予想 妄想 大暴走
「これはこれは! 噂に違わず愛らしいお方ですな」
ドラマでよく見るような、割腹のいい重役みたいなおじさんが私を見て満面の笑みを浮かべている。
申し訳ないけど、正直、脂ぎったおじさんの笑顔は見たくない。
「申し遅れました、私はラファリアット皇国宰相バフラーデ・ジルバ・バレフリーと申します。姫君をぜひ我が皇居へお招きしたく、大公閣下へ申し入れておりました」
長い。
名前が長い。
バフ、なんつったの?
濁点が多すぎて耳から入ってきません!
日本人にはツライな、このフルネームの長さは。
いいや、覚えなくても。おじさんで十分だ。
「お招き……? それって、どういう?」
おじさんの名前よりも、内容に喰らいつかなきゃね。
招くって、パーティでも開くっての?
「もちろん、姫君のお噂を耳にしたからです。姫君の手ずからお作りになるものは全ての者を魅了すると伺っております。その御力を我が皇居でも発揮していただきたいのです」
ん? 何が言いたいんだろう、このおじさん。
私が料理をするのは大公様の治める国の中では知られてるけど、お隣の大国にまで噂で広まってるって事?
別に私が料理したって何もおかしい事じゃないと思うんだけど。
「我が皇居にて皇太子殿下へお仕えしていただきたいのです」
お仕えって……仕事? もしかして、スカウト!?
お抱え料理人になれっていうの?
……これってスゴくない!?
「宰相閣下、その件はすでにお断りをしたはずですが」
浮かれ気味の私をよそに、ラルフが冷ややかな声で言う。
なんか、怖いくらいの雰囲気。
何年か前、ちょっと荒れてた時に出会った不良みたいな感じ。
どうしたのよ、ラルフ?
そんなにガンつけが出来る子だとは知らなかったよ!
ってか、目付き悪っ!
「ええ、大公閣下からは拒否されましたが、姫君ご本人からはお返事を伺っておりませんので」
「アンジュは我が大公家の養女です。養父である大公の言葉はアンジュの意志でもあります」
「はっはっは。当主の意志が全て、とはなかなかに古風でありますな。私のような古狸が言うのも何ですが、そのような考えは黴が生えた悪き慣習ですぞ」
「何と言われ様と、我がジースト家は古き慣習を尊重し誇りに思っています。故に、アンジュはお渡しできません」
おいおい、ラルフ。
何勝手に言ってるのよ。
このおじさんは、私に仕事をくれるって言ってんでしょ?
いくら能天気な私でもね、何の仕事もしないでお世話してもらってるっていう引け目ってか負い目があんのよ。
【働かざるもの食うべからず】って諺があるでしょ?
私は高校時代からバイトして自分の身の回りのものは買ってたんだもん。
親のスネかじりなんて申し訳なかったから、専門学校に通ってる時はさすがに学費はお願いしてたけど、制服代とかテキスト代とか諸費は自分で払ってた。もちろん、洋服とかCD代とか、遊ぶお金はもちろん自分で稼いだお金で払ってたのよ。
だから、働きもしないで左うちわな生活は耐えらんない。
それに。
いつまでも大公様に甘えてちゃ、女神の言う「使命」ってのが分からないと思うんだ。
これってチャンスだと思うの!
だって、宮廷料理人になれるんだよ!?
「ねえ、この世界で成人って何歳?」
抱きついたままのハロルドに小声で聞いてみると、彼はキョトンとした顔で私を見返す。
「大人だとみなされるのは十七歳だよ。なんでそんな事聞くの?」
「大人って、自分の事は自分で決めるのよね?」
「う、うん。そうだけど……」
私は二十歳よ!
日本でも、コッチでも立派な大人。
自分の進路くらい自分で決める。
大公様に守られてぬくぬくと暮らすのは罪悪感たっぷりだし……何かこう、目的が欲しいの!
日本で描いてた夢は、VIPが隠れて食べに来るスイーツのお店を開く事。
それがコッチではすぐに叶っちゃうかも?
だったら、行動あるのみ!
「お受けします、そのお話」
「えっ……」
……言葉が通じてないのかと思うほど、間の抜けた顔のラルフ、ハロルド、そしておじさん。
おかしいな、『女神』が生活に困らないようにって授けてくれた『自動翻訳能力』が機能してないのかな?
「おい、アンジュ! お前正気か!?」
「そんな、アンジュ!」
「これはこれは!! 早速本国に連絡いたします!」
なんだ、聞こえてるじゃないの。
それにしても何なのよ?
ラルフは真っ青、ハロルドは涙目、おじさんは手を叩いて喜んでる。
三者三様の、それはもう大変な騒ぎ様。
……こっちのヒトって、よく分かんない。