悲しみにくれる少女が手にした
男尊女卑がまかり通るこの世界「ディストピア」では、貴族の令嬢といえども、――ごく一部の魔術家であるといった例外を除いて――、子女に対して高度な教育は行われず、齢18歳になるまで隔離された奥座敷――通称深窓――で暮らすのが常であった。
私、ジア・スルターナは公爵家の令嬢であり、なに不自由のない暮らしをしている。しかし本当の自由はなかった。環境は他の貴族令嬢のソレと同じであり、1日中屋敷から出ないことが殆どだ。どこまでも変わらない生活。ある種の閉塞感に苛まれるのは当然のことだと思う。
私は今、年15歳になる。あと2~3年もすれば結婚することとなり、見知らぬ殿方の伴侶として嫁ぐ。
ただ、それだけの人生。
市井の民であれば女性でも否応なく働かされるという。それと今の環境、どちらが良い生活なのか? 確かに労働は辛いかもしれないが、それは活躍する機会でもある。
どちらが良いといえるのか? 私には分からなかった。
朝。
私はいつものように目を覚す。ベットから起き上がると、机に無造作に置かれた絵本を手にした。昨日もまた同じことをしたと思う。
その絵本は少女の憧れだった。もはや読まなくても分かる。
それは、ライオンや案山子と冒険する格好の良い女魔術師。
それは、モンスターを知恵と勇気で撃退する赤い頭巾を被った少女。
それは、豚と罵られながらも都市にレンガの城壁を作り、多数の敵軍を打破する従士の三姉妹。
それは、数々の男を手玉にとって7つの大罪宝珠を得んとする月の巫女。
少女は憧れた。魔術師のカッコよさに。少女の勇猛さに。活躍する英雄に。女傑の強かさに。
その絵本を胸に抱く。
しかし、少女には絵本にでてくるような知力もなければ、ましてや筋力など当然ない。
さすがに絵本の字は読めた。もちろん嗜みとして書くことも可能だ。
でもそれだけ。
魔術の専門知識もなければ、商家のような帳簿作成知識もまたない。
これででは一人でやっていくことなど、できようはずもない。
力が、欲しかった。
もし力があれば――全てを変えることができるのだろうか?
未来を、自らの手で掴めるのだろうか?
『力が欲しいのか?』
どこからか声が聞こえる。それは幻聴。
弱った私に、幻の声が響く。
『力が欲しいなのら、くれてやろう』
ナニカが囁く。
そこから溢れ出る、黒く禍々しいナニが。
(ちから――)
この力を手に入れれば、きっとなんでもできるに違いない。
そんな多幸感が私の身体を支配する。
そして声の響きが私の身体を蝕んでいく。
同時に、これは聞いてはいけない、と理性が抵抗する。
身体のうちから、これは危険だとする警鐘が鳴り響く。
これはきっと、人間を言葉巧みに誘い、魂を売り渡すことで闇に堕とす悪魔の囁きだ!
彼ら悪魔は力を授けるが、その力を授かったものは衝動な破壊的に苛まれ、力はやがて世界を破滅に導くと言われている――
それでも――
この閉塞感を打破し、自由に生きられるようなチカラ。
もしも、それが得られるのなら――
「――。はい」
私は小さく頷いた。
それが全ての始まりだった。