やってきました、一大イベント開始です
お久しぶりです(土下座)
一ヶ月なんて、あっという間に過ぎる。
侍女の皆は私の言動に慣れてくれて過干渉してこなくなったし、とってもフレンドリー。
歴史やマナーも完璧だと先生に褒められるように上達した。
ダンスだって六つあるパターン全部覚えた。
厨房の人達ともいい関係を築けたし、今では私がいなくてもクッキーくらいは焼けるくらいになった。
主治医になった大澤君とはもう親友レベルの親密さになった。ビバ同胞!
――という事で今日はいよいよ婚姻式。
この世界の神的存在として崇められている『大いなる意思』に、一生の愛を誓う宣誓の儀式。
多夫多妻制で離婚だって多いっていうのに、矛盾してるよね。
ま、でも、何かしらのカタチが必要なんだろう。
婚姻式は王宮の隣にある大神殿で行われ、そこにはラファリアット皇国全土の貴族と、同盟・周辺国家から来賓が参列するという。つまり、かなりの大人数がいるってこと。
超緊張する。マジで。
式自体が昼過ぎからだったから、朝イチでマドレーヌを焼いて気を落ち着かせたのが功を奏したみたい……なんて上手い事いかない。緊張は簡単には取れやしない。
どうにでもなれってんだ! ――とは思ってるけど、うまくいかない。難しいね。
マーメイドラインの純白のドレスはすでに着てるし、化粧だってバッチリなんだから開き直るしかない。
髪も複雑に編み上げて白やピンクの花が挿し込まれてて、首にはシシェン様からもらった真珠もどき――超重い。肩凝りそう。
頭にのせた煌くティアラも何気に重いし、落ちたりズレたりしないかと気が気じゃない。
自分で言うのも何だけど、見た目はバッチリ花嫁さん。
私でもここまで綺麗になるなんて、流石は王宮専属のメイクさんの腕。感心だわ。
日本だったらカリスマメイクアップアーティストとして売れっ子だったろうに。
そんな事考えながら、大神殿に通じる廊下をイライザさんの先導で歩く。式での心構えとか大まかな流れを教えてくれながらね。
心構えって言っても、レイヴィスが手を取って歩くから一緒に歩くだけなんだけど。
貴族達と目が合ったら微笑んでおく、とかそういうアドバイスをしっかり胸に刻んでおこう。
笑顔って立派な武器だっていうのは日本でも実践済みだし。
びっちりと彫刻が施された大きな扉を開け、イライザさんは去っていく。
ここからは婚姻を誓う二人にしか入れない領域なんだって。
扉の奥にはもちろんいました、イケメン君。
「……見違えたぞ」
何でイケメン君は話し始める時に一瞬間が空くかね?
「イケメ――じゃなかった、レイも格好いいよ。男前は何着ても似合うね」
私が真っ白なんだからきっと相手も白だとばかり思ってたけど、実際は違った。
燕尾服でもスーツでもない。
かといっていわゆる王子様ルックではない。
強いて言うなら、軍服っぽい感じ。
艶のある黒地に所々金糸と深紅糸で細かい刺繍がしてあって、首には真っ赤な長いストールみたいなやつを巻かずに肩にかけてる。そのストールみたいなのの下のほうには翼が生えたライオンみたいな動物が錦糸で刺繍されてる。くっそ豪華!!って感じ。
イケメンは本当に何着ても似合う。
「……参るぞ、手を」
だから何で間が空くんだっ――ツッコミたいけど、我慢我慢。
きっとクセなんだろうと割り切ろう。気になるけど。
差し出されたレイヴィスの左手に右手を乗せ、いざ出陣じゃっ!
……あれ? 聖堂までは誰も見てないから手を繋ぐのは意味がないんじゃ?
いやいや、きっと意味があるんだろう。多分。
「ゆっくり歩いて。滑りそう」
式が行われる聖堂まではここから二百メートルほど。
磨かれすぎてつるつる滑るから、歩きにくい事この上ない。
しかもレイヴィスは足が長いから歩幅が大きい。
私に合わせてくれてるから普段よりかはゆっくりした歩調だけど、今はもっとゆっくり歩いてほしい。
ドレスの裾も長くて重いから一歩一歩確かめながらしか歩けない。
「……甘い香りがする。そなた、変わった香水をつけておるのだな」
「え? 香水なんてつけてないよ?」
「だが、香りがする」
香り? 香水じゃなくて?
そう思った瞬間、心当たりがあった。
「あ、わかった! 午前中にお菓子焼いたのよ。その移り香じゃない?」
手を合わせた上でゆっくり歩くと、当然身体は密着する。
学校に行ってた時もそうだったけど、お菓子や料理の匂いって身体とか髪についちゃうんだよね。
和食料理屋してるお父さんからは加齢臭なんて無縁だった。香ばしいゴマとか良い出汁の香りが漂ってたもん。
「それに、私はこれでも料理人のタマゴよ? 香水してたら嗅覚がマヒして感覚が狂っちゃうの。だから香水はつけません」
香水をつける同級生だっていたけど、料理人の娘としてはそこは妥協できない部分なの。
やっぱり、食べ物を作るのって五感がしっかり機能してないと駄目だと思うもん。
香水で鼻がやられてたら、肉の焦げる寸前の微妙な匂いとかがわからないじゃん。
「そうか、それは感心だ。強烈な香水の香りは胸が悪くなる」
「そっか、レイは香水が嫌いだったね。"貴族の姫君の脳は香水が詰まってる"って暴言吐いてたもんね?」
「暴言ではない、事実だ。あのようにむせ返る匂いを撒き散らしておいて、よく自分は酔わぬものだと感心はするが」
「あー、撒き散らすってのには同感だな。香水の凄い人と一緒にエレベーターに乗ったら目的階に着く前に具合悪くなって降りちゃうもん」
「また分からぬ単語を……」
「いいじゃん、ニュアンスは分かったでしょ?」
「何となく、であるが」
「何となくでも分かったなら万事オッケー。とにかく、私の香水はお菓子の匂いって事で」
魚を焼いてる匂いよりかは、まだお菓子の匂いのほうがマシでしょ?
サンマとか食べるのはいいけど、匂いはちょっとキツイもんね。
「……そなたは――」
レイヴィスが何かを言いかけた途端、聖堂に続く扉が開かれた。
まぶしい光に照らされた、目が掘り込まれた球体を支える女神像。
女神像まで伸びる道は天井の窓から差し込んでくる太陽の光が道を作るように影を映している。
そしてその光の道の左右には、黒々としたモノ――人だかり。
有名歌手のライブを真後ろから見たような、まるでライブDVDを見てるかのような圧巻の映像。
……この中を歩くのか、私?