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ドキドキビックリ婚姻式

カボチャやスイカの群れがこっちを見ている。

カボチャ、スイカ、カボチャ、スイカ――。

――ダメ、こんな子供だましの自己暗示が効くわけない。

どう見たって人、人、人の大洪水だもん。

ドームコンサート会場みたいな熱気だし、これは一般人には怖い。

「前だけを見ていれば人など気にならぬ。隣にいる私だけしかおらぬと思えばよい」

励ましてくれてるんだろうけど、この状況を二人っきりだと思い込めるほど盲目的ではないのよ、私。

でも、有難いから気持ちだけは受け取っておこう。

「ありがと。でも、緊張する」

「緊張は解かぬようがよいやもしれぬ。祭壇に着くと大司教の説法が始まる。気を揺るませておくと眠気を催すぞ」

「はは、寝ちゃうほど退屈なの?」

「抑揚のない旋律で話すのだ、睡魔の歌う眠り歌のように聞こえる」

おお、なんか例えが詩人だな。

話し言葉で眠くなるって言ったら……

「高校の数学の先生もそんな話し方だったな~。毎回眠くなっちゃって大変だった」

あのメガネ狸教師、元気かなぁ?

そういえば、むかついて奴の車をみんなで力合わせてひっくり返しちゃった事があったなぁ……酷いわ、私。

若気の至りってやつねー。あはは。

「スウガクはよく分からぬが、立ったまま眠るのは危険だぞ」

「分かってるよ」

馬鹿っぽい話をしたおかげで、少し緊張がほぐれた。

レイヴィス、感謝。

「アンジュ。式典の最中は何が起こっても微笑んでおくのだ、よいな?」

繋いだ手をしっかりと握りなおして、普段の仏頂面が嘘みたいな笑顔を浮かべているレイヴィス。

そんな蕩けるような笑顔、どこに仕舞い込んでたんだ?

この天然ホストめ。

内心そうぼやきながら、レイヴィスに微笑み返す。

心を隠して笑っておくの、結構な経験値があるんだからね。

ゲームで言ったらレベル80はあるわ!

「うん、分かってる。任せといて!」

レイヴィスは私の答えに納得したように頷いて、ゆっくりと歩き始めた。

金で縁取られた深紅の絨毯のバージンロード? の上を、しっかりと一歩一歩踏みしめる。

下を向かないよう、堂々を胸を張って。

マナーの先生に言われた事を脳内でしっかりとリフレインする。

祭壇までもう少し。

カボチャの群れを見ないよう、しっかり、ゆっくり、堂々と。

祭壇に通じる階段を上りきり、サンタクロースみたいにもさもさした真っ白な髭を生やした大司教様の目の前に立つ。

サンタ大司教様(仮名)は手にしていた杖をレイヴィスと私の額にとん、と当て、背後の女神像に向かって呪文の様な――祝詞のような口調でとつとつと言葉を紡ぎ始めた。

ああ、これがレイヴィスいわく"睡魔の歌う眠り歌"なわけだ。

確かに眠くなるね、このテンポ。

少し可笑しくなってレイヴィスをちらりと見ると、ヤツもこっちを見てにやりと口の端を上げてみせた。

「黄金の炎を背負う聖獣王の息子レイヴィス・ティル・フォレシス・ラファリアット。"大いなる意思"の寵愛を受けし聖域守護者の娘アンジュ・シャトゥー・ジースト。聖霊の加護の元、源たる光の海を満たし大地に根を張る根源樹を繁らせる力を得るため、新たな絆を結ぶ事を"大いなる意思"に宣誓いたします」

サンタ大司教がくるりとこちらを振り向き、サっと近付いた神官の女性が差し出したお盆から小さなグラスを二つ手に取る。

「絆を強固にする為の"聖水"だ」

レイヴィスが躊躇いもなくグラスを手に取ったので、それに倣う。

"聖水"っていうから、どこかの天然水とかみたいに無味無臭なのかと思ったけど、アルコールの匂いがする。"聖酒"の間違いじゃないの?

「腕を交差させ互いに飲ますのだ。酌み交わす、と言えば分かるか?」

と、レイヴィスが小さな声でフォローしてきた。

流石、四回目だから勝手が分かってるね。

言われた通りに腕を交差させるけど、これだけ身長差があると厳しい。

高いヒール履いてても、レイヴィスの肩までしか背がないんだもん……かがんでるレイヴィスもきつそうだね。

しかし、この飲み方。体育会系のノリっぽい。体育会系の飲み会だ。

「……」

ゴクリ。一口で一気飲み……したけれど。

"聖水"は正月に飲むお屠蘇の味に似てた。

お酒に香草を入れたような感じの味。

正直、あまりがぶがぶ飲みたくなる味じゃない。

よかった、少しだけで。

「飲んだらグラスを叩きつけて割る。思いっきり床に投げつけるんだ」

なんつー勿体無い儀式だ。

こんなに綺麗なグラスを割っちゃうなんて!

もったいないオバケが出るぞ!

作った職人さんに謝れ!……あ、でも割れたらまた買わなきゃいけないから結果儲かるのか?

経済って難しい。

絆を強固にするとか何とか言っといて器を割るなんて矛盾してる気がするけど、それが慣習なら仕方ない。

思い切って「せーの」で一緒にグラスを床に投げつけると、パシィン、って乾いた音を立てて割れた。

うん、案外楽しいかも。

こんな破壊衝動でスカっとするなんて、自覚してないけどストレス溜ってるのかな。

「目を閉じるのだ」

少し呆けていたら、低い声で命令された。

ああ、そうだった。

"聖水"を飲んだ後は"誓いのキス"をするんだった。

『結婚、つまり新たなる絆を結び婚姻関係を結ぶ事を"大いなる意思"に誓う為に、聖霊の加護を受けた"聖水"を飲み、誓いの口付けをするのです。一般的には唇か頬にするのですが、今まで三度あった皇太子殿下の婚姻式ではいずれも額で行われています』

ドレスを着る時にイライザさんから教えてもらった言葉を思い出す。

"誓いのキス"なんて日本でもするよね。こういう習慣って万国共通なんだ。星が違うから『万国』ってのはおかしいんだけど、ほかの言葉が見つからないから万国にしておこう。

キスする場所なんて、別に頬でも額でも唇でもどこでも構わない。

キスくらいできゃあきゃあ言う年齢じゃないし、そんな反応を期待されても可愛い反応なんて出来ないし。

目を閉じるろって言われなくても閉じるわよ。

ほら、閉じたんだからいつでもどうぞ。

今まで三回やってる式で全部額にしてるんなら、今回も額でしょ?

そういえば、小さい頃、お父さんが寝る前に額にキスしてくれてたな……『いい夢が見れますように』っていうおまじない。

「……!?」

予想してた唇の感触が、予想していた額に来ない。

――って、んんん???

この唇に当たるモノ……コラ、何舌入れてくるんだよっ!

ベロチューなんて聞いてないぞっ!!



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