猛獣を手懐けるには甘さが必要です
ピンクのドレスを着て、衣裳部屋から居間に戻ると――
優雅にお茶を飲んでたはずのレイヴィスが固まってこっちを見ている。
そんなにティーカップに角度つけたら中身が零れるけど大丈夫?
「どう? 似合う?」
時が止まったようにフリーズしてるから、ちょっとおどけて言ってみる。
レイヴィスはハっとしたように視線をずらして、慌ててティーカップを置いた。
何だ、動けるじゃん――ってか、ちょっと顔が赤い?
「可愛いでしょ?」
デザイナーさんとお針子さんが部屋を出て行ったから、スカートをつまんでクルっと回ってみせる。
あれ、レイヴィスの顔が余計に赤くなった?
もしかして、照れてる?
露出を控えたって言っても、普段のドレスよりかはかなり大胆なドレスだし。
でもこんな事で照れるなんて……まさかね。
だって、女の裸なんて見飽きてると思うんだよね。
何たって夫人が三人もいるんだし。
「……よく似合っておる」
少し上ずった声で、まともに私を見ようとしない。
チラリと見てはそっぽを向く。
一瞬見るその視線の先は、間違いなく私の二割増しの胸。
……そんなに珍しいモンじゃないと思うけど。
こっちの世界の人は、あんまり胸がない。
フジコちゃんことモルデイレンはレアな超巨乳だけど、一般的には多分A、あってもBカップくらい。
私のサイズでもミュスカいわく"拝みたいくらい立派"なのだそうで。
ちなみに私はDカップ。
日本では巨乳と言われる部類ではない…はず。そこそこある、くらいの胸だよ?
夫人が三人もいるんだから胸なんて見飽きてると思うんだけどねぇ?
俺様なのに可愛い所あるんだ?
「私は政務に戻る。また来る」
「あ! ちょっと待った!」
いきなり帰ろうとするイケメン君を慌てて引き止める。
「忙しくてイライラしてるんでしょ? 休憩がてらおやつ食べていかない?」
折角作ったんだから食べて欲しい。大事な大事なパトロンだし。
「……政務が多く、私は忙しいのだ。それに砂糖菓子は好かぬ」
砂糖菓子って……ああ、あの砂糖固めた落雁みたいなお菓子言ってるの?
このロールケーキのどこが落雁に見えるのよ。
お盆のお供えみたいに菊の花かたどってないでしょうが。
それに、政務が多いならこんなところに来て油売るんじゃないの!
「あのね、コレは砂糖菓子じゃないの、スイーツよ。それに、仕事がはかどらないのは脳に糖分が足りないせいだし、イライラするのはカルシウム不足。コレ食べたら一気に解決だよ」
乳製品だし、フルーツで果糖も摂れるし。
なんていいタイミングでフルーツロール作ったんだろ、私。
グッジョブ!
「すいーつだとかかる…とか、そなたの申す事はよく分からぬ」
「学校でちゃんと栄養学勉強したんだから間違ってないの。毒を食べさすわけじゃないんだし、いいから早く座って」
グダグタ言うイケメン君をサラっと無視して、アーセラに目配せしてワゴンを持ってきてもらう。
ロールケーキは切る時が一番気を使うから、アーセラじゃなくて私が切る事にした。
ロールを崩さないように切り分けて、テーブルに二皿置く。
もちろん、私とイケメン君の分。
イライザさん、アーセラとフラン、イルクさんとハージェスさんの分もカットしておく。
身分意識の関係上、一緒に食べる事に難色を示すから、後で食べてもらうためにね。
カットしてる間に、フランが手際よく紅茶を入れてくれた。
今日の紅茶はリジェーナ様からのおすそ分け分の茶葉だから、きっとロールケーキに合うはず。
せっかくの特注ドレスが汚れないかが不安だけど、着替えてたら逃げちゃいそうだからこのままでいよう。
「甘さ控えめだから甘いの苦手でも大丈夫。どうぞ召し上がれ~」
はい、と目の前に置いたのに、レイヴィスはお皿をじぃっと睨みつけてる。
ロールケーキにガンつけてどうすんのよ。
「美味しいんだから! ほら、あ~ん?」
いつまで経っても食べそうにないから、強行突破だ、コノヤロウ。
イケメン相手に"あ~ん"はある意味乙女の夢なんだろうけど、この状況は意味合いが違う。
好き嫌い言うお子様に食べさす母親?
いや、餌付けだ。
サファリパークにいる獰猛なライオンに餌をやる飼育員の心境。
レイヴィスの瞳が金色だから、まさにライオンちっく。
「私は幼子ではない」
「ぐだぐだ言わないの! ほら、あ~~~ん!」
私の作るケーキは絶品なのよっ!
学校でもA評価取ったんだからね!
「レ~イ? あ~んして?」
ちょっと可愛い声出して、営業スマイル浮かべて。
そして必殺の上目使い。
杏樹の超必殺技を受けてみよっ!
コレで結構男は落ちるのだ!!
レイヴィスは渋々と言った表情で私の差し出したフォークにパクリと食いついた。
やった!
餌付け成功!
ライオンに勝利。
「美味しい?」
一年前まで散々やった、営業スマイル。
酔ったオヤジ相手に可愛く見せて。
あの時は本当にイヤだったけど、今この為に経験を積んだのだと思う事にしよう。
「……そこまで甘くはないな」
甘いものが苦手な人が"甘くない"と言う時は、大体が口に合った時。
政務ばっかで疲れてるだろうから、きっと体が甘いものを欲してるはずだもん。
素直に"美味しい"って言えばいいのに。