素直でかわいぃ娘なんだわ」
「あぁやっぱか。タッキーがオンナとかありえんと思ったわ。でもあの娘はよかったなぁ」
大崎はOFF会で見かけた自称中二の美少女ちゃんのことをいっているらしい。
「そんないいか? あの自称中二の美少女ちゃん。さすがにOFF会でちょっと会っただけだから紹介はしてやれねーぞ」
「まぁ、そうだと思ったけど」
「じゃぁ聞くなよ」
「で、どんなタイトルなんだい?」
「それが同人のゲームでねぇ」
「うわ。そこまでオタに落ちたか」
一応、自称中二の美少女ちゃんが中心で個人で作っているMMO-RPGなのだから同人ゲーで定義はあっているだろう。
周囲から来ていた視線はそこで無くなった。
というか、どんびきだった。
でもまぁ、まぁそんなものだろう。
これがアニメや小説だったら大抵の場合、ライバルの女の子が登場して三角関係とか物語が進行するものではあるが、やはり現実にそんなことはないのだ。フライドチキンを販売するチェーン店が、スタ○とコラボして抹茶フ○ペチーノを出すくらいありえない。
「しかし、OFF会やるようなのだから絶対有名タイトルかと思ったんだが、いや同人だってシューティングゲームとか有名タイトルもなきにしもあらずだが……」
悩む大崎。
ゲームのタイトルを知りたいらしい。
よし、少しヒントを出してやろう。ジャンルくらいは教えても良いかな。
「まだレベルが低いからまともなスキルとか使えないけどぉー」
「レベルってことはRPG系っすかー」
「うむその通り。自キャラの娘がこれがまた自分好みで可愛いんだわ。金髪巨乳! 某忍者なら全力で叫ぶレベル」
そりゃまぁ、自分で設定したからな。
「だが所詮2次元」
「いや、彼女はホンモノの異世界で生きているんだ」
「は、はぁ……」
やばい、大崎にまでドン引きされている。なんとか挽回せねば。
「ほら、あの娘のAIの受け答えとか完璧なんだぜ。しかもやさしくて、中に人がいるんじゃないかと思うくらい。まぁぶっちゃけ、中の人自分だけど。うわ中の人ってなんかエッチな響き?」
「おーぃ、帰ってこーぃ」
「こっちの世界にあんなかわいい娘とか絶対いないね。実際にいたらもう、即効であーんなことやこーんなことを……」
「だから帰ってこいってばー」
なぜだろう、さらに引かせてしまった。
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そして時は来た。
俺の自キャラ、かわいい嫁が天空を飛ぶ瞬間だ!
魔法少女が空を飛ぶのはお約束である。
ホウキで飛ぶのが定番だ。
それ以外で空を飛するパターンとしては、7つの玉たまを集めて1つの願いをかなえてくれるアニメに出てくる武術で空を飛ぶパターンやら、純粋に魔力だけで飛する身体は砲でできている白い悪魔っぽい魔法少女などが出てくるんだが、あれらは別格だろう。
魔女はあくまでホウキで空を飛ぶ。それが魔女の基本スタンス。
アイデンティティをホウキではなく、たまにモップに求めたり、ホウキに対艦装備ごりごり入れちゃっているものもあるが、アレは邪道だ。あ、変身バンクは欲しいかも。こんどスキル調べてポイントに余裕が出たら取ろう。
などと考えているうちにうちの嫁、ジアちゃんがベランダに登場する。
ジアちゃんは手で印を組むとアイテムボックスから鉄パイプを取り出した。
いや、ホウキ以外は邪道とか言っているそばからナニをする気なんだい? ジアちゃん。
「じゃ、いきますね……」
「おう、見てるから頑張れ」
俺は適当に返事を書き込んだが、まさか――
いやな予感しかしない。
ジアちゃんは鉄パイプにお嬢様座りをすると、≪飛行≫のアイコンをクリックした。
うぉ、カッケー
モップに続くあらたなアイデンティティを持った魔女ここに完成。
鉄パイプ魔法少女。うちの嫁カッコ良すぎである。
てきとーに鋼鉄の魔女とか名づけておこう。
しかしあたりは暗い。
夜だからといって、東京のように家々から光が星空のように輝いているとかはない。
多少面白みにはかけるか。
「もうちょっと後か先の時間帯だったら、上空から朝日か夕日が眺めれたかもしれないな」
「えぇ、そうね……」
しかし、朝夜に空を飛ぶと騒ぎになることは明白で、それはできないだろう。
この異世界「ディストピア」。空には満天の星空。
「きれい……」
確かに、星空はきれいであった。
こんなとき、気の利いた言葉でも掛けられれば良かったのだが、語彙が不足しているものはどうにもならない。
星座ネタでも出せないだろうか?
しかし、星座が日本と同じかどうかは良くわからない。
いちいち星なんて見て生活していないからな。
すこし風がでてきたようだ。
ジアちゃんのマントが揺れている。
「はは、俺はこの空より、ジアちゃんの方がきれいだと思うけどな。
しばらくは飛行を楽しもうか。MP切れには注意してね。
500MPは残すようにしようか」
ゆっくりと空を舞うジアちゃん。それはとても絵になっていた。
俺たちは夜景を存分に楽しんだ。
「次は――妖精さんと戯れる、だっけ?」
「はい」
ジアちゃんが要求したイベント――きっと始めからシステム的に用意されていたのだろう――は「空を自由に飛ぶ」「妖精さんと戯れる」だったか。叶えれば隠しパラメータっぽい信頼度が恋の滝登りがごとく上昇する、のだろうか?
俺は次のイベントをどうやればクリアできるか考えた。
初期イベントなのになかなか考えさせられるMMO-RPGだ。
「んー。これは難易度高いな。スキルで召喚できるわけでなし――。
ここでいきなり北の妖精帝国に良くと妖精さんに蜂の巣にされちゃうだろうからね」
≪鶯≫くんから聞いた話によると妖精族たちが自分たちで管理する妖精帝国と呼ばれる森林地帯に縄張りを持っているそうだ。
そう、縄張り。この世界ではお約束にも妖精皇女というフィールドボスまでいて、どうやら蜂の群れのような性質を持っているらしい。
そりゃぁ、行くのはどうみても現時点では死亡フラグですな。
倒すとしてももっと高レベルになってからだろう。
――そもそも思うに、戯れたいって言っている妖精族を倒したらダメか。血まみれジアちゃんとか怖い。
「というこで、まずはさらに西のスラッシュ王国にいってみようと思う」
「西、ですか?」
ジアちゃんは思案する顔もかわいい。
いや、ジアちゃんならなんだって可愛いだろう。もしかしたら腹筋してても可愛いかもしれない。
「あそこにはGMの小説で書かれている妖精族のエアリちゃんがいるからね。実物見てみたいし、そこからツテも得られるんじゃないかと」
「小説?」
まぁ設定上、ジアちゃんが「魔王になろう」の小説なんて知るはずないか。
自称中二の美少女ちゃんが書いている、そしてゲームで遊ぶようになったきっかけとなった小説。
そこには『魔王になろう』の本編ストーリーである剣士ケインと妖精族エアリがいる。いわゆるメインストーリーというやつだ。その本編に登場するエアリちゃんを餌にして妖精族さんをたくさん集めようというのが、今回の作戦というわけだね。
それにこちらには≪鶯≫くんの持ちキャラであるリナちゃんがいる。リナちゃんはスラッシュ王国の密偵だ。国境超えとかの面倒な手続きはショートカットがきっと可能だろう。むしろそのために用意されたキャラなんじゃないだろうか。
だが、リナちゃんの中の人である≪鶯≫くんは強く嫌がった。
曰く、
『いやだー。うちの可愛いリナちゃんが本編に登場したら行動晒されてみんなにNTRれるー』
だそうだ。
いや、自キャラNTRされるはずないだろ。自分のなんだから。
「それは――。素敵ですね」
うむ。笑顔の可愛いジアちゃんに「素敵」と言われたらなんとしても≪鶯≫くんを説得せざるを得ない。
「行きたいです。大好きです。魔王」
その言葉に俺は不覚にも萌えた。




